「彼女、可愛いわね」
うるさい黙れ。
「私たちに教えないなんてよっぽど大切なのね」
ああそうだ。
「ねえねえねえってば」
だからトリシア様には合わせたくなかったんだ。
アメリアはアメリアで契約を解消したいと口にするし。
本当に今日は最悪だ。
トリシア様は酒に弱い。
ザルな顔をしてグラス一杯で酔っ払ってしまう。
それを知られたくないらしくわたしの邸で休むと言ってきかずこうして運んでいるが口がよくまわる。
客間のベットに彼女をおろしていくと手を引かれベットに仰向けに倒れたわたしの上にトリシア様が座った。
「デクスターどうして私じゃ駄目なの。私は本気であなたのことを好きなのに」
仮にも相手は王女様だ。
こんなところを見られたらまちがいなく首が飛ぶ。
彼女が騒がないように、穏やかに答える。
「トリシア様、わたしには心に決めた人がいますので、こういったお戯れは」
「愛してるの彼女のこと?」
「……はい、とても愛しています」
「私がいるじゃない。あなたのために私頑張ったのよ」
「存じております」
「本当に本当に頑張ったの。あなたの隣に並びたくて」
「そうですか」
「ねえ、キスしてよデクスター。彼女にはしたんでしょ。私にもいいじゃない。私もお金を払ったらしてくれる? 私あなたにだったら……」顔を寄せてきた彼女を「いいかげんにしろ」組み敷いて体勢を逆転する。
ベットに貼り付けられた彼女を見下ろした。
「あなたがいくら振り回そうとわたしはあなたには興味はない」
覆いかぶさっていた身体を離れようと引いた時シャツの首もとを掴まれ引き寄せられたところを口に手をあてそれを塞いだ。
くぐもった抗議の声があがる。
「ガキが大人をからかうのもいいかげんにしろ。お前がこういうことをしたい相手はわたしではないはずだ」
「でも、私の気持ちは一時的なものじゃない!」
「お前が好きなのはわたしではないはずだ。当て付けはやめろ」
「デクスターの馬鹿! 変態! もうしてあげない!」
誰が変態だ。
こんの酔っ払い。
まったくもって会話が噛み合わないし誰がするか。
ぎしり、と床が軋んだ音で我に返り聞こえた方を振り返ると扉の隙間からこちらを見ている人物と目があった。
正確に言えばわたしとトリシア様を見ていた。
「……アメリア?」
まるで喉が張り付いたように掠れた声で名前を呼ぶとはっとしたように走っていく足音が遠のいていった。
一番見られたくない人に一番見られたくない場面を見られたことに気づき慌てて後を追う。
あんなヒールでどこにそんな力があったのか階段を駆け下りていく。
わたしが外に出た時には馬車が一台角に消えるのが見えた。
くそ。
「馬を借りるぞ」
「アメリア! どこにいる! アメリア!」邸にたどり着き声を張り上げる。
「旦那様、一体なにが」
声を聞きつけたスペンスが出てくる。
「アメリアはどこだ」
「自室におられるかと」
彼女の部屋までが遠い。
廊下を進み階段をのぼり角をいくつか曲がってたどり着いた扉をノックする。
返事はない。
断りを入れて扉を開く。
見渡すとベットの上で彼女が丸まっていた。
声をかければ泣いた後のように目の下が赤くなっている彼女と目があった。
それが自分を思って泣いたのだと思うと、まだ望みがあるのではと思った。
瞳は揺れていた。