帰りは行きとは違い皆がバラバラで戻ることになってしまった。しかし、ファルのワイバーンを置いていっているが、いいのだろうか。
私は立ち上がって、土を払う。
「アンジュ。大丈夫なのか?」
「え?さっきも言ったけど、ただの痺れる毒でしょ?それぐらい解毒できるし」
「確かに脈も安定しているから、大丈夫なのだろうが、あまり無茶はしないでくれ」
ルディは脈を取っていた手を引っ張り私を引き寄せ、抱きしめるが、チェーンメイルがガツッと頭にぶつかって痛い。自分が何を着ているか理解をしていないのか!
私はルディとの間に手を差し込み、距離を開ける。そして、へらりと笑ってお願いをしてみた。
「ちょっと散歩してきてもいい?」
「あ゛?一人でか?」
「一人で」
「また、ふらふらと何処かに行こうというのか?俺を置いて何処かに行こうというのか?」
散歩ぐらいで、なぜルディを置いていくことになるんだ!
うーん、困った。ルディを置いて行きたい。はっ!置いていっている!
まぁ、それはいいとして、ルディには言った方がいいのか。いや、でも、しかし……。困った。
はぁ、人を信用しきれない私が悪いのだ。ルディは恐らく私を裏切らない。だけど、裏切られたときが怖い。私の未来は真っ暗になってしまう。
「あのね。お願いがあるのだけど」
「なんだ?」
「あ、いや、やっぱりいい」
今度一人で来ればいいか。いや。まて、そんな事は可能だろうか。なんだか以前のように、……以前以上にルディが私につきまとっている気がする。
「アンジュは何が気になるんだ?言ってくれないとわからない」
そう言ってくるルディを見る。優しい言葉をかけているようで、獲物を逃さないという視線を向けてくるルディを見る。なんだか一人でここに来るは無理そう。そして、ギリギリと体を締め付けられる。私はチェーンメイルにプレスされないように、必死に抵抗しながら、お願いを口にする。
「これから起こる事を見なかった事にして欲しい」
「なんだ?そんな事か。いいぞ」
やっと、ルディの力が緩んだので、距離を一歩取る。
「常闇の穴のところに行くから」
そう言って、ファル達が消えていった方向とは別の方向に足を進める。ここからでも、黒いモヤは見える。かなり巨大な常闇の穴だ。
しかし、ルディに捕獲された。
「危ないから、ワイバーンで行こう」
いや、直ぐそこだし。歩いてもしれている。
ルディは私を抱えたままワイバーンの背に乗ってしまった。そして、がっしりと私を捕まえている。
「るでぃ兄。内臓が出そうだから、もう少し緩めて欲しい」
「手を離したら、アンジュは飛んでいってしまうだろ?」
それはまるで私が風に飛ばされるような言い方だけど、そういうことじゃないよね。はぁ、自由に動く状態のほうが私としてはいいのだけど。
「地面に降りるまで立たないから、緩めて欲しい」
そう言ってやっと緩めてもらえた。本当になぜこのような状態になってしまったのか。
ワイバーンが低空飛行しながら、木々の上空を滑空して、黒いモヤのヘリに降り立った。数分の空の旅と言っていいほど短い時間でたどり着いた。
黒いモヤが全体像が見えないほど広がっている。それはそうだろう。大きな山を遠くで見るのと近くで見るのとの違いだ。
その大きく遠くに広がった黒いモヤの前に立つ。
できる。あの話が本当ならできるはず。
ただ、イメージをする。黒いモヤを穴の中央に渦を巻きながら戻すように。
黒いモヤがつむじ風が起こる前兆のようにざわざわと動き出す。このまま海の渦潮のように回転させる。
すると勢いよく黒いモヤが横に動き出す。上から見ればきっと渦状になっていることだろう。
それを穴の中に落とす。
黒いモヤが無くなった風景は、黒い底が見えない強大な穴が森の中に空いていた。
なんだか、薄ら寒くなってきた。
でも、なんとなくわかった。いや、わかってしまった。
私は両手を底が見えない穴に向かって突き出す。そして、空間を捻じ曲げるように回転させながら、閉じるようにする。くっ!何かが引っかかっているように、空間を捻じ曲げられない。
力が足りない。全く足りない。
右目が熱くなってきた。何かが頬を伝う。あ、そういうこと。天使の聖痕が体に埋め込まれないのは、普通の聖痕とは違うからだ。
ここで止めるわけにはいかない。右目の聖痕を外に出す。誰かが息を飲む音が聞こえたが、私はそれどころじゃない。
一気に力を放出する。回転が強まり、空間の歪みが一気に加速した。だが、異物がある感覚が残る。なんだ?何かがいる?
私は渦を巻きながら歪んでいる黒い穴を目を凝らして見る。なに?赤い塊?