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第20話

「クラウス様?」

 知らない場所のお茶会でひとりはさすがに心許なくてクラウス様の姿を探す。断りだけ入れて帰ろうとあちこち見て回るがどこにもいない。騎士団の邸に戻っているだろうかと足を運ぶ。

「……クラウス様?」

 邸内はしんと静まりかえり人はいないように思えた。もう帰ってしまおうかと思って歩を止めた時、なにかが落ちるような音がしてそちらに足を向ける。

 なにかしら。

 愛しています。と言った声が聞こえて喉がひくついた。

 それはよく知っている声だった。

 そうであってほしくないと願いながら音を消して開いた扉をのぞき込む。

 扉の隙間にはベット上で覆いかぶさって見下ろすクラウス。それから女性の手がクラウス様の首元を掴み引き寄せて、キスをしていた。

 なにがおこっているのかわからなかった。

 知らない女性とキスをするクラウス様と。

 よくよく見るとその女性はトリシア様だった。

 その場に立ち尽くしていた。

 身体が動かなかった。

 見たらいけないのに。

 どうすればいいかわからなかった。

 ふいに振り返ったクラウス様と目があったような気がした。

 それが合図のように身体の強張りが消えて背中を押されたようにその場から走り去る。

「出してちょうだい、はやく」

 馬車に乗り込んで御者に告げる。

「急いで」

 あそこで、いつも会っていたのかしら。

 だから私とは暮らさず騎士団の邸で暮らしてるんだ。

 立場上結婚はできなくてもクラウス様の愛情はトリシア様に注がれているんだわ。

 だから私の愛はいらない。

 だから私に帰れと。

 私にはジャレットとのことを問い詰めたくせに。

 自分は私に怒って問い詰めたくせにあなたはっ。

 振り上げた手を止めた。

 そこでどうして私はこんなにも悲しいのかわかってしまった。

 私は彼が、クラウス様が、好きなんだ。

 だからこんなにも苦しい。

 彼からは決して愛されることはないのに。

 なんて契約を結んでしまったのだろう。 






「奥様? どうされたんですか?」

 メアリーの手を断って部屋に向かう。

「なんでもないわ。慣れないお茶会に疲れてしまって。少し部屋で休むわね」

 身体が重い。

 クラウス様への想いを自覚した途端に失恋するなんて。

 こんな思いをするなんて思いもしなかった。

 私を見てほしかった。愛してほしかった。

 それはトリシア様の代わりとしてじゃなくて私に私自身に触れてほしいと願ってしまった。

 無理なのに。

 だってふたりはあんなにも愛し合っていた。

 枕に顔を押し付けて声を殺してこぼれる涙を抑える。

 すきに泣けもしないなんて。

 邸について部屋にこもっていると遠くから名前を呼ぶ声が聞こえて涙を拭う。

 それはひどく焦っていて笑ってしまった。

 焦ることなどないのに。

「ここにいたのか」

 目が赤い。泣いたの? と頬を優しくなでられる。

「アメリア聞いて、トリシアとはなんでもなくて」

 トリシアって呼んでるんだ。

「ここには私とクラウス様以外誰もいません。私に言い訳する必要はありませんよ」

「そうじゃなくて、あれは」

「それにとてもお似合いでした。こちらは気にせずいつでも契約破棄をしてくださいね」

 遮って思ってもいないことを口にする。

 彼の口からそれ以上なにも聞きたくなかった。

 手を握り締めて掌に爪を食い込ませ意識をそれにもっていく。

 そうじゃないと泣いてしまいそうだった。

「ねぇ、アメリア、それ本気で言っているの?」

 口角を上げて笑みを作り上げる。

「ええ。喜んで祝福いたします」

「君はどれだけ距離を縮めたら理解してくれる?」

「クラウス様こういったことはもう」

「アメリアわたしは君がすきなんだ」

 嘘つき。愛してるって言ってたくせに。

「クラウス様もうおやめください」

 こんなこと虚しいだけだ。

「アメリア、君がいなければ」

 もううんざりだ。

 表面ではいくらでも取り繕える。

 私がいないと駄目だと言っておいてトリシア様と会ってるくせに。この前だって私とあったその直後にトリシア様と抱き合ってたくせに。手紙だってあんなに大切にしてるくせに。私にあんなことをしておいてさっきだってふたりでベットの上にいたくせに。私はいてもいなくても同じなくせに。あれがあなたの本音でしょう?

「クラウス様。私たち離婚しましょう」

 もう彼のそばにいて甘い言葉を囁かれて傷つきたくない。

「……それはあの男の元へ行くからですか?」

「はい?」

「あなたはわたしの妻です。そういう契約です」

「私は、あなたのものではありません。あなたはお金で買えるものしか信用できないのですか」

「だってあなたは現に契約結婚をしたじゃないですか」

「ええ、しましたよ」

「だから今あなたはわたしの妻でここを出ていくのは許しません」

「あなたのことはすきではありませんしお互い納得して結婚したはずですが」

 そこでクラウス様は黙った。

 この人は私の口から言わせたいんだ。

 なんて酷い人なんだろう。

「わかりました。じゃあこう言えばいいですか。私には好きな人ができました。それはあなたではありません。あなたの知ってる人でもありません。だから今すぐ離婚してください」

「いやだ」

「クラウス様」

「だってわたしは君のことが」「もう、」

「……もう嘘は聞きたくありません」

「アメリア待ってくれ話を聞いてくれ。頼むから」

「荷物をまとめて出て行きます。今までお世話になりました。だから出て行って」

「待って、アメリア」

 クラウス様を部屋の外へ追い出して扉を閉めた。

 彼がそれ以上入ってくることはなかった。

 もう彼の言葉は聞きたくなかった。

 彼に見つめられるとなにがほんとうなのかわからなくなってしまう。

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