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第153話 闇市


 ある休日、芽依は久しぶりにメディトークと2人で買い物に来ていた。

 場所は月1で開催される闇市、場所はドラムストからかなり離れている場所で転移での移動が必須である。


 ワサワサと沢山の足を動かすメディトークの肩に乗り運ばれる芽依は物珍しそうに周りを見ていた。

 黒一色のレースをふんだんに使ったシンプルでいてタイトなスカートタイプのワンピースに、藍色のヒール。

 黒のベールを付けた芽依は見た目葬式にでも出るような出で立ちではあるが、セルジオが選んだ絹の手触りのワンピースは見る人が見ればわかる高価なものだ。


「…………あれはなに?」


『月石から出る雫。腹痛の薬の材料だな』


「……ふぅん、薬の材料か」


 薬はこの世界でも大事なもので、魔術によって回復しないものもあれば、回復しても後遺症等が起きる場合もある。

 風邪が魔術ですぐに治っても薬では時間がかかり苦しむ結果になったり。

 しかし、薬で直した方がいいものも沢山あるので薬を廃止するわけにもいかないのだ。


「これを50束頼む」


「はいはい…………うーん、45しか準備出来ませんねぇ、15日後には入荷しますがどうします?配達しますか?」


「じゃあ、それで頼む」


「はいはい、マール公国ですね」


 マール公国、それはこの間帰った下半身に忠実な殿下がいる国ではないだろうか、と芽依は振り向きその人を見た。

 青みがかった黒髪を銀色の豪華な飾りがついた髪留めでとめているその男性は軽く中腰になり顎に手を当てて商品をジッと見ている。

 サラサラのストレートの髪が風に揺れているのを見てから顔を背けた。

 美しい紫の羽の男性だった。


「この魔術書の初版はないの?」


「それは無いねぇ」


「初版じゃないと意味は無いのだけど……せっかくだし買っておこうかしら」


 向こうでは女性……羽がないから人間だろう、女性が沢山の魔術書を抱えていて、その半数以上が初版みたいだ。


 この闇市では、世界各地から商人が集まり店を開く。

 ドラムストから遠く離れているが、場所は隔離された空間の1つで闇市に入るための扉が世界各地に存在している。

 それを探し出せた者だけが客として闇市に入れるのだ。

 生憎ドラムスト付近から闇市に入る扉を見つけられず、少し離れた国のすぐ側にある山に転移したメディトークに連れられて来た芽依は、扉と聞かされた不思議な物体を眺めた。


「……………………これ?本当に?」


『ああ、扉は闇市への案内人だ。様々な形をしているんだが、今回はカエルか』


「………………発光してるんだけど」


『扉だからな』


「………………………………う、うん」


 山の中枢にいる2人の前には発光するピンクのカエル。

 不思議と笑っているように見えるそのカエルを指さして確認したが、メディトークは当然のように答え、困惑しながら頷いた。

 扉だから発光してる?は?と、思いはしたが、気になってもそれが変わることは無いのだ。

 では行こうじゃないか……と目力を強めてカエルを見ると、まるで心得たとでも言うように頷いてからガパリと口を縦に大きく開いた。


「………………は、体積に合ってない口の大きさなんだけど」


『扉だからな』


「……………………ピンクの扉が口の中にある」


『口で良かったじゃねぇか。3回前だったか、ケツの穴だったらしいぞ』


「イヤだわ!そんな扉!」



 こうして闇市に来た2人の前にはまるでお祭りのような賑わいがあった。

 場所が決められているのか店舗を構える店や、露店の人もいる。

 共通して言えるのは、ひと目見て何の店かわかる店構えでないといけないらしい。

 芽依にはわからないのだが。


 闇市の商品は、通常買える商品に似たものも闇市のために仕入れられている為、まったくの別なものである事が殆どのようだ。


 月に一度開かれる闇市にはあまり見ない希少価値の高いものも多く出展されていて、それを求めて人間も人外者も買いに来る者は多い。

 うっかりぶつかった相手が高位の人外者で、たまたま買い付けが上手くいかずイライラしていた為、あっさりと殺されたりペットの餌にされたり、はたまた剥製にされる事も珍しくない事だった。


「本当に誰でも来れるんだね」


『ああ、来れるんだがなぁ、安全に出るかはその時の運だったり本人の力量だったりで、まあ、弱ぇ奴は死んでも仕方ねぇ場所だな』


「物騒な場所だねぇ」


『そんな場所に来たがったのはお前だろうが』


「そうなんだけどねぇ」





 それは本当にたまたまだった。

 アリステアに定期的に運んでいる庭の食料を渡した帰り道、芽依はラスティーに会う。

 今回はハストゥーレもシャルドネも居ないが、フェンネルが一緒である。


「…………ああ、あの時の白の奴隷の主人か。白は元気?」


「お久しぶりです。ハス君元気ですよ」


 ラスティー、アリステアの領主館で働く無類の犬好きの奴隷紋を入れる職人である。

 ハストゥーレの奴隷紋の書き換えをしたのもこのラスティーだ。

 今日もまた犬の分厚い本を両手にしっかりと抱き抱えている。


「ああ、犯罪奴隷も貰ったんだっけ?花雪……犬並みに綺麗だねぇ」


「犬?」


「うちのフェンネルさんを犬呼ばわりしないでください!」


「………………あれ?最大限の褒め言葉なのに」


「褒め言葉……?うっそだろぉぉ」


 犬?と自分を指さし首を傾げるフェンネルを直視した人外者が3人廊下に倒れた。

 ラスティーはそれを見て、おぉ…………と呟いていたが、芽依は犬呼ばわりされた事にちょっとお怒り気味である。


「犬きらいだった?」


「好きですけど!フェンネルさんは立派な人型です!」


「それはわかってるよ」


「……………………人型」


 複雑な気持ちで芽依を見るフェンネルだったが、真横に居たはずの芽依が斜め前で体を半分フェンネルの前に出しているのを見て、芽依なりにフェンネルを護る体制らしい。

 そんな主人にフェンネルは蕩けるような笑みを見せると、更に被害者は増えて大理石の綺麗な床が血で染まっている。



「……………………鼻血あんなに出して、貧血になっちゃうよね」


「貧血どころじゃないと思いますけど!え、なに?こんなぽわんぽわんした人だっけ?」


「………………え?ああ、今仕事中じゃないから」


 気を張ってないから、と頷くラスティーに芽依はなんとも言えない顔をしてラスティーを見ていた。


「さて、ゆっくり話したいけど今日は闇市だからごめん。今度ゆっくり話そうね」


「あ、はい……………………闇市?」


「ああ、そういえば今日闇市かも」


 足早に離れていったラスティーを見送ると、フェンネルはポツリと呟いた。


「闇市って?」


「闇商人の販売市場って言う場所で、通称闇市。闇商人とは言っても普通の買い物する場所だよ。希少価値の高いのもあるからお宝探しも楽しい、ただ、あまり質の良くない商人もいるか、気をつけないといけないけど」


 カテリーデン以外の場所は初めての芽依。

 全身でワクワクしていてフェンネルはおもわず笑った。


「行きたいんだ?」


「行きたい」


「じゃ、メディさんに相談した方が良いかも。僕今あの場所ではメイちゃん守ってあげられないだろうから」


「……………………わかった」


 こうして、闇市の存在を知った芽依はメディトークに行きたいと伝えると、思いの外あっさりと頷かれ、1ヶ月後の闇市に参加することになったのだった。





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