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第31話

 屋敷に着く頃にはパーティーはお開きになり本館は静寂に包まれていた。

 別館へと続く回廊では見たような顔が並び事情聴取を受けていた。

「私たちはなにも見ていないわ」

「ああ、俺たちが来た時にはもう死んでた」

 状況を訊かれていた男女の声を通り過ぎてクラウスはこの当事者の元へと足を運ぶ。

 あまり大ごとにはしたくないことから緘口令が敷かれているらしく憲兵隊による事情聴取だけにとどまったのはカルロスの権力によるものだろう。

 憲兵隊が現場検証を終えた頃合いだろうと思い先程男が倒れていた部屋へと向かっているとカルロスと行き当たった。

「戻ってたのか」

「ああ。そっちはどうなった」

「上層部に古い友人がいてな」

 ──申し訳ありません、最後に確認を。

 遠くで憲兵隊が声を上げた。

「俺はまだ話がある。すまないが先に俺の部屋で待っていてくれ」

 カルロスが今回のパーティーを開催したのは寄付金集め及び階級を越えた交流を持つためだった。そんな中で流血沙汰が起これば今後にも響く。

 めずらしく権力を行使したのもそれでだろう。

「旦那様」

 廊下の窓を開けるとそこには礼服に血を吸い取られた男の姿があった。

「容体はどうだ」

「病院に運ばれその後命を吹き返しました。今はメアリーがそばに。我々は山小屋に向かいます」

 そうか、わかった。答えるとスペンスの気配は消えていた。

 そういえば病院で見かけたあの令嬢。

 わたしの目には彼女はアメリアのように見えたがそれならスペンスが知らせないはずはないな。

 考えを振り払い廊下を進んでいくと壁にかけられた肖像画が目に入った。

 カルロスと彼の養父である先代のペーブル卿だ。

 著名な画家によって描いたものだと以前話していたな。

 カルロスは貴族の出だが、生まれはちがう。

 後継者のいないペーブル卿に拾われ教養と品位を身につけ学業と身体能力の高さで頭角を表していた。

 今回の貴族が大陸を跨いででもやってきたのは彼の恩恵を受けたいからだろう。

 彼はその多くの時間を平民と過ごすことに当てていた。

 彼の自室にはあまりものがない。

 応接用のソファーセットとベッドなど規則的なものでカルロスが持ち込んだものは棚に置かれた本と数種類の酒くらいだろう。

「すまない、またせたな。それで? ルイはどうなった」

 ルイ。確かあの男の名前だったと頭の隅の記憶を掘り起こす。

「無事だ」

「そうか。お前がそう言うのなら心配いらないな、それよりお前、奥さんはどうした。結婚したんだろう? ああ、おまえのことだ、こういった場には関わらせたくないってところか」

 向かいに腰を下ろし酒を注ぐカルロスからグラスを受け取り口に含み答えを口籠る。

「なんだ、お前まさか逃げられたのか?」

 思わぬ質問を投げかけられクラウスはどう答えるべきか迷っていた。

「なにがあったんだクラウス。話せよ。俺とお前の中だろう」

 嬉々としてソファーに腰を下ろした。

「王女とベッドにいるのを見られた」

「あほかお前は。俺の国だったらお前死んでるぞ。まて、今王女っつったか?」

「ああ」

 これまでの経緯をかいつまんで話すとカルロスは腹を抱え声を張り上げ笑いはじめた。

「面白い王女様だな」

「カルロス、君は他人事だからそう言えるんだ。振り回されるわたしの身にもなってみろ」

「お前もお前だろう。契約結婚だなんて」

「それはそうだが他にアメリアを引き止める方法がわからなかったんだ」

「それで? 彼女はなんて?」

「出て行って以降会っていない」

「なぜ会いに行かないんだ?彼女が好きなんだろう?」

 そもそもわたしたちの間にはお互いに対する愛情があったとしても、それは契約の下になされたもので、彼女が拒否を示せば最も簡単に終わりを告げる。

 それに、彼女は好意を寄せている人がいると口にしていた。

 あれが嘘か誠かはべつにしても彼女のあの様子からしてもわたしといたくないことは確かだろう。いくらスペンスに調べさせたところで、彼女の真意までのぞけるわけではない。

「他の男がなんだ。彼女に会いに行って謝って来い。さっさと誤解を解け。話はそれからだろう」

 なにを躊躇っているのか俺には理解できない。欲しいものになぜ手を伸ばさない。不可解だ。と続けてカルロスはグラスを傾けた。

 手を伸ばしたとしてわたしは彼女に拒否されることが恐ろしいのだと思う。

「まあ。俺には関係ないが、そんなにいい女ならお前じゃなくても相手は選り取り見取りだろうな」

 絹のように滑らかな髪に吸い付くような肌。

 濡れた瞳と花のように色づいた唇からわたしではない男の名前が紡がれ──。

 そこまで想像したところで硝子が割れた音と呼ばれた名前に意識を呼び戻される。

「おい。グラスを壊すな」

 視線を手元に落とすと黄金色の液体が指の間を滴り落ち掌には硝子片が収まっていた、

「ああ、すまない」

「手を拭け」

 ハンカチを寄越して呆れた様な鼻息を漏らしたカルロスの胸元に赤い点がついているのが目に入った瞬間、胸元のシャツを掴み引き寄せる。

 考えるよりも先に体が動いていた。

 続けて数発ソファーの背に穴を開ける。

 壁に背中を預けて状況を把握していく。

 カーテンは引かれていたはずだが、わずかに空いた隙間から差し込まれた弾道に感嘆の声がもれる。

「なにがあった」

 カルロスがトランシーバーで確認を取る。

 それがこちらからは──。

 返答は途絶え「おい、大丈夫か、状況を知らせろ」声には焦りが見える。

「カルロス、少し待て」

 遠くで痛みを逃す様なうわごとが響きトランシーバーが受信したのか耳を劈く雑音が入る。

「カルロス様」

「その声はスペンスか」

「数名の不審者がおりました故に待機しておりました。いかが致しましょう。憲兵隊に引き渡しますか?」

「いや、こちらで処理する。すまないが屋敷の者に引き渡しておいてくれ」

「承知致しました」レシーバーは切れた。

「お前のところの傭兵は凄まじいな」

「傭兵ではない。それから、君にくれてやるつもりはないからな」

「ちぇ。駄目かぁ」

「当たり前だ」

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