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第30話

 廊下の突き当たりを折れた先の書斎に足を踏み入れ、本棚から一冊の本を引く。

 本棚横の姿見が中央から横にスライドして現れた扉を開けてくぐり階段を降りると部屋の灯りが奥へと点灯していく。

「あなた、一体なにものなのよ……」

 そこには武器と思われるものたちがガラスケースに綺麗に飾られていた。

「私はスペンス。ただそれだけですよ」

「……話す気はないのね」

「秘密は魅力のひとつですから」

 妖艶に弧を描いた唇に背筋が伸びる。

「それにいつなにが起こるかわかりません。自衛は大切でしょう?」

 それにしてはいささか重装備すぎないだろうか。

 ざっと視界に入れただけでも数百の銃や手榴弾に短剣や隠し武器を伴っているであろうこの場には不似合いな日常品が陳列している。

 一通り視線を向けた中で一直線に足を向けたスペンスは壁に嵌った銃を手に取りこちらへと振り返る。

「アメリア様にはこれがいいでしょう」

「……あなた、いえ、もうなにも言わないでおくわ」

「そうしていただけると助かります」

 この男は私についていったいどこまで知っているのだろう。

 手に馴染んだ同型の銃を思いだしため息がもれた。

 しばらく握っていなかったものを身体はよくおぼえているもので、不備がないか解体し再び組み立て弾の装填を無意識下に行っていたことに「どこでその技術を身につけたのか訊ねても?」スペンスに声をかけられて気がついた。

「さあ。忘れたわ。生きていくのに必要だった。それだけよ」

 それは心強い。端的に返ってきた相槌を受け流し腕を背後へとまわし腰と布地の間へと差し込み奥へと進む彼に続く。

 どうやら地下にはいくつかの部屋が連なっているらしく隣の部屋には等間隔に扉がいくつか設けられていた。

「それで? あなたは私になにをさせるつもり?」

 スペンスは棚から手に取った銃を執事服の内側へと次々と差し込んでいく様子を中央に置かれた机に座り横目で眺めていた。

「ただ己の身を守っていただけたら構いません」

 手を止めたスペンスはそう告げるだけで答えらしい答えはもらえないのでそれ以上追求するのはやめることにして視線を辺りにやれば部屋の隅に一際目を引く扉が見えた。

 いやに物々しく部屋にはある意味お似合いのそれは硬い金属のようなもので分厚そうに天井から床までの一面を覆っていた。

 視線に気づいたスペンスが扉のハンドルを回しロックが外れたような重苦しい音とともに扉が開いた。奥は暗く地肌が見え湿り気を伴ったにおいとわずかにひんやりとした空気が肌を撫でた。

「万一の場合はこちらから街の地下道へと脱出が可能となっております。使うことがないよう願っていますが、おそらく銃撃戦になるでしょう」

「……あなた、こうなるとわかっていたわね」

「まさか。先を見通すような力は持ち合わせておりません。ただ私はこう伝えたのです。一番仕事ができる人を。と。それがたまたまあなただっただけの話でしょう」

 どうだか。

 それにやっぱり私がここに来るように仕向けたんじゃない。

 答える気はない微笑を乗せた顔に内心あきれていると頭上でけたたましい爆発音が地響きを伴って伝わり足の裏にじんわりと痺れを落としていく。間を置いてルイが転がるように階段を降りてきて助けを求めたのに対しスペンスが口角を上げたのを視界の端で捉えていた。

「始まったみたいですね」悠長に答え「準備はいいですか」こちらに確認を求めた。

「ええ」

 スペンスを先頭に上階へ戻ればソファの座席を押し上げ中から長い筒状のものを取り出した。

「シャーロット様とベティ様を地下へ。私たちがいいと言うまで決して上がってこないでください」

「お、おう」

 彼らが扉の向こうへと消えたのを確認してから「物陰に隠れてください」声を向けられる。

 弾薬を入れてスペンスが引き金を絞るとロケットランチャーが煙を引いて遠くの連中に命中した。

 地響きがこちらにまで轟いて体の芯を揺らしていく。

「この方が楽でしょう?」

「あれじゃあ逆上して乗り込んでくるわよ」

「だからですよ」

 どういうことかと眉をひそめると続いて外から爆発音が上がった。

「言ってなかったかもしれませんが馬車道以外は地雷を仕掛けています」

 二の句が継げずにいると「さあ。お茶でも飲みながら戦況を眺めていましょう」と口元が弧を描いた。

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