目に入る廊下の様子や鼻を抜ける畳の
これだけ羅列すると過去の日本に迷い込んだようだが、それでもここを桃が異世界だと断言できているのには理由がある。
見慣れぬ土地や人の名前、魔法の存在。自分がこれまで学んできたこの世界の成り立ちや文化、風習の差異。
つまり元居た世界と大なり小なり違っていたからだ。
例えば漢字。
異世界であるこの世界にも存在しているが、漢字は異世界から
基本的には家紋や軍旗のシンボルとして使われることが多いが、土地の名前の他、武家や貴族といった立場の者達の名に使われたりもする。
特別な文字という扱いであるために、地位の高い人間が褒美としては以下の者に氏や名に漢字を与えることもある。
こうした風習は大陸の中でもカムナビのある東側に強くみられる傾向らしい。
「失礼いたします」
一礼し室内に入ると奥の間には一人の男性。
一段下がった座敷には少年が一人
奥の男性がこの
後ろに撫で付けた白髪、鋭い目つきの顔に体の無数の傷は歴戦の獅子を思わせる風貌。
口調も不愛想で一見険しい印象を受けるが、巧みな外交と安定した領の統治は国の内外からも評判が高い。
家臣領民含め家族のように大切にしており、領内を散策すれば彼を慕う声が聞こえてくるほどだ。
片足に生まれつき障害がある為平時は片手に杖をついて移動しているが、戦の時は輿に乗って参陣。
直接指揮をとった戦では負け無しの優秀な将であり、それ故に『
「なんだ、お前たちも来たのか」
「私も
「邪魔しないならな。
「はい、父上!」
そういってそそくさと兄の隣に座った
その視線に促されるように桃も
「突然呼び立ててすまんな」
「いえ。俺はいつでも大丈夫ですよ。それで要件はどのような?」
「ああ、お前には東の
「化け猪……ですか?」
「ああ。銭取峠は知っての通りこの中
膝に乗せた
それは領主として部下へ命令する時の顔だった。
銭取峠はこの領主の館――
比較的この中
周囲は山林に囲まれていている為に街道へ向かう道としてあまり使われることはないが、道そのものは整えられている為に生活道路として使うものは多い。
「それともうひとつ、今回お前を選んだ理由だが……、その猪騒動のある村の付近で
「!!」
その言葉を聴いて、桃の顔が一瞬驚きに変わる。
この世界に時折出現する空間の割れ目、或いは穴だ。
この穴は異世界に通じるとも言われ、ここから来た者達によって漢字などの文化も
書物庫でその存在を知った桃は、時折
異世界に繋がるというその穴が、自分が今ここに居ることへ関わっているのではないかと考えていたからだ。
この世界に来て長い月日が経つ上に彼方の肉体は既に死んでいるので、元の世界に戻りたいわけではない。
ただ、この世界に来た原因や理由があるのならば知りたかったのだ。
「勿論お前ひとりじゃあない。花咲の爺さんと行ってこい。それと……
「わかったぜ親父……じゃなくって……わかりました父上!!」
座敷に控えていた少年が答えた。
父親譲りの白い短髪をアップバングにした髪と妹と同じ色の瞳。
座った状態でもわかる体格の良さを持った
言葉遣いなどあまり気にしない方だが、流石に領主の父相手にそれはまずいと自分でも感じているのか、口から滑り出てきた言葉を言い直すこともあった。
桃より半年早く生まれている
初陣だけは
桃は初陣の前、狩りに連れていかれた際に獲物を殺すのを躊躇ってしまった為まだ初陣には出してもらえてない。
今回はそのリベンジでもある。
戦いに出れば人を殺す事になる。
ここで命を奪うことに対する
この世界は決して平和な世界ではない。
跡目争いや領地争いで戦が起これば、無関係でいることはできない。
生きていくためにも、越えなければいけない壁だ。
「わかりました。今度こそやって見せます」
「よし。それじゃあ頑張ってこい。
「おう、行ってくるぜ父上!」
「それから桃、こいつを持っていけ」
手招きされた桃が
過度な装飾のないシンプルなものだ。
「これは……?」
「
その目はには期待が滲んでいて、前世では心配の視線ばかりを受け取っていた桃は自然と意気が上がった。
「……!!ありがとうございます!」
大丈夫。この世界にやってきて幼い時分から沢山の事を学んで、鍛えてきた。
以前の何もできなかった自分とは、きっと違うはずだ。
己をそう鼓舞して