ある昼下がり、暖かくなり半袖に薄手のロングカーディガンに衣替えがされた頃。
庭の世話を終わらせた芽依は、果樹園で生った沢山の果物を箱に詰めて箱庭に保存していた。
今日はアリステアにこの果物を届けようと執務室まで向かっている。
その隣にはフェンネルが護衛だと付き添ってくれているのだが、皆の視線は芽依では無くフェンネルへ行く。
危険視される犯罪奴隷としても見られるが、その大半は美しさのあまりにフラフラと近付く人が急増しているのだが、サラッと主人の芽依に近寄らないでくださいと退散させられる領主館の職員さんたち。
芽依は護衛を得たと言うより自分が警備員にでもなった気分であった。
「メイ、来てくれてありがとう。フェンネル様もいらっしゃい」
2人に気付いたアリステアは微笑んで仕事を中断させた。
室内にはいつもの騎士や、仕事の関係ど人が行き交っている。
その中にはカナンクルの日にアリステアの執務室の掃除に引っ張り出した3人も居て、久々に見た芽依と美しい奴隷に目を丸くしていた。
「アリステア様、いきなり押しかけてごめんなさい」
「いいや、こちらも話があったのだ」
お伺いには事前訪問のアポをしっかりとっている芽依。
今回も果樹園の物の持ち込みを話していたのだ。
「これ、良かったら皆さんで。果物食べにくいですかね?」
「ありがとう……相変わらずの豊作だな。大丈夫だ、美味しくいただくよ」
「あれ?苺は栽培してないよね、メイちゃん」
「あ……あはははは」
苺は備蓄場所の庭で育てているので。まだ備蓄場所を見せていないフェンネルは首を傾げた。
3箱上まで詰まった果物に周りの職員もソワソワしてこちらをチラチラと見ている。
「これは後で皆で分けて頂く、ありがとうな」
「喜んで貰えたら嬉しです」
えへへ、と笑った芽依を見たフェンネルは幸せそうに目を細めて笑い、その威力に数人がドサッと倒れ、持っていた書類や巻物等を床に散らばす。
中には取り扱い注意の物もあり、今回たまたま運の悪い事に持ち込まれた呪いの確認、解除要請をされていた小さな箱も床に落とした。
アリステアは目を見開き、その箱を拾いあげようとしたが間に合わず、箱から溢れ返る程の黄色い真ん丸なもふもふ。
「………………は?」
ぽかんと倒れた人を見ていたら一瞬で大惨事になり芽依は慌てたフェンネルに抱えられた。
意識の無い倒れた数人は黄色いもふもふに覆われてもう姿は見えない。
「何事!?」
「……………………持ち込まれた呪いが発動したようだ。この呪いの確認と解除要請だったのだがな」
「………………えぇ」
小さな箱にはこれでもかと黄色いもふもふが詰め込まれていたのだろうか、まだモリモリ出てくる。
あっという間にフェンネルのふくらはぎまで溢れている黄色いもふもふに芽依は困惑した。
「これ…………埋まっちゃうんじゃ……」
「放置したら天井まで埋まるねぇ……それまで扉も窓も開かないし転移も無理かな」
「なんと…………」
呆然とじわじわ高さを上げている黄色いもふもふを見る芽依。
「呪いの入っていた箱を探し出してくれ」
「はっ!」
アリステアの指示で4人いる騎士は直ぐに箱を探すために床付近にしゃがみこみ黄色いもふもふに塗れながら箱を探した。
その他の人たちは文官の役目の人達なのだろう、困惑しながら目配せしつつゆっくりと探し出した。
「私も手伝った方が……」
「ううん、もしメイちゃんが怪我して出血でもしたら大変だから駄目」
過保護に聞こえるかもしれないが、もし芽依が出血してこの場にいる人外者が芽依に押し寄せたら、きっとフェンネルは怒り笑顔で全滅させようとするだろう。
周りを見てから仕方ないと息を吐き出し、大人しくフェンネルに抱えられる芽依は必死に探す職員のうち数人がチラチラと気もそぞろにフェンネルを見ているのに気付いていた。
(やっぱり、気になるよね)
どんな人外者よりも美しく優しいと言われていたフェンネルが小さく笑み主人を大事に抱き上げている姿は実に芸術なのだろう。
残念ながら、主人の芽依は一般的な顔をしているが。
「…………ちょっと飛ぶね、捕まっていて」
「わかった」
ゆっくり数を増やす黄色いもふもふが抱き上げられている芽依の足に触れそうになり、フェンネルはすかさず払った後、芽依を抱えたまま羽を広げた。
薄いピンク色が滲んでいる白い羽がふわりと広がり、浮かび上がると芽依は羽に釘付けになった。
手を伸ばして指先で触れると、ツルリとした感触に目を見開いた。
「…………ツルスベしてる……シャルドネさんの足に似てる」
「待って待って!メイちゃん?なんでシャルドネの足の感触知ってるの!?」
「え…………………………ねぇ?」
「メイちゃん!なにその顔!」
少し顔を赤らめて笑う芽依にフェンネルが絶望した表情をするが、次の言葉を聞いて表情がスン……と消えた。
「シャルドネさん美味しいから……ちょっと止まれないよね」
「………………………………酔ってたの?」
「ふふふ」
「人外者は糧じゃないからね!?ねぇ、聞いてるの!?ちゃんとこっち見て!僕を見る!」
「………………お前達、仲が良いのはわかったからそろそろ降りて来ないか」
「あれ、綺麗になってる」
「箱を見つけたからな……」
アリステアだけでなく、全員がボロっとしていてお疲れの雰囲気だ。
芽依は、あー……と呟くと、目を座らせたままのフェンネルがゆっくりと床に下ろしてくれたが、手を離す前に強く握ってきた。
「後で話聞くからね」
「…………はいはーい」
はぁ、吐息を吐き出しプリプリとしているフェンネルを見てからやる気無さそうに返事を返した。
解除すると残された箱には微かな魔術の残留があった。
今からそれを調べたり、部屋の中を片付けたりとしなくてはならない事が膨大にあるのだが、既に疲れきったアリステア達に芽依はそっとフェンネル特製野菜ジュースを提供。
震える手でコップを取ったアリステアは礼を言って1口飲むとコップを離してマジマジと見た。
「…………なんだこれは」
「フェンネルさん特性野菜ジュース?」
「体力が回復したぞ」
「ああ、氷花を砕いて肥料にしたから新しく効果が出たのかなぁ」
「氷花を砕いて肥料に!?」
アリステアは呆然とフェンネルを見ると、微笑んだまま頷いた。
「うん、メイちゃんが美味しいって言ったから肥料に混ぜてもっと美味しくしようと思って」
「トゥンク…………」
「メイ……随分高価すぎる肥料を作ったものだな」
「私、何も言ってませんよ。気付いたらフェンネルさんの畑がキラキラしてました」
「氷花だな……」
凄いものを作ったものだ……と野菜ジュースを見た後、全員に配ったアリステアは体力を回復してヨレヨレの状態異常から絶好調になった様子にホッと息を吐き出した。
「そうだ、メイ。呼んでしまった後で申し訳ないのだがこれから時間が掛かりそうだから手早く話をしてしまっていいか?」
「あ、はい勿論です」
「話はミカについてだ。お前をリンデリントに飛ばした事で重大な情報などを持ち帰ってくれた事はとても嬉しい事だが、その過程は褒められたものでは無い。移民の民への危険行為は禁止事項に値する。それは同じ移民の民であっても許されることでは無い。セルジオに対しての感情があったからなど問題外だ」
ふぅ…………と息を吐き出したアリステア。
様々な問題が重なりすぐに話すべきだったミカへの対処が後回しになった事に謝罪されたが、時間が経った事でミカの気持ちも落ち着きを取り戻したようだ。
当初の荒ぶりが完全に無くなった訳では無いのだが、自分がどんなに危険なことをしたのかシャルドネに詰め寄られ懇々と説教を受けたようだ。
居なくなった瞬間、その場にいたシャルドネも思うところがあったのだろう。
周りの人や人外者達が引くほど説教をしてミカの魂はきっと数分機能を停止させていただろう。
アウローラもこれには庇いきれず斜め後ろで黙って話を聞いていたらしい。
「わかりましたか」
「……………………はい」
「おや、なんですかそのひねくれた子供のような返事は。理解していないのですか?脳みそは詰まっていないのでしょうか。では一体この頭の中には何が入っているのでしょうね?紙屑ですか?」
強めに額を人差し指で小突くと、ふらりと後ろに下がりながら赤くなった額を守るように両手を置いた。
「あっ!ご、ごめんなさい!わかりました!もうしません!!」
「もうしません?それは当たり前の事です。また同じ愚行をされようとしていたのですか?わかりました?今わかったと言うのですか。私達があの方を探し危険な状態だとあの時なんども言ったのに今?アウローラ、貴方はこの子供を甘やかしすぎてはありませんか」
「………………すみません」
周りの人達もシャルドネの強い言葉に目を逸らして足早に逃げ出す中、セルジオがたまたま通りかかった。
「……あ、セルジオさん……」
ウル……と潤ませた眼差しを送るが鼻で笑われ離れて行ってしまった。
色々とやってしまった事は分かっているのだが、セルジオへの恋心はまだ完全に消えていないのでミカはショックを受けた。
「………………はあ、あなたへの処罰はアリステアからの直々の処罰です。よろしいですね?」
「……………………はい」
俯きがちに返事をしたミカは静かに泣きながら何度も頷いた。
まだ若い子供である事と、芽依自身がそこまでミカに対して興味も無く怒ってもいない事でアリステアはだいぶ優しい処罰を与えた。
それは2年間作物の少ない地であるマール公国へと移住し、その実情を調べること。
ミカはアウローラの作る庭に手を掛けることも無い為、庭はこのままアウローラが世話を継続。
転移で庭に来るのはアウローラだけでミカがドラムストに来る事は禁じられた。
マール公国から庭の改善依頼を頼まれたアリステアは、とにかく現在のマール公国を確認。
出来るかどうかはそれからとパーシヴァルに話し、これにミカが選ばれたのだ。
勿論、断る事など出来ないミカは泣きながら頷き、この数日後ドラムストを出発する事となる。
実情を定期的に魔術通信にて連絡し庭運営改善の手助けが出来るかは今後のミカの働きにかかっている。