どうしてこうなったのだろう。
「ほら、スペンスもなにか頼んで」
私は今店のボックス席で奥様と膝を突き合わせている。
奥様は肩の荷が下りたように晴れ晴れとした表情で話をする。
はじまりは旦那様に調査を依頼されたことだった。
内容としては奥様に男の影がないかを調べろとのことだった。
あの人、ほんとうに馬鹿なんだろうかと呆れたがつけた先で博物館に出入りする男を見つけた。
まさかとは思った。
いや、まあ、正直言えばなにかあるかとは思っていたが。
見たことも聞いたこともない女性をいきなり連れてきたと思ったら結婚したというのだから無い方がおかしい。
男の名前はジャレット・スタンリード。
代々続く馬車の技師の息子でその世界では腕も群を抜き活躍の幅を広げ彼の造る馬車は王室でも使われているらしい。その関係から博物館に時折訪れていたのだと思ったが、ふたりの様子を見るにどうやらそうではないらしい。
ふたりは何度も何度も唇を重ねていた。
馬車に乗り邸の近くへとたどり着き馬車を止めいくつか言葉を交わすとまた唇を重ねていた。
なんでこうも人の乳繰り合ってるとこを見ないといけないんだ。
私は長年あの方に仕えてまいりました。
もし弄ぶつもりでしたら、即刻おやめください。
そう口にするつもりだったのだか、馬車を見送って振り返った奥様に連れられてやってきたのは街の一画にある大衆食堂だった。
「クラウス様から聞いてる?」
「聞いているとはどういった?」
問いかけられた言葉にはなにかを探るようで口にするのを躊躇っているように思えた。
「あなた、口は堅い?」
「長年旦那様を支えてきましたからそれなりには」
「そう、じゃああなたには話しても大丈夫ね、きっと」
奥様はなんのことをおっしゃっているのだろう。
「スペンス、あのね、……私は、私たちは契約結婚なの」
「誰と誰がですか」
「私とクラウス様がです」
話が飛びすぎていて理解が追いつかない。
「あのね、お互い納得して結婚したの。クラウス様は結婚したくない人と結婚しないために私と結婚して、私は生活を保証してもらうために彼の妻を演じる。その契約を結んで結婚したの」
契約結婚があったとして、あの人が結婚したくない為だけにわざわざ誰かと契約結婚を結ぶなんて面倒くさいことをするわけがないことは長年の付き合いからわかっていた。
そして今回旦那様が依頼した内容を照らし合わせるとその理由がみえてきた。
「あ、でも心配しないで。世継ぎとかの問題は大丈夫。好きな人ができたら離婚できるって契約も折り込んでおいたから。クラウス様は愛はいらないって言ってたから私のことは好きじゃないだろうし私も彼のことは好きじゃないから。それに近い内に離婚することになるでしょうから」
「まさか先程の男性と……」
「私じゃないわ。クラウス様に好きな人がいるみたいでね」
「旦那様に、ですか……?」
「ええ」
ああ、我が主人ながらあの人はなんて不憫なんだろう。
「だからあなたは心を痛めなくても大丈夫よって伝えたかったんだけど、でもあなたにとっては嫌なところを見せてしまったわよね。ごめんなさい」
なんとなく、
「あの人とはなんでもなくてね。って聞いてるスペンス?」
なんとなく旦那様が奥様を気に入った理由がわかったような気がした。