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40「初恋の終わり」

「それは――」


 クゥン君が真っ直ぐ私を見て、

 意を決したように、

 言った。





「王家と婚姻を結ぶことです」





「――――……」


 私はしばらく呼吸を忘れた後、深く深く息を吐いた。


「王家のご威光をお借りする。というより、エクセルシアが王家と婚姻を結べば、エクセルシア自身が王家のご威光そのものになります。言い方は悪いですが、自分たちを支配する領主がぽっと出の存在で、しかも腕の細い女であるというのは、領民には受け入れ難い屈辱なのです。けれど、その人物が栄光ある王家に連なる人物だということであれば、話は変わります。民衆はまず間違いなく、エクセルシアを領主と認めるでしょう」


 ある意味では、予想どおりの答えだった。

 私だって考えたことがあった。

 王家――つまり、カナリア君との結婚だ。


『地龍シャイターン討伐の褒美として、何が欲しい? こちらで用意した案としては、

 1、カナリアの正室

 2、ゲルマニウム王国の将軍職

 3、フォートロン辺境伯の領地と爵位

 4、一生遊んで暮らせるだけの報奨金

 5、上記全部』


 国王陛下から頂いた言葉は一言一句忘れずに覚えているし、議事録も取ってある。

 陛下は私とカナリア君の婚姻を望んでくださっておられるし、カナリア君も私にべったりだ。

 カナリア君の私に対する感情は、今はまだ姉弟や母子に近い感情だろうと思う。

 けれどあと10年もすれば、男女のそれに変わることだろう。


 その時、私は26歳。

 現代日本なら結婚適齢期ど真ん中だ。

 この世界では……まぁ多少は行き遅れ感が出てたりしなくもない年齢だが、私が『貴族家令嬢』ではなく『東部国境防衛を任された大貴族本人』であることを考慮すれば、まぁセーフといった感じだ。


 だから、分かる。

 クゥン君が言っていることは。

 けれど、それを彼が言うということは、


「キミは私に、『この恋はあきらめろ』と、そう言うんだね」


「はい」


 クゥン君が、はっきりとうなずいた。

 私の気持ちを拒絶するように。

 私の迷いを断ち切るように。


「……初恋だった」


 気がつけば、私はそう漏らしてしまっていた。


「っ――」


 失言だと気づいて、唇を噛む。

 言うべきではなかった。

 クゥン君を苦しめるだけの、意味のない言葉だ。


「オレにとっても」クゥン君の顔が歪んだ。「初恋でした」


「…………っ」


 涙が出てきた。

 後から後から溢れてきた。

 年甲斐もなく、私は泣いた。

 わんわん、わんわん、子どものように。


「すみません」


「なんで謝るのさ。私や辺境伯家のことを考えて、悩んだ末に決めてくれたんでしょう?」


「ですが、エクセルシアの気持ちを受け止めてあげることができなかった。ごめん。ごめんなさい……」


「ううん。ありがとう、クゥン君」


 抱きしめ合って、ふたり一緒に泣いた。

 こうして、エクセルシアの初恋は終わった。

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