「それは――」
クゥン君が真っ直ぐ私を見て、
意を決したように、
言った。
「王家と婚姻を結ぶことです」
「――――……」
私はしばらく呼吸を忘れた後、深く深く息を吐いた。
「王家のご威光をお借りする。というより、エクセルシアが王家と婚姻を結べば、エクセルシア自身が王家のご威光そのものになります。言い方は悪いですが、自分たちを支配する領主がぽっと出の存在で、しかも腕の細い女であるというのは、領民には受け入れ難い屈辱なのです。けれど、その人物が栄光ある王家に連なる人物だということであれば、話は変わります。民衆はまず間違いなく、エクセルシアを領主と認めるでしょう」
ある意味では、予想どおりの答えだった。
私だって考えたことがあった。
王家――つまり、カナリア君との結婚だ。
『地龍シャイターン討伐の褒美として、何が欲しい? こちらで用意した案としては、
1、カナリアの正室
2、ゲルマニウム王国の将軍職
3、フォートロン辺境伯の領地と爵位
4、一生遊んで暮らせるだけの報奨金
5、上記全部』
国王陛下から頂いた言葉は一言一句忘れずに覚えているし、議事録も取ってある。
陛下は私とカナリア君の婚姻を望んでくださっておられるし、カナリア君も私にべったりだ。
カナリア君の私に対する感情は、今はまだ姉弟や母子に近い感情だろうと思う。
けれどあと10年もすれば、男女のそれに変わることだろう。
その時、私は26歳。
現代日本なら結婚適齢期ど真ん中だ。
この世界では……まぁ多少は行き遅れ感が出てたりしなくもない年齢だが、私が『貴族家令嬢』ではなく『東部国境防衛を任された大貴族本人』であることを考慮すれば、まぁセーフといった感じだ。
だから、分かる。
クゥン君が言っていることは。
けれど、それを彼が言うということは、
「キミは私に、『この恋はあきらめろ』と、そう言うんだね」
「はい」
クゥン君が、はっきりとうなずいた。
私の気持ちを拒絶するように。
私の迷いを断ち切るように。
「……初恋だった」
気がつけば、私はそう漏らしてしまっていた。
「っ――」
失言だと気づいて、唇を噛む。
言うべきではなかった。
クゥン君を苦しめるだけの、意味のない言葉だ。
「オレにとっても」クゥン君の顔が歪んだ。「初恋でした」
「…………っ」
涙が出てきた。
後から後から溢れてきた。
年甲斐もなく、私は泣いた。
わんわん、わんわん、子どものように。
「すみません」
「なんで謝るのさ。私や辺境伯家のことを考えて、悩んだ末に決めてくれたんでしょう?」
「ですが、エクセルシアの気持ちを受け止めてあげることができなかった。ごめん。ごめんなさい……」
「ううん。ありがとう、クゥン君」
抱きしめ合って、ふたり一緒に泣いた。
こうして、エクセルシアの初恋は終わった。