まだ日が登りきらない暗がりの中、フードをしっかりと被りミニスカートにたっぷりフリルを付けてニーハイを履いたミカは領主館を見上げた。
厳かな領主館は静まり返っていて、動いているのは警備についている騎士だけだ。
しかし、このドラムストを領主館を守る土地の魔術や建物を保護する魔術は常に発動していて暗がりの中でも光の粒子が空中に漂い輝いている。
「ミカ、準備は出来ましたか?」
「………………うん」
「暫くは見納めですね」
「そうだね…………」
これから半年以上暮らしたドラムストを離れてマール公国に向かうミカとアウローラ。
自分のした事を今更ながらに重く受け止めたミカは静かに頷いた。
元の世界に居た時は、ただの学生で生徒の中の一人に過ぎなかった。
至って平凡で、何かに秀でた訳でもないミカがただ1つ誇れたことが彼氏だった。
周りよりも早く彼氏が出来て、友達の中でよく話題に出した。
彼氏がいない友達は目をキラキラさせてミカの話を聞いていたものだ。
そんな至って平凡で普通な少女が傷付き別の世界に来た。
周りは綺麗で美しい物に溢れ、伴侶だと言う精霊には、貴方は特別だと言われたからミカは勘違いをしたのだ。
私は特別だと次第に傲慢になった。
アウローラの言う特別とは、アウローラにとっての特別という事だったのに。
どこか物語に入ったかのような非日常の高揚感に当てられて、普段よりも気持ちを大きくしたミカの希望通り、一番理想的なセルジオを彼氏にするべく動いた。
他にも美しい人外者に目を奪われながらも、次第に自分の希望通りに進まずイラつきだし、最後には目障りだと思った芽依へと刃を向けた。
今にして思えば、本当になんて事をしてしまったのだろうと自分自身が怖くなる。
「ミカちゃん」
「……………………え」
出発しようと振り返ると、暗がりの中フードを被ったロングスカートを履く芽依が佇んでいた事に驚きミカは目を見開いた。
「…………どうして」
「アリステア様から聞いたよ、マール公国に行くんだってね」
「………………いい気味だって思った?貴方は私を見たくないだろうし嬉しいよね。直ぐに居なくなるから」
本当は謝りたいけど、自分のした事の大きさや惨めさに悪態をついた。
そんなミカに芽依は少し考えてから口を開く。
「………………もしかして、異世界転生とか転移とか、俺TUEEEEとか、好き?」
「……………………え!?」
図星をつかれたのか、一気に顔を真っ赤にさせたミカを見てなるほどなるほどと頷いた芽依。
「な……ななななななな!!」
「異世界転移して、移民の民っていう特別になった!私主人公!的な感じか……いや、わかるよ。学生が転移して俺TUEEEEとか、聖女に担がされて私特別なんだ!とか話沢山見てたらね。それが好きなら妄想捗る状態だって理解出来るから」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!やめてやめて!!そんな目で見ないでよ!そんなニヤニヤしないで!」
「なんか、そういう話に出てくる女の子みたいな事言ってたから気になってたんだよね。但し悪役」
「悪役じゃないもん!!」
「……………………ミ、ミカ?」
両手を握りしめて力一杯言うミカに、アウローラが困惑して肩に手を置く。
真っ赤な顔でぷるぷるするミカはフーフーと息を荒げていたが、深呼吸してから芽依を見た。
そして勢い良く頭を下げる。
「今まですみませんでした!私、偉ぶっていました。言われた通り特別だと勘違いしてました。でもそうじゃなくて、私は私でしかなくて変わらないってやっと理解した感じがします。謝って許されるとは思ってません!でも、謝りたかったんです!」
「その謝罪は貴方の罪悪感を払拭する為?」
「はい!私のこのモヤモヤとした後悔を拭いたいから」
しっかりはっきりあなたに謝りたいのは自分自身の為だと言ったミカに、芽依の口端がふよふよと動き出す。
そして、盛大に吹き出した。
「あはっ!あははははは!!凄いね貴方、そんなはっきり自分の為に謝らせてくれって言えるなんて!…………はぁ、面白い」
盛大に笑った芽依をミカとアウローラがポカンと見ていると、滲んだ涙を人差し指で払った芽依が初めてミカにまっすぐ笑顔を向けた。
「怒ってないよ。もう怒ってない。ミカちゃんはちゃんと謝れる素直な子だね。元々そうだったのかな?…………あまり話もまともに出来なかったけど、貴方は多分私の同郷だろうし……頑張ってね。マール公国、どんな所か詳しくはわからないけれど2年後会えるのを待ってるよ。行ってらっしゃい」
「……………………ありがとうございます、行ってきます」
泣きながら頷いたミカは、アウローラに肩を抱かれて歩き出した。
このドラムストを追い出された、まだ守られている筈の子供は、自分の過ちに向き合い新たな道へと歩き出した。
見送りは芽依ただ1人。でもミカには十分すぎる見送りだった。
「お前は相変わらず甘いヤツだな」
「セルジオさんこそ。結局見に来てたじゃないですか」
「お前が居るからな」
「そういう事にしておきます……あの子が上辺だけで謝ってきたら私だって許してません。自分の為って言っても後悔していることに変わりは無いし、マール公国に行くこともちゃんと受け止めているみたいだから」
ふふ、と笑った芽依の隣にはいつの間にかセルジオがいて振り返る事無くドラムストを出ていく2人の背中を見送った。
一瞬目を細めたセルジオは、フン……と鼻を鳴らし芽依の腕を優しく掴んで歩き出す。
「冷える、帰るぞ」
「はい」
いつの間にか取り出したのかカーディガンを掛けられたが、最近は暖かい為必要とはしないのだが、セルジオの心遣いに思わず笑みが零れた。