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第36話

「ああ、そうだ、すべて吐かせろ。あとの処理はわかっているな?」

 レシーバーで指示を出していた彼が息を吐き出し首元のタイを緩めていた。

「ずいぶんと手荒いことになりそうだな、カルロス」

「まあ、方々から恨まれてるからな」

 口元を緩めて軽く答えてはいたが以前よりも顔に刻まれた皺は深まりをみせている。

 彼が纏めた施策は階級に寄っては税収が多くそれが庶民に還元される仕組みをよく思っていない者も多いのだろう。

 それが延いては街全体が潤うとはいえ目に見えてはいない現状では糾弾の声も多くまだ根は深い。

 こうして身に降りかかるまでわからなかったが。

「……お前のおかげで死なずに済んだ、礼を言う」

「君には借りを返してもらっていないからな。死なれては困る」

「クラウス、本当に感謝している。今こうして領民を食わせていけているのも、あの時手を貸してくれたからだ」

「……わたしはなにもしていない。それは君の功績だろう」

「手を治療させよう。待っていろ」

 手元に注がれた視線の先を追うと、グラスの破片で切った手からは血が流れて垂れた雫が床に染みを作っていた。

 カルロスに渡されたハンカチは机の下へと落ちており、身を屈め手を伸ばすと針の振れるような音を耳が拾った。

 なんだ?

 これは……っ!

 音を追えば机の裏に貼り付けられていた長方形の通信機器に身を翻しポーチに走り出て背を壁にして衝撃に備えた直後、爆発音と轟音を伴い窓が割れ大破したなにかが爆風と共に窓から外へと降り注いで視界は粉塵が舞い白く濁っている。

 一部屋を吹き飛ばすだけの威力と衝撃に聴覚が機能せず、耳鳴りが鼓膜を包んでいた。

 幸いなことに怪我はない。

 武器になりそうなものは……。

 室内を覗き込むと家具は大破し壁にかかっていた剣を手に取り剣先を鞘から抜いた。

 聴覚が無い分振動に強いのか、背後の振動に振り返る。

 髪先がわずかに削がれ床に落ちた。

「……一体どういうことだ、これは」

「しぶとい奴だなクラウス、お前には死んでもらう」

「それなりの理由があるんだろう、なっ」

 交えた剣越しに対峙した旧友に言葉を投げつける。

 たたらを踏んで体勢を崩したカルロスに押し込む形で踏み込み剣先から刃先に沿うように懐へと入り込み薙ぎ払い首に剣を押し当てる。

「なあ、クラウス」

 顎の下に冷たいなにかが当たっていた。

「俺が引き金を引くのと、お前が俺の首を切るのはどちらがはやいだろうな?」

 分が悪いのはわかっていた。

 首に刃を当てられてなお彼の口元に弧を描いていた。

「ああ、なんと言ったか、そうだアメリアか。その女も探し出して殺してや……」

 渇いた音と二人の間にはわずかに火花が上がり火薬のにおいが鼻を掠めた。

「悪いな、カルロス」

 間があって腹部を押さえた男の足元には薬莢が転がっていた。

「銃を持っていないとは言っていない」

「ぅあ、くっ……」

「貴様が差し向けた刺客から巻き上げたものだ。よく出来ているな」

「どこで気づ……」

「ああ、話さない方がいい。苦しむだけだ」

 床に溢れ出した血を押さえ込みジャケットで腹部を縛り上げる。

「安心しろ、殺すつもりはない」

「ぅ、ぐっ……くそ、殺せ」

「臓器は避けた。死ぬことはないだろう」

 力づくで壁へと押し込めていたことで背後に気を配るのが遅れた。

 冷たい銃口が後頭部に押しつけられ渇いた金属音の外れる音がやけに近くで聞こえ自身の失態に舌打ちを吐いた。

 完全に油断していた。

「……お前はクラウスか?」

「ああ」

 男の声に答える。

「……どうやら形勢逆転のようだな」

 強く当てられた銃口にやけに意識が向く。

「まあ、待て。最期に殺される理由くらい知っておきたい」

 両手を挙げて反撃する意志がないことを示す。

「お前が邪魔だった、ただそれだけだ。金がいる。すまないな、クラウス」

「……悪いと思うならお前が死ね」

 苦々しく言い捨てると気分が良さそうに口の端を吊り上げた。

「この状況下でずいぶんと威勢がいいな」

「わたしを殺したとしても助かることはないはずだ。わたしも死ぬがお前も近いうちに死ぬ。スペンスが地の果てまで追い詰めて殺すだろうからな」

 カルロスが怯んだ一瞬の隙に、背中へと引っ張られ後方へと飛ばされる。

 したたか打ちつけた背中を摩りつつ体を起こすと男がカルロスに馬乗りになっているのが目に止まった。

「お前がなぜ生きてっ」

「なぜ、俺が死んだと?」

「……ルイ、か? そうだろう? 借金はチャラにしてやる、お前がクラウスを殺したなら」

「それ以上口にしてみろ、俺が貴様を殺してやる」

「……やめろ」

「だがこいつが妻と娘を……っ」

「だからだ。娘のために正しいことをしろ。お前はまだやり直せる」

 男の握った銃口はカルロスの口内に突きつけられていた。

「そいつを殺してなんになる」

「殺さない理由はない」

「死ぬだけだ。責任も負わず、裁かれることもない。良い人間として死に、すべてが葬られるだけだ。そいつを殺すのはやめろ」

 男は咆哮をあげて渇いた音が室内に響き、放った銃弾は壁に撃ち込まれ薬莢が床へと転がっていた。

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