さて、今日も旅人様が森の様子を見に行った後、私は家を出て、少年が仕事している場所へ向かうことにした……今日も近づけば、木を叩く音が……あれ?しない…?
「……たくっ!……いいなっ!!」
「なんだろう、誰か怒鳴ってる?」
人の怒鳴り声、明らかに男性の声、その声に怯えて私は足が動かなくなってしまいました……
「……なさい……ない…ら……」
よく聞き取れないけど、次に聞こえてきたのはあの少年の声だと思います……そうなると、あの子が怒られてるってことでしょうか?少しすると、男性がその場を離れたのか、声はしなくなりました……
恐る恐る、顔を出し、様子を見ると、あの子が1人、木を背にして座っています……その傍には、いつも使ってる、あの斧の柄が折れて落ちているのが見えました……
「あっ、えっと……だ、大丈夫?」
「ん?あぁ、姉ちゃんか……別に、なんでもないさ」
「で、でも、さっき怒られて、た?」
「ん、あぁ、見られたのか……まぁ、よくあることだよ……朝早くから作業されてうるさいって、たまにああやって怒鳴られるんだ」
「な、なんで?」
「なんでって、そりゃ、俺や母ちゃんが邪魔だからだよ」
「じゃ、邪魔って……おなじ村の仲間じゃ、ないの?」
自分で言ってて、その言葉に一番違和感を持ったのは私でした、だって、今は旅人様がいますが、元々は誰もが敵だったのだから……仲間っていう言葉に一番疑念を持ってるのは私です…
「母ちゃんが、病気だろ……村の連中はそれがうつるんじゃないかって、俺や母ちゃんをのけ者にしてるんだよ……あいつらはさっさと俺らに出ていってもらいたいんだ」
「そんな……」
ここでも、人はそうやって……私の中にある黒いなにかが湧きだしてくる、そんな感じがしました……
「姉ちゃんもよそ者なんだし、俺なんか気にしてもしょうがないだろ」
「それは、えっと……あ、あのね、お薬、高いんでしょ?」
「あぁ、昨日も言っただろ」
「う、うん、それで、ね?えっと、ぼ、冒険者にお薬の材料をお願いするのはどうかな?えっと、材料があれば、作ってもらえるのは安く済むかもだし」
「そんなのとっくに考えたし試したよ……」
「え?そ、そうなの?」
「あぁ、でも、依頼を受けた冒険者は素材をとってこれなかった……いや、違う、とってこなかったんだ」
「え?い、依頼したのに?」
「……安かったからだよ……俺の依頼金が安かったから、だから程度の低い連中がきて、それで、そこらに生えてるような草を材料だっていって持ってきて……俺にはそれを確認する手段がなかったんだ……結局、全部偽物……金だけとられてさ、ギルドに文句言おうとしたけど、村の連中に止められたんだ」
「え?な、なんで?」
「こんな森の傍の村は冒険者に頼むことが多いんだ……だから、ギルドに喧嘩を売りたくないんだよ」
「そんな……」
「いいさ……とにかく、斧、直さないと……」
「あっ、そういえば、それ、どうしたの?」
「折れたんだよ……ずっと使ってたから、柄の部分が腐ってたみたいだ……」
「え?そ、そうなの………な、直すって、えっと鍛冶屋さんとか?」
「村で作ってるやつはいるけど誰も俺のなんか直してくれないよ、だから自分で直すんだ」
「え?えっと、あっ……その……」
「なんだよ?俺は忙しいから帰るぞ」
「あっ、えと、ま、まって……わ、私も、手伝っちゃダメ、かな?」
「姉ちゃんが?」
「う、うん……」
「姉ちゃん変なやつだな?」
「えっ?べ、別に変じゃないよっ」
「まぁ、いいけど……じゃあ、ついてきて……あっ、そういえば姉ちゃん何て名前なんだ?」
「あっ、えっと、私は、アンn……アンナだよ!え、えっと、あなたは?そういえば聞いてなかったよね」
「あぁ、そういえばそうだっけ……俺はアレンだ……」
私は、アレン君について彼の家にやってきました……村の少し外れにあるその家は、外から見ても外壁はボロボロでいつ崩れてもおかしくないような、そんなぼろ小屋でした……
「母ちゃん、ただいま」
「あら?おかえり……今日はずいぶんと早いのね?あら?そちらは……」
「あっ、は、初めましてっ!い、今村に、その、滞在させてもらってる、た、旅の者で、え、えっと、アンナって、言います」
「あぁ、あなたがアレンが最近言ってる、おかしなお姉さんね?」
「ふぇっ!?」
「ふふ、ごめんなさいね……あと、こんな恰好のままで申し訳ないわ…あぁ、私はハレナよ、よろしくね」
ハレナさんは、身体をベッドから起こしているだけでした……体はやせ細り、満足に食べられていないようです……
「え、っと……あ、あの、病気だって、聞きました、だ、大丈夫、ですか?」
「ふふ、そうね……大丈夫、ではないかしら……あなたは私の病気の事はしってるの?」
「あっ、いえ、病気だって聞いただけで……その、すいません」
「いいのよ……そうねぇ、石化病って知ってる?」
「石化、病……?」
「えぇ、原因は不明……なぜか急に足の先からゆっくりと身体が石になっていく病気よ……」
「え?そ、そんな……」
「ふふ、心配してくれてるのね、ありがとう……私はね、いいの……覚悟は出来てるから、ただ、あの子、アレンの事だけが唯一の気がかりでね……」
ハレナさんは奥で斧を修理してるアレン君を見ています……私も自然とその視線の先、彼を見てしまいました……そう、ハレナさんが病気が治せなければ、アレン君は一人ぼっちに……
「あっ、あのっ、薬の材料って、その、わかってるんですか?」
「ん?あぁ、冒険者に頼んだこと聞いたの?そうねぇ……ふふ、わかるわけがないわね」
「えっ?わからないんですか」
「えぇ、だって、薬のレシピなんて基本秘匿されてるものよ?どこで手に入るかもわからないし、なにを使ってるかなんてわかりもしない……私達みたいな平民には知る由もないことよ」
「そんな……」
「ふふ、気にしないで……まぁ、残念だけど、こういう運命だったのよ……」
「で、でも……」
「ダメよ、あなたは旅をしてるんでしょ?こんなところで私みたいな人間に関わるのは無駄よ。私達のことは気にしなくていいから」
「あっ、それは…」
「優しい子、ありがとうね」
そのあとは、結局、私は何もできることはなく、帰路につくことになりました……
◇
「ただいま……」
「戻ったか」
「あっ、旅人様、早かったですね…」
「まぁな……近いうちに村を出て森を抜けるぞ」
「え?」
「なんだ?なにか問題があったか?」
「あっ、いえ……その……あっ、あのっ、旅人様は石化病ってご存じでしょうか?」
「ん?あぁ、知ってるが、それがどうした?」
「あのっ、その……薬の作り方とか、知っていますか?」
「……知ってるといったら?」
「お、お願いですっ、教えてくださいっ」
「教えたとして、お前には作ることはできないし、素材を手に入れることもできないぞ」
「で、でもっ……」
「村の人間と関わるのはやめておけ。お前が特定の子供を気にかけてるおんは知っている……ただ、俺たちは逃亡中の身だ……関わるのは止めた方がいい」
「でも……私、どうしてもその……」
旅人様の言葉を理解は出来ます…逃亡中の身でありながら、痕跡を残すなんてダメだって、関わりは最低限にしなきゃいけないのに……でも、私にはどうしても、放置はできません……