「お姉ちゃん!」
「ひゃいっ!?」
終劇の後、カナリア君に叱りつけられて、私は飛び上がった。
珍しく――本当に珍しく、カナリア君が怒っている。
ぷんぷんぷんすこだ。
彼は私の肋骨あたりをぽかぽか叩きながら、
「お姉ちゃんがいながら、何たる体たらく!」
と言った。
「あはは、体たらくって。難しい言葉を知ってるねぇ」
「それは、この前貸してくれた本の中に――じゃなくて、ごまかさないで! タスクマネージャー立ち上げてCPUとメモリを監視してれば、防げたはずの事態だよね!?」
「ひええっ」
5歳児にガチ説教される辺境伯の図。
というか、5歳にして私より鉄神やパソコンを使いこなしているカナリア君の天才っぷりよ。
「そもそも、リハーサルしてたのなら、こうなるって分かってたはずだよね?」
「通しでやったの、今回が初めてだったから……」
「もう!」
「ごごごごめんなさい! けどカナリア君、いつの間に私のスクリプトをチューニングしてくれたの? そんなヒマなんてなかったはずじゃ」
「ここに来るまでの間にやったよ」
「えっ!? 揺れ動く鉄神3号の中で!? しかも、全力疾走させたなら数十分もなかったはずだよね!?」
「お姉ちゃんのためならボク、そのくらいはできるよ」
「は、ははは……」
やばい。
いよいよ本格的に、カナリア君が異次元めいた成長を見せつつある。
この子はもはや、私よりも優れたプログラマ、ITエンジニアと言っても差し支えないだろう。
「まったくお姉ちゃんは、ボクがいないとダメなんだから」
「頼りにしてましゅ……」
ご機嫌を取るために、私はカナリア君を抱っこしようとする。
が、手を伸ばし、カナリア君の髪から漂う温泉の匂いを嗅いだとたん、思わず手が止まってしまった。
カナリア君の顔が妙に格好良く、男っぽく見えてしまって、戸惑ったのだ。
「お姉ちゃん?」抱っこ待ちの姿勢のカナリア君が首を傾げ、「もしかして、どこか痛い? 怪我してる?」
「ち、違うの! 恥ずかしくて、カナリア君を直視できないっていうか……」
「? どういうこと?」
「だから、その……さっき、私たちがピンチだった時に駆けつけてくれたでしょ? あの時、すごく助かって、すごくすごく嬉しくて、カナリア君のことが頼もしく思えて。それを思い出すと、カナリア君がすごくカッコ良くて、男らしく見えてきちゃったの。そしたら、あんまりベタベタするのが恥ずかしくなっちゃって」
いやいやいや、5歳児相手に何を言っているの私!?
どうかしてるよ。
「――っ!?」
私の発言を受けて、カナリア君が固まった。
みるみるうちに、顔が赤くなっていく。
そんな彼の、いかにも子供っぽい様子を見て、私は少し安心した。
良かった。
カナリア君は、カナリア君。
あくまで弟みたいな存在なのであって、恋愛対象として見るべき対象ではない。