【Side エクセルシア】
2週間が経つ頃には、状況は劇的に改善していた。
領都を支配していた嫌な熱気は霧散し、獣人を鞭打つような差別的な光景も見られなくなった。
ちょうど2週間が経過したある日の午後、私はクゥン君を伴って職人ギルド連合会館へと赴いた。
――カランカラン
ドアに設置されたカネが鳴る。
ギルドの面々が一斉にこちらを向いた。
「女だ」
「また女か」
「自称女神様だ」
「ウワサの女領主サマか」
「なんで女が職人ギルド会館に」
「女なんかに領主が務まるわけがねぇ」
ギルドの面々がヒソヒソ話をしている。
……………………ん? んん?
私は違和感を覚えながらも、3階奥――職人ギルド連合長の執務室へ向かう。
さすがに、獣人を足蹴にしたり鞭打つような光景は見なくなった。
が、相変わらずギルドは男所帯で、女である私への当たりが異様に強い気がした。
私とクゥン君は職人ギルド連合長の部屋に入り、用事を済ませ、ギルド会館を後にした。
大通りを横切り、路地に入ってから、
「なんでぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
私は頭を抱えた。
「女性蔑視問題が全っっっっ然改善してない! 女神エクセルシアが大活躍する歌劇を2週間も上演し続けたのに!」
「やはり、こうなりますか……」
隣を歩くクゥン君が、ため息をひとつ。
「え、どゆこと!?」
「獣人差別問題は、確かに根深いです。けれど、女性蔑視問題のほうがもっと根が深いのです。獣人差別は、長いと言っても前辺境伯が差別を始めてから十数年ほど。ですが女性蔑視問題は、何百年か、もしかするとそれ以上……それこそ人類がこの地に住まいはじめて以来ずっと続いてきた問題なのです」
「そ、そんな、じゃあ」
「はい。演劇と、例の……の存在があっても――」
クゥン君が言葉を濁した『……』とはつまり、劇場地下で今も怪しい輝きを放っている、洗脳魔法の魔法陣のことだ。
「――女領主の存在を認めさせるのは、至難の業ということです」
「ダメじゃん!」
「はい、ダメなのです。残念ながら。……ですが」
クゥン君が言葉を濁す。
彼は何か言いかけては口を閉じて、そんなことを数分ほども繰り返してから、意を決したように口を開いた。
「ですが、女領主でも領民に認めさせることができる、神の一手があります」
「え、どんな!?」
「知りたいですか?」
え、何だろう。
この子がわざわざそんな言い方をするなんて。
でも、
「知りたい」
「エクセルシアには少し、酷な話になるかもしれませんが」
「え?」
「それでも?」
「うっ……」
いや、領都の安定化は辺境伯たるこの私にとって最優先の急務だ。
方法があるというのなら、今すぐにでも実行すべきだ。
「うん、それでも」
迷った末に、私はうなずいた。
「分かりました」クゥン君もうなずく。「場所を変えませんか?」
「あ、そだね」
言われてみれば、ここは往来のすぐそばであり、私は鉄神に乗っていて、クゥン君はそんな私を見上げる姿勢だ。
とても、込み入った話をするような状態じゃない。
「どこ行く? そこらのレストランにでも?」
「いえ。行きたいところがあるのですが、オレのワガママを聞いていただけますか?」
「もちろんっ」
普段から文句ひとつ言わず健気に働いてくれているクゥン君の、貴重なワガママだ。
できる限り聞き入れてあげたい。
◇ ◆ ◇ ◆
向かった先は、以前にも訪れた集合墓地だった。
クゥン君のご家族が眠る場所だ。
私とクゥン君は街で買った花を供え、お祈りする。
彼はずいぶんと長い間祈っていた。
きっと、報告したいことがたくさんあったのだろう。
「ワガママを聞いてくださって、ありがとうございました」
「そんなそんな。もっと言ってくれていいんだよ。あと、有給休暇を取ってほしいんですけど」
これは、切実に。
私はブラック上司になりたくないのだ。
前世がブラック勤めだったから、同じようなブラック経営者になりたくない。
もっと具体的に言うと、愛沢部長のような分断統治だの友愛ポイントだのという気味の悪いモノで他人を縛りたくない。
「あ、あはは……」クゥン君が苦笑した。「それはまた、追い追いで」
あぁもう、まーた流されたよ。
クゥン君はワーカーホリックなところがあるから、本当にちゃんと休んでほしいんだけど。
まぁでも、それを言い出すと彼が嫌がるから、話題を変えることにしよう。
「お話、できた?」
「はい。家族にいろいろと報告できました。オレだけじゃ決められないことがあって」
それで、ご家族に報告と相談をしたということか。
彼の中で気持ちの整理がついて、その『決められないこと』を決めることができたのだろうか。
「話してくれたら、いくらでも相談に乗るよ」
「いえ、こればっかりは、エクセルシアには相談できないことなので」
「そ、そうなんだ」
私は、しゅんとなった。
けれど、『エクセルシアに
つまり、『決められないこと』とは私に関することなのだ。
「ですが、結論が出ました」
その答えが、今、出たということらしい。
クゥン君はスッキリしたような、嬉しそうでもあり、寂しそうでもある表情を浮かべていた。
「オレは今、バルルワ村の――獣人たちの取りまとめのような立場にいます」
「いきなり何の話――って、えっ、そうなの? 村長さんがいるじゃん」
「おりますが、オレは今、エクセルシアの護衛兼、バルルワ = フォートロン辺境伯家の家宰のような立場を勤めさせていただいております。自分で言うのも何ですが、つまりオレはエクセルシアの右腕なんです。少なくとも、村の者たちからはそのように思われています」
「そうか、そりゃそうだよね」
クゥン君、ヴァルキリエさん、クローネさん――この3人が、『辺境伯家主要メンバー』として真っ先に思いつく人たちだ。
続いてステレジアさん、各大臣さん、村長さんなどが続く。
カナリア君?
あの子は我が家の主力オブ主力戦闘員だけど、名目上は王家の人間だからね。
「つまり、バルルワ村と領軍の獣人、計103名の生命と財産を、オレは背負っているということなんです」
「それは……重たいね」
「エクセルシアが背負っているものに比べれば、大したことは」
私は中身がアラサーだからギリギリ耐えられているけど、クゥン君はまだ十代半ばにも達していない。
さぞ、プレッシャーなはずだ。
「ですのでオレは私情を捨ててでも、バルルワ = フォートロン家を支え、領の安寧のために寄与しなければなりません」
「うん」
「そこで、話が戻ってくるのです」
「女領主を領民に認めさせるための、神の一手だっけ」
「はい。それは――」
クゥン君が真っ直ぐ私を見て、
意を決したように、
言った。