「……結構明るい色合いの店が多いね」
『季節によって色が変わんだよ。もうすぐ6月だろ?春もすぎて夏に近いてきたからな、さっぱりとした明るい色に変えた店構えが多い』
「そうなんだ」
『ベールあげんな、バレたら連れていかれんぞ』
「………………はぁい」
闇市は商品を持ち込む場所でもある。
客として闇市に来た筈が、会場に持ち込まれた商品として気付いたら売られそうになる、なんて事は良くあることだ。
それが移民の民であれば尚更である。
この闇市は、普段のルールに当てはまらない闇市独自のルールがある。
ここは商売の場所、全てが売り物なのだ。
だから、最上位の花雪とて今は奴隷の身だから芽依を守る所か、奴隷という弱者の立場を存分に発揮されて芽依からフェンネルを奪おうとする商人も現れるだろう。
ある意味、無法地帯の闇市だからこそ、価値のあるものは物だろうが奴隷だろうが商売の1つとして見られる。
それは移民の民も同じなのだ。
たとえ伴侶がいたとしても、あの手この手で移民の民を捕まえて奴隷に落とし売り物にする商人も数多くいる。
だから、奴隷であるフェンネルと移民の民の芽依が揃って一緒にいたら格好の餌食なのだ。
「…………楽しい市場なのに残念だな、歩いて見ることも出来ない」
『それは我慢しろや、なんかまた対策でも考えてやるからよ』
「…………メディさん、すき」
『あんがとよ』
もう流されるようになった愛情表現に芽依は苦笑した。
適当な返事なのだがメディトークが否定や拒否をする事は絶対無く、必ず受け止めて礼を言うくらいの男気を見せてくれる。
「……………………本当に、いい人達に囲まれて幸せだなぁ………………うわぁ、ベール落ちる!落ちる!!首が変な方向に曲がってるよ!ちょっ…………いたたたた!!」
しみじみと呟くと頭を遠慮ない力で撫でられた。
首がもげるくらいの力加減で、芽依の顔が左右に振らされるが、どうやらメディトークは喜んでいるらしい。
「……………………もう少し優しいなでなでを所望します」
『次な』
「次に期待」
首を抑えながら言うと、喉の奥で笑ったメディトークはちらりと芽依を見た。
その目は楽しそうに少し細く笑んでいて、そういえば2人きりは久しぶりだなぁ……と感慨深くなったのだった。
様々な店を見て周り、遠くの国の野菜の苗などを購入した芽依はついでにと4人お揃いの銀色の飾り紐を買った。
フェンネルとハストゥーレへのお土産で、1つはメディトークの首に巻いて結べる様にと紐は長い。
銀色の宝石などが散らばったとても美しい飾り紐で、ホクホク笑う。
「お土産買えてよかった。あとお土産4つは買いたい」
『アリステアたちか?』
「うん…………ニア君にすぐ会えるなら5個買うんだけど」
『…………あいつか』
ふむ……と考えながら2人で歩いていると、何やら視線を感じた。
芽依は気付いていないが、メディトークはしっかりと気付いている。
すっ……と視線を向けると、奴隷商人が芽依を値踏みする様に見ていた。
移民の民とバレないように髪型に細工をして香りを極限まで抑え、普通のベールに見えるように特注で作った黒のベールで顔を隠したのだが、それでもわかる人はわかる。
とくにこういう場所ではヒソヒソと話をしていても、たまたま聞こえた話の内容に不審に思ったりするのだ。
あまりにものを知らず、聞く移民の民はどんなに格好を整えても不自然に見える。
今回初めて闇市に来た芽依もそうなのだろう。
少しづつ近付いてくる商人に目を細めると、その警戒に気付いたら芽依も商人を見る。
(…………なるほど、人攫いの商人ってこういう人の事か)
芽依が気付いた事にニンマリと笑った商人はズカズカと近付いてきた。
中級の幻獣と一緒にいる事も舐められているのだろう、基本的に幻獣は移民の民への関心が薄いから。
「やあお嬢さん、闇市にようこそ。どうかな、私の店に来ないかい?」
右手を出して芽依を誘うその胡散臭い笑みを浮かべる男性を芽依はジロジロと見た。
そしてうっそりと笑うと、メディトークが芽依を見る。
「…………一体、なんの目的で行くのですか?なんのお店ですか?何故私にだけ話しかけたのですか?」
うふふ、と笑って聞くと商人は目を細めた。
「おや、これは珍しい移民の民だ。話しかけたがまさか自分で受け答えをするだなんて」
「えぇ?私には考える頭も聞く耳も話す口も有りますから、そりゃ会話くらいしますよ。で?なんの店ですか?私が満足する店ですか?」
「………………奴隷商です。どうですか?いりませんか?あなたの満足する奴隷が沢山いますよ。それとも…………貴方を対価に何かを……」
そう言いかけた時、芽依は素早い動作で箱庭から大根を出した。
キラキラ輝く大根である。
「私、白の奴隷ととっておきの特等の奴隷を持っているからいらないですよ。それに、私を対価にだなんてそんな馬鹿にした事を言うならぶっ飛ばしますからね?」
くるりと大根を回して言うと、奴隷商人は白……?と呟いた。
「…………白の奴隷と特等……それに箱庭……」
呟く奴隷商人にメディトークはガバリと芽依を抱き込んだ。
『………………成程、既に情報は回ってやがるな。箱庭は強烈だが、やっぱりフェンネルが決め手か』
「………………なるほど、貴方はお宝のようだ。私はツイているな」
ニヤリと笑ったその奴隷商人だが、急に現れた胸から伸びる刃にコプリと口から血を流す。
芽依はメディトークにしがみつきその様子を見ていたが、鈍く光る刃は見間違いじゃないだろう。
「…………は」
「まったく、また人攫いか。闇市も物騒だな」
後ろから現れたのか背の高い男性だった。
丸襟の白いシャツに7分袖の黒の羽織を合わせた男性は、革靴を鳴らして剣を引き抜いた。
ぐしゃ……と倒れた奴隷商人はその場で土塊になり崩れ、目を見開く。
金髪を刈り上げたその男性はすぐに剣を消し去り芽依を見ると、あれ?と首を傾げる。
「……確か君はセルジオと一緒にいた」
「え?…………どこかでお会いしましたか?」
「俺はオルフェーヴル、戻り呪の時に会ったな」
「……………………ああ!」
あのフェンネルさんの思想が、助けを求める気持ちが呪いとなって具現化された手紙をナイフでバッサリとやった人外者だ。
「その節はお世話になりました」
「いや、セルジオから話は聞いたよ。大変だったな」
爽やかに笑って右手を上げるその男性は、今まであった中で1番男性的だ。
中性的な感じもなく、綺麗だがしっかりと男性と認識する人物。
「助けて下さりありがとうございました」
「いや、最近は更にああいった人攫いが増えてな。今日も仕事の一貫で闇市に来ているんだ。良かったよ、この場にいて。しかし姑息なヤツだな。本体は…………店か」
どうやらこの土塊は土属性の精霊が作り出した人形で、本体は店で商売を続けているのだとか。
店で本業の売りをしつつ、仕入れも同時にする仕事熱心ぶりだが芽依には良い迷惑である。
この人形の目を通してこの場を見ていたらしい。
「しかし、思ったよりも早く君のことが噂になっているな」
「噂……ですか」
『アリステアから聞いてるだろ、来たばかりのおお前がドラムストに留まるために国に報告されてんのは。それから庭の様子や白を手に入れた事、花雪の主人である事とか、ある程度は報告義務があんだよ。お前は国管轄の保護下にあるからな。勿論、全部じゃねぇ。アリステアが判断した内容のみ報告しているからそこは安心しとけ』
実際、庭の広さや箱庭所持、収穫物の品質や、芽依と周りの人外者との関わり、奴隷への対応はフワッとした報告をしている。
全ての領主が真面目に全てを報告する人は居ないのだ、それは国も承知している。
国が1番知りたいのは、どこに何人の移民の民が居て有事の際にどんな能力を国に貸してくれるのか、伴侶の力を何処まで借りれるかの確認だ。
なにより、ドラムストに何かあった場合、この場所に留まる移民の民は強い力になってくれる。
その場合、全てを提示してしまうと自衛にならないからだ。
『国の移民の民についての開示はある程度されている。他国への威嚇も含めてな。こんだけ自国には力があるぞってやつだ。その中でもお前は特殊すぎるからいずれはなんかしらの情報は探されるとは思ってたからよ』
「特殊……」
『特殊だろ。あの庭にしろ、奴隷にしろ。なんだよこの殺傷能力のクソ高ぇ大根』
「…………………………さぁ?」