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第33話 不穏な出撃命令

 4人に視線を向けたあと、ファルに視線を向ける。これは部隊として成り立つのかと。いや、恐らく部隊としては成り立たない。個人の力が強すぎるため、集としてよりも個を重視する部隊なのだろう。


「それで、新しい新人さんは何をしでかしたのですか?」


 金髪のミレーが言葉を発した。やはり問題児集団か。

 ミレーの質問に皆が興味津々なのかファルに視線集中した。普通は隊長であるルディが質問に答えるべきなのだろうが、誰もがファルが答えると思われている。

 ルディはというと胡散臭い笑顔を絶やしていない。


「新人のアンジュだ。彼女も家名は持っていないが、シュレインの婚約者だ」


「え?」

「はい?」

「嘘?」

「ふぇ?」


 4人の8つの目が私に集中し、ルディと繋がれた手に視線が移動した。そして、胡散臭い笑顔のルディと私の顔を交互にみている。


「副長、この前までそんな事、言ってなかったすよね」

「隊長に脅されましたの?」

「隊長は見た目は優しそうだけど、ヤバイよ。止めたほうがいい」

「可哀想です」


 3人が私に同情の言葉を投げかける。誰もがルディの本性をわかっているようだ。


「酷い言われようですね。きちんと説明をしてアンジュは納得してくれましたよ」


 いや、ルディ。納得ではなく、私にはそれしか選択肢がなかったのだ。ルディの言葉に更に同情する視線が向けられる。

 本当にこの部隊ってどうなんているのだろう。上官に普通は否定する言葉なんて掛けられないはずなのに。


「アンジュです。るでぃとファル様とはキルクスの教会からの知り合いですので、問題の把握はしています」


 私が取り敢えず同情してもらうことはないと言うと納得はしてもらえた。

 解散とファルから声をかけられると、また個人個人が自分の時間に戻っていった。私はファルの斜め横の一人がけのソファに腰をおろす……ルディに抱えられルディの膝の上に座ることになってしまった。

 はぁ。


「ファル様。この問題児集団はなんですか?」


「ぶっ!問題児!いや、当たってはいるが、問題児って……·まぁ、あれだ。どこの部隊にいても肌に合わない者たちを集めた部隊だ」


 それで、こんな森の中に押し込められたというわけか。何かあっても被害を最小限にするためか。


 しかし、この部屋に来てから目にしていたものがとても気になる。昨日まで無かったものだ。口に出しても人には理解できないので、聞こうにも聞けない。だが、すぐにその理由はわかった。


「シュレイン。さっき命令が来て、セスト湖の大穴から大物が出てきたから討伐に行けと。この前はシュレインが出撃したから、次は俺とシャールとティオで行こう」


 これか!!すぐさま私は右手を上げる。


「見習いとして付いて行きたいです!」


「駄目だ」

「アンジュ。左手を治してから言ってくれ」


 やはり駄目か。


「じゃ、従騎士エスクァイアとして行きたいです!」


「駄目だ」

「いや、あまり変わっていないし」


 ルディは駄目の一点張りか。


 しかし、ここで引いては駄目だ。私の目には、正確には天使の聖痕が入った右目に見えてしまっているのだ。ファルとティオとシャールに絡まった地面から生える黒い鎖が。


 ティオとシャールはまだいい。ティオは左足にぐるぐる巻にされ、シャールは右手だ。だが、ファルはほとんど全身だ。私には声でしかファルを判別するしかない状態だったのだ。まぁ、金髪は垣間見えていたが、黒い鎖にぐるぐる巻になった物体がもそもそ動くさまは異様でしかない。


 【黒の鎖】。私は死の鎖と呼んでいる。これは私にしか見えない死。初めてこれを見たのは10歳の頃、ポーターとして荷物持ちの小遣い稼ぎをしていたときのことだ。冒険者の一人に黒い鎖が全身に絡まっていた。その冒険者は横から飛び出てきた魔物に喰われて生命を絶たれた。

 最近では同室の子が聖水の審判を受けに行くと部屋に戻ってきたときだ。その子も全身に黒い鎖を巻き付けて戻ってきた。きっとあの子は森で生命を落としたのだろう。


 だから、ファル達だけで行かすのは駄目だ。私が行けば最悪、助けられる。

 ルディにはファルがいなければならない。


「ファル様。新人の教育はしなけばならいと思いませんか?丁度いいのではないのですか?新人教育に」


「だからな。そんな偉そうな新人はいないからな」


「ゴブリンキングのいるコロニーを壊滅するぐらい単独でできますよ」


「だから、そんな新人いないからな」

「アンジュはすごいですね」


 部屋の奥の方で、『やっぱり只者じゃなかったわ』とか『新人教育って何っすか?部隊に配属されているから、しなくてもいいんじゃないっすかね』とか『僕もそれぐらいできるし』とか『た、隊長の膝の上って、す……すごい』とか聞こえてくるが無視だ。


「アンジュ。本音はなんだ?これは遊びじゃないんだぞ。けが人を連れて行く余裕なんて無い。ただでさえ、セスト湖の穴は要注意なんだ」


 やはり、問題があったのか。それをこんな少数部隊に命令する上層部はなんなのだろう。信頼をしているのか、それとも……。


「はぁ」


 私はため息を吐き、ファルの言葉にどう答えるか迷っていた。ファルを見る。先程と何も変わらない。ぐるぐる巻の黒い鎖の所為でファルかどうかはわからないのも同じ。


「うーん。真実と建前どちらがいい?」


「いや、本音に真実も建前もないだろう。本音は本音だ」


 本音かー。顔が見えないファルを見る。

 そして、ファルの顔に指をさす。


「ファル様、死にたい?」


 部屋が静まり返った。



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