「クラウス様はなんで私を選んだんだろう」
口にしてから後悔した。
「アメリア様」
紅茶を淹れる手をとめて悲し気に眉を下げているメアリーと目があった。
「メアリー大丈夫よ、なんでもないわ」
後腐れがないから。
それ以外に答えを求めてる自身がいる。
でもまさか本来の縁談相手が王女様だったなんて思わないじゃない。
「アメリア様に一目惚れをしたと聞いております」
励まそうとしてくれたメアリーの言葉は傷に塩を塗り込むだけだった。
メアリーは私とクラウス様との関係を知らない。
私たちの結婚は結婚をしたくなかったただのこじつけなんて。まあそれも嘘なんだけど。
正しく言えば、王女様との間に割って入らない人間と結婚するため。
それが私だった。
それに加えて彼の溜まったものを解消のための人間だとわかったら悲しくて、彼の前で泣いてしまった。
あれは、私を思って向けられたものじゃない。
「クラウス様は王宮に?」
「はい」
「そう……」
私が泣いて嫌がったから部屋を出て行ったことまでは覚えてる。
たぶんあのまま眠ったんだと思う。
朝起きたら部屋に戻っていて寝巻きに着替えられていた。
スペンスとメアリーがしてくれたんだろう。
この契約をした時はもっと割り切った関係になると思っていた。
「ところで奥様、奥様に王宮から招待状が来ております」
ため息を吐いた私に思い出したようにメアリーが声をかける
「……招待状? 私に? クラウス様じゃなくて?」
「はい」
差し出された封筒は白地に金色の装飾が施され王室の紋章が記されている。
封を開けると確かに私の名前があった。
丁寧な挨拶にドレスコードと最後の差出人の欄にはプリンセス・トリシア・エマ・ジョーンズと書かれていた。
それはまちがいなくトリシア様の正式名称だった。
私と彼女に面識はない。
どうして彼女がこんなものをとふたりの共通点として浮かんだのはクラウス様だった。
「お茶会ということですので午後からということになりますがそろそろ準備をはじめませんと」
今まではクラウス様がいたから付け焼き刃でもやってこれたのに、これはまずい。
でもメアリーには言えない。
「メアリー、どうして私にこれが届いたのかしら」
「月の一度のお茶会ですよ。トリシア様は人々の声に耳を傾けることがお好きな方ですから」
「そう」
私が悶々と考えているうちにお風呂に入りドレスに着替えて髪を結い上げていく手がそこで止まった。
「か、髪はおろしておきますね」と慌てたメアリーの意味することに気付いてこちらまで顔が赤くなる。
髪は上部を編み込んで後は背中に流していた。
「旦那様に愛されているのですね」
安堵したように笑ったメアリーに曖昧に笑い返すことしかできなかった。
「ねえスペンス」
「はい」
「あなたは王室の王宮に行ったことがある?」
「それは一体どういった意味でしょうか」
「あの、私こういう場ははじめてでどうしたらいいか……」
こちらの意図を汲み取ったスペンスが数秒だけ考えるように黙って口を開いた。
「招待者に挨拶をして適当に食べて帰ってこればいいんですよ」
「それだけ……?」
「はい」
「仰々しく着飾っただけでそれだけです」
「それだったら私にもできる気がするわ」
「招待されたご令嬢たちが並んでいるはずですからそこに付いていけばいいのです」
スペンスにエスコートをされて馬車を降りる。
「綺麗ですよ、奥様」
なるべく質素に、目立たないようにとお願いしたのに。
これではまるでちがう。
「せっかくのお茶会ですので」
メアリーの押しの強いところは心強くてすきだけど今日は、今日だけはちがってほしかった。
馬車に揺られてたどり着いたのは色とりどりの花々が咲き誇る中で行われるガーデンーパーティーだった。
送り出したスペンスがやけににっこりしているように見える。
セットされた丸テーブルが等間隔に並びその間を揃いの服で抜ける給餌たち。
同じように招待された令嬢たちが列を成しているのを見つける。
スペンスが言っていたのはあれね。
「本当にお美しい方でしたわ」
挨拶を終えた令嬢が黄色い声を上げて話に花を咲かせている。
この先にトリシア様が。
大丈夫、トリシア様は私の顔なんて知らないだろうから挨拶をして下がればいいだけ。理由づけてみたものの本当は怖くてしかたがない。
このまま時間が止まってしまったらいいのに。
そう願っても列は進み恐怖と不安が入り混じった心を抱えたまま順番がまわってきた。
「ごきげんよう」
令嬢が立ち去ってから前へ促されて顔を上げるとトリシア様の護衛のひとりにクラウス様がいるのが目に入った。
向こうはこちらをみると顔を引きつらせて逸らした。
それはそうよね。
「ごきげんよう」
招待を受けた挨拶だけして下がろうとすると引き止められる。
「待って。あなた、クラウスと結婚したんでしょ?」
トリシア様の柔らかい声が私の身体の動きを止めた。
「私、あなたに会いたかったの」
トリシア様の声に喉が震える。
顔を見ることができなかった。
「……トリシア様」
クラウス様の嗜めるような声がする。
「なによ。私はただお祝いを」
呆れたため息が降ってきて、この場から逃げ出したい気持ちになる。
言い争いをしている姿は仲睦まじく見えた。
邪魔にならないように「本日はお招きいただきありがとうございます」とだけ笑ってその場を離れた。
誰の会話にも入れずにお茶会の会場の隣に設けられた花を見てまわる。
さすが王室。
まるでこのお茶会のためだけに整えたようにすべてが綺麗に咲き誇っていた。
きっと大切にされているのね。
「どうして君がここにいるんですか」
声のした方を振り返ると「招待を受けたからです」どこか嫌そうに目を細めたクラウス様が立っていた。
「わたしは聞いていません」
苛ついているように見えて「すみませんでした」と頭を下げてクラウス様の横を通り過ぎる。
「もう挨拶が済んだのなら帰ってはいかがですか」
追いかけるように背中に声がかかる。
それは、あなたは必要ありません。そう突きつけられているようだった。
「そうですね、そうします」
クラウス様の安堵した吐息が聞こえた。
もう、いいかな。
もうじゅうぶん。
振り返ってクラウス様を見つめる。
「クラウス様」
「……なんですか」
「契約を解消したいのですが」
「……いま、なんて?」
「私たちの契約の解消をお願いしたいのだけど」
眉間に皺を寄せて黙り込んだ彼にできるだけ穏やかに早口で捲し立てる。
「考えてみてください。これ以上私たちが一緒にいる理由なんてないと思います」
もうあんな悲しい思いはしたくない。
彼女を思いながら触れられるなんて嫌だ。
先程の態度でわかってしまった。
トリシア様を大切にしていることに。
「あなたは、それでいいんですか」
「いいもなにもお互い好きで結婚したわけじゃないんですから今更どうなろうとべつに構わないでしょう?」
口にしていて泣きたくなる。
「もう一度訊きます。アメリアあなたはそれでいいんですか?」
再度訊ねられてどうしてか頷くことができなかった。それが正しいはずなのに。躊躇ってしまう。
「わたしは今のままでいいです」
「……どうしてですか?」
少しだけ、少しだけ期待をしてしまった。
もしかしたら私といたいからじゃないかと。
「契約を破棄するのも面倒です」
うんざりしたようにため息を吐いて「もういいですか」と立ち去ろうとする彼に「待って」と掴んだ手を振り払われる。
「あなたが好意を寄せる人ができない限りわたしは嫌です」