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第22話

「なぁにアメリア。最近見ないと思ったら結婚してたって?」

「もう、うるさいな」

「あんたはそんながらじゃないでしょ」

「そうね。もう結婚なんてまっぴら」

 館長さんも帰ってくるしお金が貯まったら旅でもしようかしら。

「離れてた間、なにか新しい情報はある?」

「そうねぇ」

 狙いを定めて人型の的に引き金を引いていく。

「北で抗争があったくらいかしら。おかげで懐が潤ったわ」

「で、潰したの」

 かわいた音と薬莢が地面に落ちる音が室内に響いていく。

「もちろん」

「ならいいわ。私も表にはしばらく出れないからなにかしら手伝えるとは思うけど」

「そうねえ。まあなにかあったら連絡するわ」

 私にはこっちの方がいい。

 感情に振り回されるのはたくさん。

 あれは夢を見ていたのよ。

 機械を操作して近づいてきた的を剥がすと弾はすべて頭に命中していた。

「さすがねアメリア。使い心地はどう?」

「これをいただくわ」

「わかった。梱包するわね」

 アレハンドロのあとについて階段をあがり地上に出ると花の香りに満たされる。

 硝子ケースの中にはさまざまな花々が値札とともに並べられている。

「ついでに花もどう?」

「私は銃を買いに来たんだけれど」

「花屋もなかなか厳しいのよ。長年の付き合いじゃない」

「わかった、お願いするわ」






 新しく借りた部屋は鉄筋造りのコンクリートを打ち付けただけの簡素な作りだった。

 外階段をのぼり右に折れ手前から五番目のグリーンの扉の前には人影があった。

「髪切られたんですね」

「……スペンス」

「それは失恋されたからですか」

「不必要だっただけよ」

 鍵を開けようとすると扉との間に割って入られる。

「どいてくれる、家に入りたいのだけど」

「私は、話がしたいのです。あなたと」

「もう私はあなたとは関係ありませんので話すことはありません」

「じゃあ、旦那様にあなたのことを話しても?」

「勝手にしたら」

「本当に?」

「……それはどういう意味ですか」

「その花束に入れられたハンドガンのことですよ。この意味、わかりますよね」

「っ」

「ああ、それとも今スカートの中のサイホルスターにおさまっているミニガンにしましょうか」

 見たところ武器はない。

 体格差はあるが勝機がないわけではない。

「ああ動かないでください。これでも私はあなたに理解を示しているんです」

 浮かべた笑顔が嘘くさく見える。

 この男は本当にスペンスだろうか。

「だから言ったでしょう。私は長年あの方にお支えしてきましたと」






 主人を差し置いてあなたの部屋に入ることはできませんから。まあそれはそれでおもしろそうですが。含みを持たせ笑ってからスペンスは注文したコーヒーを啜る。

 机を挟んで向かいに座る男のせいで家には入れず以前来た覚えのある店に連れられてやってきた。

「いやぁなかなかつかめなくて苦労しましたよ。よく化たものですねぇ」

「くだらない話はいいから本題を話してくれる?」

「じゃあ単刀直入に訊きます。あなた、旦那様の暗殺を請け負いました?」

 なにを言うかと思ったらなにを言っているんだ。私がそんなことをするわけ。

「まさか、その兆候があったの?」

「はい」

「邸に数人ほどいらっしゃいました」

「クラウス様は?」

「留守でしたのでご無事でした」

「そう」胸を撫で下ろす。

「それで? あなたが訪ねてきた理由は?」

「あなたに旦那様の身を守ってもらいたいのです」

「どうして私が」

「いえ。私が守ってもいいのですがそれではつまらないでしょう。それにこれはあなたのためにもなると思いますが」

「……私のため?」

「だってあなた、旦那様がお好きでしょう?」

「……な、なにを、」

 スペンスの言葉に吹いたコーヒーが喉のしたで変な器官に入って咽せた。

「ああ、いえなにもまた夫婦に戻れとは言いません。影から、旦那様を助けていただきたいのです」

 お使いください。と紙ナプキンを渡してきてからスペンスは慣れた手つきでテーブルについたコーヒーを拭き取っていく。

 口元を拭って疑問に思っていたことを訊ねる。

「そもそも、クラウス様は騎士団に所属しているのですから私が協力しなくてもいいのではありませんか?」

「旦那様は恨みを買いやすいのです。それに私は面倒くさ、……人手が足りなくて困っていたのでアメリア様が邸にいてくだされば助かります」

 にっこりと笑って圧力をかけてくるけどこの人いま面倒くさいって言うつもりだったでしょ。

「どうです? 悪い話ではないでしょう?」

 悪い話ではないのかもしれないけれどこの先々でクラウス様とトリシア様のやりとりをそばで見ているなんて私には耐えられない。それなら最初から関わらない方がいい。

「せっかくですがお断りします」

 まるで私の言葉が信じられないというようにスペンスは繰り返し瞬きをしていた。

「私はもうクラウス様と関わるのはやめましたから」

「それはどうしてですか?」

「そういう契約だったので。私のことはクラウス様に話されても構いません。私はもう彼とは関わり合いたくはないのです」

 彼になにを話したとしてクラウス様が私を気に留めるはずもない。私はトリシア様の代わりだったんだからまた新しい人と契約を結べばことは済む。はじめから彼にとって所詮私はそれだけの人間だった。少しの間だけ良い暮らしをさせてもらえたことに感謝をして私は私の暮らしに戻る。

 居場所もばれたし済む場所も変えないと。仕事もあと数日だししばらくはアレハンドロのところに住もうかしら。でもあそこもスペンスにはバレてるし。街から出るしかないわね。部屋のものを処分して切符を買って。この国から離れよう。

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