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第14話

「旦那様からです」と差し出された箱にはネックレスと揃いのイヤリングが入っていた。

「そう、ありがとう」

「奥様」

「?」

「あの、」

「大丈夫、私は大丈夫だから。ごめんねスペンス。支度があるから部屋から出てくれる?」

「旦那様とは会場で落ち合う段取りとなっております。会場までは私がエスコートいたします」

「わかったわ、ありがとう」

 こんな時にでも妻の業務はまわってくるものでため息を吐いて支度を始める。

 クラウス様はあれから邸に帰ってきていない。

「こちらでお待ちください」

 会場に着き馬車の中で待っているとスペンスが扉を開けた。

「アメリア」

 手を重ねる。

 髪が後ろへとセットされ、とてもかっこよくて、クラウス様に胸が高鳴った。

「では行きましょうか」

 腕を組んで距離が近くなる。

 初めから契約結婚だったんだもの。

 今までが異常だったのよ。

「すまないが少し席を外します」

 やっぱりこういう世界は私には合わないなと思った。窮屈だ。

 適当に相槌を打って愛想笑いを浮かべて席を外した。

 クラウス様、今頃どうしてるんだろう。

 折角綺麗に着飾ったのにひとつの反応もない。ちょっとくらい反応してくれてもいいのになぁ。結構頑張ったと思ったんだけど。

「はー……」

 くつろいでいると、テラスへと続く扉が開かれ誰かがやってくる声が聞こえ慌てて物陰に隠れる。

 なんで隠れちゃったんだろうと思いつつも息を殺していると聞かないようにと思っていても自然と聴覚が鋭くなる。

「クラウス、お前いつの間に結婚なんてしたんだよ」

「お前には関係ないだろ」

「で、お前奥さんとはどうなんだ」

「……ああ、まあ、いてもいなくても変わらない」

「なんだそれ」

 そんなクラウス様の声が聞こえて喉を通ったワインがひりついたような気がした。

 ふぅん。

 じゃあ、私がいなくてもいいってことよね。

 断りをいれる必要なんてないのになにやってたんだか。

 グラスを手すりの淵に置いて靴擦れを起こして痛みを感じていたヒールを踵で脱ぎ捨てる。

 私らしくもない。

 宝石のついたネックレスに揃いのイヤリングを外して髪を纏めていたピンを取る。

 ドレスは歩き難くて仕方がない。

 ジッパーを下ろし脱ぎ捨てる。

 こんな物で満たされもしない。

 途中で見かけたスペンスに纏めた一式を「これ返しといて」突き返す。

「お、お待ちください、その格好では」

「平気よ、ちょっと疲れたわ。先に帰るって伝えといて」

 こちらと屋敷を目で往復していたスペンスが屋敷に走って行ったのが離れていく靴音でわかった。

 先程聞いた彼の言葉が頭に流れ込んでくる。

 そうよね、私はトリシア様じゃないもの。

 いてもいなくても一緒よね。

 だって一緒に住むのも嫌なんだものね。

 公爵家の馬車から上着を取り出し羽織る。

 幸いにも全身を覆う形だったことに安堵し少し歩いて辻馬車を拾った。

「どちらまで?」

 どうせ帰ってこないんだもの。

 私がどうしようと関係ないわ。

「とりあえず出して頂戴」

 呂律の回らない舌でそれだけ口にする。

 熱いし気持ち悪いし頭がぐるぐるする。

 これも全部ワインを飲んだせいだ。

「お嬢さん、大丈夫かい」

 しばらく馬車は街をまわっていく。

 街の明かりを惰性で見送りながら風が肌をなぞっていく感覚に酔いはだいぶ引いて来た。

 そのおかげで自身の失態に気づく。

 あー……最悪。

 公爵夫人が勝手に先に帰るだなんて。

 クラウス様、どう思ったかな。

 どうも思ってなさそう。はは。

 はー。馬鹿。ほんと馬鹿。

 行き先を提示して馬車から降りて馬車がいなくなってから邸へとたどり着く。

 メアリーが驚いて駆け寄ってきた。

「ワインを飲み過ぎて脱いでしまったの。なんでもないわ」

 部屋に着きベットに倒れこむ。

 冷たい。

 お行儀悪く身体をもぞもぞと動かしてシーツの中へと入っていく。

 ベットがお酒くさくなっちゃうかな。

 それでもいいや。

 今日はもう疲れちゃった。

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