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第34話 死の鎖

「死ぬ?俺が?いつからアンジュは預言者になったんだ?」


 静まる部屋にファルの声がよく響いた。


「アンジュ。説明してくれませんか?アンジュが言った言葉はどういう意味ですか?」


 後ろからルディの動揺したような声が聞こえる。


「私は預言者じゃない。ただ、死が見える。ファル様は生命を落とすほど、ティオさんは左足を、シャールくんは右手を失う」


「えー!足っすか!!冗談きつっ!」

「なにその冗談!言っていいことと悪いことがあるよね!」


「ティオ。シャール。アンジュはそんな冗談は言わない。で、具体的にはどう見えるんだ?」


 ファルは私の言葉を信じるんだ。こんな突拍子もない言葉を。


「死の鎖が巻き付いている。ファル様は全身に。悪いけど私にはファル様の姿が見えないほど。以前同じように見えた人は、魔物に横から突進され喰われた」


「魔物に喰われるかぁ。それは嫌だなぁ。で、アンジュは付いてきてどうするんだ?」


 そんな事決まっている。


「戦うけど?」


「腕が折れているのに?」


「じゃ、治せばいい?」


「ははは、治せるものならな。折れた腕が治れば俺は連れて行ってもいいぞ」


 ははーん。治らないと思っているな。私は目を瞑り、折れた左腕の骨をくっつける。どんな病でも失った四肢をも治す天使の聖痕だ。こんな折れた腕など、直ぐに治せる。


 吊るしていた布を取り、左腕を固定してた添え木を取り外す。


「治った」


「「は?」」


 ルディとファルから意味がわからないという声が漏れ出ていた。ルディは私の左腕をとって、触って確認している。


「本当に治っている」


「はぁ、昔からアンジュはおかしな事をしだすよな。シュレイン、どうする?」


「俺は許可できない」


 まぁ、ルディにそう言われるのはわかっている。だから、私は後ろを振り向きへらりと笑う。


「アンジュ。セスト湖に行きたいな?」


「……わかった。俺も行こう」


 よし!


「ええ!あの隊長が!」

「あの隊長も婚約者には甘いってことかしら?」

「ある意味怖い」

「膝だっこ」


 そして、なぜだか第13部隊全員でセスト湖に向かうことになった。



____________


 その夜


 シュレインとファルークスはシュレインの部屋で酒を嗜んでいた。明日の早朝には出発をするというのにだ。


「なぁ、シュレイン。どう思う?」


 会話もなくただ酒を飲んでいたが、ファルークスがシュレインに尋ねる。しかし、主語もなく何に対しての意見を求めているのか全くわからない。

 だが、シュレインはファルークスの言いたい事がわかったようで、グラスを置き、視線を横に向ける。そこにはただの壁しかない。


「伝説の通りだと言うことだろう」


「伝説のとおり?見た目と性格が大分違うと思うが?」


「性格は関係ないだろう?ただ、見た目は古文書にあったとおりだ」


「いや、『頭上に掲げるは天の日』がない。あるのはアホ毛だけだ」


 ファルークスの言葉にシュレインはふっと笑う。胡散臭い笑顔ではなく。信頼している者にしか見せない、普通の笑みだ。


「あのぴょこんと立った髪、かわいいよな。それにあのアンジュだ。聖痕を隠すぐらいするだろう?」


「あのアホ毛をかわいいというのはシュレインだけだ。しかし、聖痕を隠すという発想か。普通は自慢げに見せびらかすのにな」


 そう言いながらファルークスは己の右手の緑の紋様を眺める。普通は聖痕を隠す必要なんてないのだ。それは、色の濃さ・大きさによって聖痕の力が決まってくる。聖痕の力を対外的に示すには必要なことだ。

 だから、わざわざ見せびらかすように隊服を着崩す者もいるぐらいなのだ。


「はぁ。シュレイン、本人に確認して答えると思うか?いや、わかっている。アンジュのことだ。絶対に否定をするよな」


 ファルークスはそう言ってグラスの中身を一気に飲み干す。飲まなければやっていけないということなのだろうか。


「白銀の髪に死を見る目。折れた骨を瞬時に治す力。これで天の日が頭の上にあれば完璧なんだけどな。いや、聖女として掲げるには性格が悪すぎるよな。本人が嫌がるのは目に見えているしな。なぁ、リュミエール神父は知っていたと思うか?」


 ファルークスは聖女にある程度理想をかかげているようだ。しかし、その理想の聖女像にアンジュは当てはまらないのだろう。


「リュミエール神父か。あの人は得体が知れないからな。もしかしたら知っていて放置していたかもしれないし、本当に知らないのかもしれない。だが、なんだかあの方の手のひらの上で踊らされているような気もするのも確かだ」


「確かに、得体が知れない。しかし、俺が死ぬか。遺書でも書いておいたほうがいいか?」


「ファルークス。俺も行くのに簡単に死ねると思うなよ」


 なんだか、捉えようによってはシュレインの言葉が恐ろしい言葉に聞こえるのは気の所為だろうか。



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