スペンスに頼んでいた案件の結果を聞きに邸に帰ってきた。というのは建前で、実を言えば自ら足を運んだのはアメリアの顔を見たかったからだった。
顔をみようと訪れた彼女の部屋には誰もいなかった。いつもならいる時間帯だが。スペンスに確認すると仕事とのことだった。博物館の閉館はとっくに過ぎているはずだが。まあスペンスがなにも言わないのだから大丈夫なのだろう。
「旦那様、こちらです」
「ああ悪いな」
「いえ」
予定通りスペンスからの報告書を受け取る。
用は済んだのだが、やっぱり彼女の顔を見たくて報告書を確認するふりをして留まることにした。
彼女が帰ってきた時に真っ先にわかるようにホールわきの椅子に腰掛けて報告書を開くと中には書類や写真やメモが挟んであった。
彼女は馬車の博物館に勤めている。
調べさせたところその博物館には男がひとり出入りしているのがわかった。
写真を見て愕然とした。
それはあの男だったからだ。
ジャレット・スタンリード。
アメリアと親しげに話していた男だ。
アメリアがあの博物館で働きたいと言った理由はこの男がいたから、と考えれば合点がいった。
ああ、彼女が好きなのはこの男だったのか。
それは紹介したくないよなぁ。
「はは……」
乾いた笑いが自嘲気味に漏れていた。
それから程なくしていつもより遅い時間にアメリアが帰ってきた。
馬車を降り邸内へと入ってくる足取りは軽い。
なにか良いことでもあったのだろうか。
声をかけようと口を開くと視線を逸らされる。まあそれはそうか。
「こんな時間までどこでなにをしていたんですか」
「ちょっと仕事が溜まっていただけです」
「溜まっていた仕事? もうとっくに閉館している時間だと思いますが。それはわたしには話せないことですか」
「だから仕事だと」
「あなたは、彼に会うためにあの博物館で働いていたのでしょう?」
「誰ですか」
「ジャレット・スタンリードですよ」
「……はい? あなたはなにを言っているの?」
「仕事をはじめたのも彼が勤めているから? わたしと顔を合わせようとしないのもなにか後ろめたいことがあるからなんじゃないんですか?」
「クラウス様なにを言って、それにそれは私じゃなくてっ、……はあ、もうあなたに付き合うのは疲れました」
もうこれ以上話したくはないと近くを通った時、彼女から特徴的なにおいがついていることに気づいた。このにおいは自身の周りでひとりだけおぼえがあった。以前パーティーで顔を合わせた時のものだ。
「彼のことが好きなんですか?」
「は?」
「あの男のにおいがします」
逡巡してそれが誰を指すのか思いいたったのか口を押さえてうろたえていた。
なんなんだそれは。
「わ、私がどこでなにをしようとあなたには関係ない」
「なにか、があったんですか」
「放っておいて」
「わかっているんですか、あなたはわたしの妻で」
「あなたに私をとやかく言う理由なんてない!」
「……アメリア? なんのことを言っているんですか?」
「べつになんでもありません」
「待ってください。どうしてあの場所じゃないと駄目なのか説明してください」
「私は妻の務めを果たしているはずです。私のことをあなたに話す必要はありません」
「妻の務め? 君が? 妻の務めを果たしていると?」
「そうです、だから離してください」
「じゃあ妻の務めを果たしてもらいましょうか」
彼女を抱き抱え自室へと連れ込んだ。
抱き寄せて顔を寄せると彼女の手が邪魔をした。
「嫌だ。あなたとはしたくない」
「……それは、私以外とはしたということですか?」
いやに頭が冴える。
彼女は目を泳がせていた。
「べつにキスだけであれに意味はなくてっ」「キスだけ?」
言葉を取り消すように口を押さえていた。
覆った手を解いて扉に押さえつける。
「口を開けなさい」
頭を振って意思表示する彼女に苛ついた。
目を固く閉じてこちらを見ようとしない彼女の唇を甘噛みすると声があがった隙間に舌をいれて絡ませる。頬や歯茎や舌の裏のすべてに舌を這わせ繰り返し繰り返し攻め立てていく。
「や、だ」抵抗する手を引き寄せ掌を舐めれば声がはねた。
名前を呼ぶ顔と声には色がついて目からは涙がこぼれ落ちる。
「どこを、舐められたんです?」
唇を離す隙間でもれる吐息がなんとも官能的で、美しい。
こんな顔を見たのがわたしだけではないことに怒りがわいて角度を変えて深く絡ませていく。
「や、だっ、もうやだ。それ、やだ」
泣き出した彼女の目や頬や耳にキスを落としていく。
唇を首に滑らせてそこにも触れていく。
「これで嫌なんですか? 妻の務めを果たすのでしょう?」
彼女のお腹に手を這わせば身体をびくつかせ顔からは血の気が引いていた。
どうやらこういう知識はあるらしい。
「……っ、やだ、こわい」
「あなたの意見は知りません」
ベットへと押し倒したところで彼女が震えているのに気づいた。顔を覆い身体を埋めて震わせている。
「や、だ。すきじゃない、く、っに」
わたしを好きじゃないことくらい知っていた。
「あなたがキスをした相手もこれ以上のことを望んでいるんですよ。もしかしたら今頃あなたを思って抜いてるかもしれないですね」
キスをしようとのぞき込んだ顔を逸らされる。顎を鷲掴んで舌をねじ込めばまた頭を振って嫌がった。
わたしの名前を呼ぶその唇をその男には許したくせにわたしは嫌なのか。
這い出ようとする彼女のお腹に手をまわして引き寄せて背中にキスをしていく。
「あなたは、わたしのものです」
服が邪魔だ。
彼女のプラチナブロンドの髪を前へ滑りおろすと白く細い地肌が露わになる。唇で触れていくと彼女のにおいがしてそこに鼻を押しつける。
嫌がるように身動いだ彼女の手に指を絡ませベットと自身の間に留ませる。
彼女に触れると安心する。
彼女はわたしのものだと誇示するようにそこにしるしをつけていくと短く声が跳ねていた。
「それ、見られないといいですね」
赤く鬱血して白い肌に浮かぶ一部を指す。
「……どうして、こんな」
しるしを手で覆い頭をわずかに動かしてこちらを睨んでくるが、その灰色の瞳はいまは涙で濡れてずいぶんそそる。
「どうしてか、わからないんですか」
わたしが誰かに対して盛りのついた十代のようなことをすることになるとは。
自分がこんなに嫉妬深い人間だとは思わなかった。
ただ、口にしたら彼女が離れてしまいそうで答えることはなかった。