赤い肉の塊にいくつもの目がこちらを見ている。あ……あれは、まさか!!やばいやばい。空間の歪みに反して出てこようとしている?
今の私にあの赤い肉の塊を押し込める余裕なんてない。
「るでぃ兄!」
私が焦ってルディに声をかける。
「どうした?」
私の斜め後ろから声が聞こえる。
「黒い穴の中の赤い肉の塊は見える?」
「ああ、なんだか気味が悪いやつな」
良かった見えているらしい。私しか見えないのであれば最悪だった。
「あれを穴の奥底に落とすことはできる?」
「倒すのではなく?」
「あれは死なないから、落とすだけでいい」
「……わかった」
ルディが了承の言葉を言ったと同時に、私の横から黒い矢が複数飛んでいき、赤い肉の塊に突き刺さっていき、奥へと押し込めていく。そして、つっかえが取れたかのように空間の歪みが加速し、パシュンという音と共に黒い穴が閉じた。
開く予兆はあるかと少し構えてはみたものの、どうやら完璧に閉じたようだ。
「はぁ」
疲れた。まさか、天使の聖痕にこんな落とし穴があるだなんて。地面にポツポツと赤い液体が落ちている。本来の力をだそうとすれば、灼熱のような熱を帯びるなんて知らなかった。
私は右目に手を置く。……あ、なんだか俺の右目が疼くみたいなポーズになってしまった。
そのまま治療し、頭の上の輪を左手で掴む。熱くはない。それを右目の中に再びしまう。
これで元通りだ。
「……!……ュ!アンジュ!」
肩を揺さぶられ、ルディから呼ばれていることに気がついた。
「なに?」
「何じゃない!怪我をしたのか!」
「自業自得ってやつ、もう治したからどうもない」
「本当に治したのか?」
「本当、本当。るでぃ兄。終わったから帰ろう。言ったとおり他言無用だからね!私は祀り上げられるのは御免だから!」
再びワイバーンに乗せられ、来た空を戻っていく。ルディは聞きたいことがあるのだろうが、何も聞いてこない。聞いてこないのならそれでいい。
冷たい風を頬に受けながら今回の事について考える。私はあの常闇の正体が何となく、わかってしまった。
恐らく次元を繋ぐ穴だ。穴が小さいうちはいい。この世界の何処かにいる魔物を吐き出しているだけだ。だから、この世界の人達の常識で対処可能なのだ。
だが、穴が大きくなると他の世界と繋がってしまうのではないのだろうか。あの
そして、赤い肉の塊。あれは
これが穴が大きくなると異次元のモノが出てくるという真相なのだろう。
やはり聖女というのは、世界の調整者の役割があるのではないのだろうか。
はぁー。こんなのやってられないよね。ぶっちゃけ、タダ働きに近いんじゃない?この国だけで、どれだけの穴が開いているか知らないけど、聖女が多数いるならまだしも、他の国もって言われたら、これはもう死ぬまで扱き使われる運命しか見えてこない。
誰か、聖女になってくれる人はいないのかなぁ。
眠い。疲れた。ああ、太歳の肉を食べると不老不死になるという噂は本当だったのかなぁ。
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シュレイン side
アンジュが眠ってしまった。本来なら騎獣に乗ったまま寝るなと怒るところだが、怒る気も失せてしまった。
リュミエール神父の言うとおりだ。目を離すといなくなってしまうと。
元からアンジュは変わった子供だった。姿と言動が合っていない。チグハグな子供だった。考え方も普通ではなかった。
騎獣がいれば自力で空を駆ける、そんな発想は起きないはずだ。だが、盾を足場にして空を駆ける。そして、何かの術を使って、自由に空を飛んでいく。
空を飛ぶワイバーンから飛び立ったアンジュの背中を見て、焦った。とても焦った。
アンジュを失ってしまうという焦りだ。
それもワイバーンよりも速い速度で、ミレーの雷でも倒しきれなかった巨大な骨に向かって行っているのだ。慌てて追いかけるも俺の目に映った光景は意に反して、崩れ去る骨。その骨を足場にして地面に落ちていくアンジュ。
その姿に安堵とともに不安と怒りが心を占めた。
そして、とどめが常闇の穴を閉じたアンジュの姿だ。
ファルークスとは、そうかも知れないと話してはいたが、実際に目にしてしまえば、理解せざるを得なかった。
アンジュは聖女様だと。王宮の奥の聖女の間に飾られている200年前の聖女様の絵姿と重なった。
だが、アンジュはそれを見なかったことにしろと言った。アンジュは聖女にはなりたくないということなのだろう。
聖女はこの世界に必要だ。しかし、アンジュが聖女となれば、俺だけのアンジュでは無くなる。
俺は迷っていた。この世界には聖女様が必要だ。アンジュが聖女だと報告しなければならない。しなければならないが、そうすれば、二度と俺の手に届かない存在にアンジュはなってしまうだろう。
このまま寝ているアンジュの首に手をかければ、俺だけのアンジュでいてくれるだろうか。