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第30話 婚約

 ファルはルディのこの状態に慣れているのか、普通に対応をしている。流石に教会にいるときからの一緒にいると慣れるものなのだろう。


「ん?ヒューゲルボルカとかアストヴィエントとか、シュレインの目を盗んでアンジュに菓子をやっていたぞ」


 ヒューとアストはルディたちと同じ歳の貴族の少年たちで、『ここのお菓子は美味しいよ』と言ってよくおすそ分けをしてもらっていただけで、付き纏われてはいない。それも、私の意見が聞きたいという意味がわからないことの報酬として渡されていただけだった。


「ヒューゲルボルカとアストヴィエントか。まず二人の息の根を止めてこよう」


 そう言ってルディは私を膝の上から降ろし、立ち上がって側に置いてあった剣を手にした。

 そんなことで人殺しはいけない。それも10年以上前の事だし、私が通りすがりに呼び止められ、もらっただけだし。


「はぁ。るでぃ兄、剣を置いて座って。ヒュー様とアスト様は散歩している私にお菓子をくれていただけ。で、ファル様。婚約しろという真意はなに?」


 恐らく、私に婚約をしておくように言う理由があるはずだ。私はファルが楽をしたいという理由は半分は本心だろうけど、何か根本的な理由があると思う。ファルはルディに付き従う者だ。自分の事を理由に上げる事は普通はしない。


 ルディは大人しく私の横に腰をおろし、ファルはニヤニヤと笑いが止まらないようだ。 


「やっぱり、アンジュだよな。普通なら身分がある者と結婚できるとなれば喜ぶところだろう?それに俺が言った理由も理由に当たらないと判断するなんて、俺に婚約者が居なければ、シュレインの代わりに俺にしないかと言いたいところだ」


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「婚約者?ファル様に婚約者が!!」


「いや、そこを気にするより、別に気にするところがあっただろう!シュレイン!殺気を向けるな!俺には婚約者がいるって言っているだろう」


「姉の方に逃げられて、妹を押し付けられただけだろう」


 うわぁ。なんか小説のネタになりそうな話が目の前に転がっていた。


「俺の事はいいから、アンジュのことだ。銀髪というだけでも珍しいのに、聖痕持ちだ。こぞって狂信者共がアンジュを手に入れようとしてくるはずだ。今まではリュミエール神父の元にいたから、表立っては手を出してこなかったが、恐らく聖女をつくりだそうとしている者たちから狙われることになるぞ」


 なにその狂信者って!初めて聞く言葉なんだけど!というか神父様ってそんな狂信者を抑え込むほどすごい人だったんだ。


 それで、ルディと婚約していると、少なからず狂信者を排除できると。はぁ、始めっから私に選択肢なんてなかったのだ。

 聖騎士になることを強制され、逃げることが叶わなかったがために、狂信者と言われる者達からのがれる為にルディと結婚しなければならないと。


「はぁ。わかった。取り敢えず、るでぃ兄と婚約をすることにする。それで、あの人買いの貴族から逃れられるのよね?」


「アンジュー!」

「はぁ、これで俺の首が繋がった」


 あ゛?ファル、今なんて言った?もしかして早まった?!


「アンジュ!これにサインをして欲しい。ここに!ここ!」


 ルディは何処から出したのかわからないが、金縁の用紙を私の目の前に置いて、下の方の空白を指して、右手にペンを持たせてきた。


 誓約の紙だ。何も考えずにサインをするなんて馬鹿なことは私はしない。上から順に目を通していく。


 いつから用意をしていたのかわからないが、堅苦しい言葉で、下記の者達の婚約を認めると書かれており、御璽のような印とサインがしてあった。

 ん?ここにサインということは偉い人のサインだよね。


【スラヴァール・ファシーノ・レイグラーシア】


 ん?


 その下にもサインがある。


【シュレイン・ルディウス・レイグラーシア】


 その下はルディが指している空白の部分だ。

 私はペンを置いて、ニコリとルディに微笑む。そして、全力で雨が降っている外に向かって駆け出す……が窓枠に足がかかったところで、捕獲された。


「アンジュ?どこに行くんだ?外は雨が降っているから濡れると風邪を引いてしまう」


 私は捕獲されながらも、開けた窓枠から手を離さずに抵抗を試みる。


「王族って聞いてない!貴族って言うだけでも抵抗感があるのに!王族って」


 絶対にあかんやつやん!(エセ関西弁風)

 王族が誰か知らなくてもこの国の名前ぐらい知っている。


 レイグラーシア国。これが私のいる国の名前だ。実は文字で読んだ名はきちんと理解はできる。


 その国の名を持つことが許される者なんて王族しかいないっということは知っている。


「アンジュ。俺が王族なのがいやなのか?」

「アンジュ。シュレインが王族じゃなかったらプルエルト公爵に対抗できないぞ」


 豚公爵!!


「ぐふっ」


 必死に抵抗していた腕の力が抜ける。あの豚は駄目だ。ロリコンは駄目だ。ロリコンじゃなかったけど。


「アンジュ。王族が駄目なら、この首を切り落とせばいいか?」


 ルディ。剣を抜いて自分の首元に当てないでほしい。王族を死に追い詰めたと言われた日には私の首と胴が離れていることになるじゃないか! 


 私はルディの手を持って剣を首から遠ざけ、剣を奪い取り鞘に収める。そして、うつむきながら元の位置に戻りペンをとる。


「大人しくサインする」


 そう言って空欄にアンジュと名を書いた。上の2つは身分のある者特有の長い名前に対して、私はただアンジュと書いた。平民に家名というモノは存在しなかった。



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