「あら、駄目ですの」
駄目でしょう。私は親指と人差し指をVの字に開き小声『【雷電】』と言葉にする。すると、バチバチと放電しながら、親指と人差し指の間で電気がほとばしる。
「これぐらいで十分です」
「え?でもこんなに弱いと倒しきれませんわ」
ミレーは何と戦う想定なのだろう。しかし、相手を気絶させればいいのだ。
「まぁ、見ていてください」
私はそう言って、笑い上戸のファルの後ろに瞬時に回り込み、一人掛けのソファの影から出ているファルの頭部の影を踏む。小声で「【影縫い】」と言葉を発した。
「うぇ?」
ファルは何か異変を感じ取り、笑うのをやめた。その首元に向かって一発入れる。
『バチッ』
雷電に接触し、ビクッと体を震わせたファルを見て、影縫いを解除し様子をみると、ソファに座ったまま動かなくなった。うまく気絶をしたようだ。
「という感じです。要は気絶をさせればいいのです」
「気絶だけでいいですの?」
「ええ」
「それではヤれませんことよ?」
殺らなくていい。私が貴族を殺したとなれば、面倒なことになりかねない。それならと言ってミレーは私にくれた指輪をもって部屋の隅の方に行った。
「副隊長。僕とヴィオは昼食をもらって来ます。ついでにティオの様子も見てきます」
シャールはそう言ってヴィオと共に部屋を出ていった。そう、ここはぽつんと一軒家なので、食堂併設とかではなく、第13部隊用に作られた物を取りに行くシステムだ。何処までも異端扱いをされている。しかし、なぜ気絶しているファルに声をかけたのだろう。
「アーンージュー!!」
シャールに声をかけられたからか、ファルが復活したようだ。思っていたよりも早かった。
「俺を実験台に使うなんていい度胸だな」
「実験台ではなく、実演」
「なお悪い!!っというか俺の体に何をした?」
何をしたと聞かれても
「気絶するぐらいの雷撃を当てただけ」
「その前だ。アンジュを避けようとしても動けなかったぞ!」
ああ、【影縫い】ね。しかし、ファルがわからないとなると、こういう使い方はしないのだろうか?
「別に影縫いを使っただけ、大したことないよね」
「は?」
「アンジュ。『カゲヌイ』とはなんだ?」
ファルは意味がわからないという顔をし、ルディが興味津々に聞いてきた。
「意味はそのまま。【影縫い】は影を地面に縫い止めるってこと」
「いや、おかしいだろ。それぐらいで動けなくなるのは」
ファルはおかしいというが、物の考え方の問題だ。
「影って人が動くと同じように動くよね」
「当たり前だろ」
「なら、影は体の動きから置き去りにされることは可能なのかということ」
「あ?」
「影と体は連動しているのであれば、影の動きを止めれば必然的に体も動きを止める。という考え方」
まぁ、光の加減によって上手く使えないけれどね。
「アンジュ!闇の魔術は禁忌とされているから、誰も使わないというのに……ありがとう」
ん?なぜルディからお礼を言われるのだろう?そして、またしてもぎゅうぎゅうと締め付けられる。
だから、痛いと言っている!
「アンジュ。他に使えるものはないのか?」
ルディの腕をバシバシ叩いている私に、ファルはよくわからない事を聞いてきた。何を使うのだろう。私が意味がわからないという顔をしていると、呆れたようにため息を吐かれ
「闇の魔術だ」
闇?影と闇は同じ??よくわからないなぁ。
うーん?影移動とか?闇の弾丸とか?ブラックホール!!いや、それは止めておいた方がいい。
「それは攻撃?防御?移動?何が知りたいの?」
「「は?」」
ルディとファルの声が重なった。いや、私の方が『は?』と言いたい。それを知ってどうするわけ?
「……全部」
ルディとファルが視線で何かを語っていたが、なぜかルディが答えた。あれ?ファルが知りたいわけじゃないの?
まぁ、いいけど。
「簡単でいいのなら」
抱きしめているルディから離れ一歩距離をとり、【
「これ、影から影に移動するだけね」
「うぉ!いつの間に背後に!!」
「だけ?いや、かなり凄い」
続けて、【
足元の影から複数の影の槍を出現させ、飛ばすが、直ぐ前に闇の壁があり、影の槍を飲み込んでいく。
「今のは影から槍を作って、闇の壁を作っただけ」
「だけってなんだ!!黒い壁はなんで弾かないで、吸い込まれていくっておかしいよな」
おかしい?ファルにおかしいと言われたが、そんなにおかしいことだろうか。
ああ、攻撃は弾くしか無いという概念が邪魔をしている?うーん?
「闇とか光って形がないから、かなり自由度があると思うけど?」
「自由度?どういうことだ?これはアンジュが創った魔術ということか?」
ルディが私に近づきながら聞いてきた。あ、しまった。
私はジリジリと後退する。
本来は決まった術式の呪文を言ってから、発動キーである術の名称を言うのだ。
私は思った。それは、こっ恥ずかしいと。
いや、だって『赤き火よ。火の神イグニスの右手よりいでし赤き火よ。我が右手に現れ燃えゆる赤き火よ。我が前に現れし敵を赤き火で貫き給え。
何度、赤き火といえばいいのだ。うざいぐらいだ。
恐らくイメージをしやすい文言にしたのだと思うのだけど、こんな長ったらしい文言を堂々と言って打てるのは火の矢、言わばファイアーアロー程度なのだ。恥ずかしい!!
勿論、発動キーである術の名称のみでも魔術は使える。ただ、私は日本語の方がイメージしやすいのか、初めて使うときは日本語で言うようにしていた。
「アンジュ?」
背中にトンと壁が当たった。あ、しまった。