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第152話 フェンネルの追求と懇願


 今芽依は目の座ったフェンネルによって壁際に追い込まれていた。

 床に座って休憩中の芽依の前に不機嫌を隠さない奴隷となったフェンネル。

 むむむ……と眉を寄せて果実水を飲む芽依を見下ろした。

 腕を組み、足を肩幅まで開いて立つ姿はあまり見慣れず違和感がある。


「………………どうしたのフェンネルさん」


「どうしたのじゃないよ、メイちゃん。ちゃんと説明して」


「なにを?」


「なんでシャルドネの足の感触を知ってるの」


「感触…………ちょっと卑猥、フェンネルさん」


「茶化さないの!」


 口元に手を当てて笑う芽依に眉を釣りあげ、座っている芽依の前にぺたんと座り込んだ。

 膝と膝が当たる、そんな至近距離に芽依は果実水を膝の上に置くとフェンネルはすぐさま取り上げテーブルに置いた。


「あ…………」


「メイちゃん、ちゃんとお話」


「……………………もう」


 逃がさないとでも言うように芽依の両手首を掴むフェンネルに諦めたようにため息を吐いた。


「お酒のんだの?」


「うん」


「それで齧ったの?なんで足の感触知ってるの」


「齧る……うーん、甘噛み?足は……ねぇ、シャルドネさんの服装が悪いと思う。あんなヒラヒラして足が見える服着てたらちょっと触って撫で回し……」


「メイちゃん!?」


 甘噛み!?撫で回し…………!?と困惑や怒りを表すフェンネルのいつもと違う様子に眉を下げて美しい顔を見上げる。

 どんな顔をしていても、その顔は変わらず美しままなのがなんとも腹立たしい。


「…………シャルドネが好きなの?」


「シャルドネさん?そりゃ好きだよ」


「僕よりも!?」


「…………え?あれ?なに、嫉妬してる……の?」


「しちゃ駄目!?君は僕の大好きなご主人様なんだから当たり前でしょ!」


 ずい……と手首を掴んだまま体を近づけるから、芽依は後ろにズリズリと下がろうとするが、既に壁際である。

 いつの間にかフェンネルの片手で両手首を掴まれ、頭の上の壁に腕をついて上から至近距離で見下ろされている。

 ビクリと体を揺らすと、フェンネルはハッ!としたように目を丸くした。


「…………あ、ごめん」


「フェン」


 離れようとしたフェンネルの腰に崩していた足を絡ませて離れないように固定すると、ポカンと口を開けるフェンネルが芽依を見る。


「なぁにを考えてるかわからないけど、シャルドネさんに嫉妬なんてしなくていいんだよ」


「でも、君はシャルドネが好きなんでしょ?」


「そりゃ好きだよ。アリステア様もセルジオさんもブランシェットさんも。勿論ここに居るメディさんもハス君も。みーんな大好き。フェンネルさんもね。大好きだよ、だから体張って貴方を助けたんだから。嫉妬したり心配したり落ち込んだり拗ねたりするフェンネルさんが好きだよ」


「…………ほんっとずるい」


 両手で顔を覆ったフェンネルの膝に乗り上げて頭をいい子いい子する芽依にギュッと抱きつき肩に顔を埋める。

 芽依はフェンネルの花の香りをいっぱい吸い込み、いい香り……とうっとりした時、首筋に生暖かい感触を感じた。


「……………………ん?」


「不安にさせないで」


「不安にさせてないから舐めないで」


「美味しい…………」


「齧るぞ」


 こっそり芽依を食べていたフェンネルの頭をパシンと叩くと、顔を上げてまた不満そうにしている。


「…………どうしてシャルドネには甘噛みで僕は本気の噛み方?」


「え?フェンネルさんは食べたい、ガッツリ」


「僕は食料じゃないの!」


「ふふ…………どうですかね、不安は解消されましたか?」


 わざとらしく聞いてきた芽依に、フェンネルは眉を下げて見てくる。


「………………僕の事大事?」


「当たり前だよ。言ったでしょ?手を出すなら国だろうが相手になるって。貴方は私のものなんだから、いくらでも大事にするし甘やかすよ。だから不安になることない。誰かを好きになっても手放す気はないからね」


「…………もーやだ。君はなんでそんなに僕が思ってる事当てるのかな!」


「今のフェンネルさんの方が前より分かりやすいかな、好きな人出来てその人ばっかり気にしたらどうしよう、捨てられたらどうしよう……って」


「あーあーあー!もう!!」


「んふふ、フェンネルさん顔真っ赤」


「やめて!!」


 奴隷となったフェンネルの今の居心地はとても良い。

 自分が犯罪奴隷だと忘れてしまうくらい幸せな日常を送っていて、それはハストゥーレを見ていても幸せを感じているとわかる。

 奴隷の立場から見て、自分を大切に抱き込んでくれる主人は変えられない唯一である。

 そんな芽依に好きな人や伴侶が出来た時、フェンネルはそれを近くで見続けるなんて、そんなのは拷問以外の何物でもないと感じてしまった。

 しかし、それ以上に捨てられるのはもっと恐ろしい。


 距離的にはとても近付いたのに、身分の差に距離があく。

 それは仕方ないと思っても、それでも愛が欲しかった。

 自分に向ける芽依の愛がフェンネルの胸いっぱいに広がるくらい、押しつぶされてもいいくらいに沢山の愛を。


「……ねぇ」


「うん?」


「いくらでも齧っていいから、僕をどう扱ってもいいから。だから、大好きでいて。愛して欲しい」


 自分が重いのは百も承知している。

 拒否されても可笑しくない事を言っているのも自覚している。

 奴隷が主人に言う言葉では無いし、折檻されても可笑しくない。

 でも、それでもフェンネルは求める以外に出来なかった。

 だって、生まれて初めてこんなに好きで好きでどうしようもない人に出会えたのだから。

 たった1人で生きてきたフェンネルの唯一。


「…………うん、大事に愛していくよ。だから、そんな不安そうにしないでよ。大丈夫だから、今までみたいに私を名前で呼んでよ。嫌じゃないから」


「………………気付いてたの?」


「わかるよ。フェンネルさんが私のものになってからちゃんと私を名前で呼ぶようになった。人外者が移民の民を名前で呼ぶのは伴侶やパートナーだけ。それ以外は駄目だって何度も言われたからね。それでも呼ぶのは相手に好意を持っていますって意思表示だよね。様々な感情があって、その中の好意を示してくれたんでしょ?私はね、その変化が嬉しい。移民の民を嫌うフェンネルさんが私を好きだって、愛して欲しいって素直に言ってくれるまで近付く事が出来たのがとても嬉しいよ」


 泣きそうに笑うフェンネルは困ったように眉を下げた。


「…………もう、肝心なところで僕の事わかってくれないんだから。でも、そんなメイちゃんも愛してるよ」


「なんかまちが………………」


 首を傾げながらフェンネルを見上げていると、触れるだけの口付けを落としてきた。

 芽依はポカンとフェンネルの膝に座ったまま見上げていたのだが、すぐに眉を寄せ口をつぐむ。


「フェンネルさん、ギルティ」


「うわぁぁぁ!何これ何これ!?」


「桂剥き」


「なんで!?」


 キラキラ輝く大根様が現れた。

 クルクル回りながら自動桂剥きを高速でして、そのままフェンネルをぐるぐる巻きにする。

 皮どころか、食べる場所が無くなるまで回り続けた大根様は心做しか今までより二割増に輝いている。


「お仕置」


「ご…………ごめ…………」


 倒れ込み情けない顔で謝るフェンネルの横にしゃがみ、頬に優しく唇を押し当てて頬杖をついて見下ろす芽依に、フェンネルはポン!と頬を染める。


「………………うわ、可愛い」


「メイ………………ちゃ…………」


「私、挨拶のキスの習慣はないんだからね。好意は嬉しいけどスキンシップは控えめに!…………ただし、私が噛んだりちょっと撫でたりするのは仕方ない事だと諦めてください」


「……………………熱烈すぎて死んじゃう」


「口のちゅーより難易度低いはずだよね……この世界わからん」



 好きな相手から頬のキスを貰ったフェンネルはその日の夜なかなか寝付けず、芽依にキスされ真っ赤になっている夢まで見て1人で悶えていたらしい。


 また、たまたま頬にキスを見てしまったハストゥーレは初めて涙を流し芽依を盛大に慌てさせた。

 僕このまま!?との心の声を押し殺し、桂剥きによって転がされたフェンネルはメディトークが来るまで暫く放置される事になる。


『居ねぇと思ったらここに居た……の……か……なにしてんだ……とうとう特殊なプレイでも始めたのか、メイ……』


「私!?違うよ……ぎゃ!そんな蔑んだ目で見るのはやめてぇ!!」



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