桃が桜花と再度対峙する少し前、
「くそっ」
肩で息をしながら、
突き刺すような
その為か、翼があるにも関わらず
それでも跳躍力が人間離れしているのか、一度彼女が足に力を込めて地面を蹴れば羽搏かずとも、
空高く跳んだ
投げつけられる羽根の先は鋭く尖っていて、その威力は周囲の兵士の死体を
人の身体を貫通するほどの威力とまではいかないものの、数が数なので十分脅威だった。
だが問題はそこではない。
問題は此方の攻撃が届かない事だ。
近づこうとすれば
相手だけが思う通りに動き、此方は一方的に動かされているような状況だ。
それはハヌマンも同じようで、飛んでくる羽根を残らず叩き落しながらも
弓でも持ってくれば違ったかもしれないが、それはそれで当てられるかの保障も無い。
幸いなのは、相手の隙自体は存在するという事だった。
片翼でなにかを抱きながら戦っている事もそうだが、
さらにもうひとつ、羽根による攻撃をある程度続けた後には、再び羽根が生える為の時間が必要らしい。
加えて流石に羽根も無限ではないのか、その必要時間が徐々に伸びていき、翼自体も少しずつ小さくなってきている様子だった。
そして代わりに足の蹴爪を使った攻撃が増えてきている。
その蹴爪の攻撃の瞬間を狙って、少しずつだが
ただ一つ、足りないのは決定打なのだ。
「ハヌマン!何か手は無いか!」
互いに背を向けた状態で放たれた
桃はハヌマンの力の方が狛よりも相性が良さそうだと言っていた。
その見込みを信じるのであれば、突破の糸口はハヌマンにあるかもしれない。
「どうすればいい」
「時間を稼いでいただきたく。まだ魔法に慣れていないので、集中が必要なのです」
「わかった」
そう言って、ハヌマンは地面に三節棍を突き立てて目を閉じた。
ハヌマンが攻撃の準備のために手を止めたことで防ぎきれない攻撃は出ている。
それでもハヌマンは無傷のまま、
その嵐のような槍撃の壁の中で、ハヌマンはひたすらに目を閉じて気持ちを鎮めていった。
「随分と耐えるのですね。あなた達に母を攻撃する手段など無いでしょうに」
「そう思うんなら降りて来てくれると助かるんだけどな。その羽根も無限じゃないだろうに」
最初はハヌマンや
「おもったよりもよく観察しているのですね、確かに、母の羽根は無限ではありません」
「じゃあどうするよ。このままじゃ決着も付かないぜ」
「確かに、早くあなた方を仕留めて、残りの追手を叩かねばなりません。しかし母の羽根では仕留め切るのは難しそうというのも事実。ここは他の手段を取らせてもらいます」
淡々とした口調で、
(ぐおっ……!?)
槍で受け止めた
異常なまでの跳躍から繰り出される襲撃は一度の跳躍で何度も振るわれ、槍で受け止める度に絶大な負荷が
空を自在に飛ばずとも、あの跳躍だけで十二分に高さと威力を稼げるのだと、
(くそっ、長くは持たねえ!ハヌマン、まだか!?)
感じるのは空気の流れ。
先ほどから明らかにハヌマンの周囲に集まり始めて、風の渦のようになっている。
ちらりとハヌマンを見れば、彼を中心に地面の小さなごみや砂粒が舞い上がっていた。
その様はなにか見えないものを従えているようで、攻撃を受け止めている最中にもかかわらず
「――。」
ハヌマンの目が、ゆっくりと開かれる。
その目にはどこか翡翠のような色の輝きを湛えていて、
「
「来たか!」
「――!何をするつもりかは分かりませんが、させませんよ」
何か来るのは間違いない。
それでもと、突如防御の構えを解いた
だが、
代わりと言わんばかりに前に出たのは、ハヌマンだった。
【仙猿大風車!!】
(これは……!風魔法!!)
突如巻き起こるのは竜巻。
混の回転によって巻き起こった風は渦を巻き、
「ぐぁ……!」
風に巻き込まれる形で、羽根は風の渦の流れに乗って他でもない
その内の一本が、
同時にいくつかの羽根が彼女の着物を切り裂いて、
「あれは……!」
それは
落ちていくのは小さな小さな布の塊。
赤子を包む、所謂お包みだった。
落下の最中に外れたその布から現れたのは、小さな小さな髑髏。
ボロボロと欠けるようにバラバラになっていく無数の骨を、
「ああ……あぁ……、ああぁぁぁ!!!」
その中で、一番早く動いたのは
そして空を仰いだかと思うと、この世のものとは思えぬ叫び声を上げながら徐々にその姿を変え始めた。
「あ……ああぁ――――!!!」
「うっ!?」
「ぐあっ」
ありとあらゆる人間と動物の泣き叫ぶ声を合わせたような音だった。
なんとか
やがてその全容が現れ、人の形に近かった
大きな
四つに分かれた翼の内二つは自らを抱きかかえるように、鋭かった蹴爪はその威容を増し、全身は暗緑色の羽毛で包まれている。
(――耳が……!馬鹿になりそうだ……!)
耳を塞いで尚、その声は鼓膜を揺さぶり続ける。
まるで人の恐怖の根元に訴えかけるような呪詛の如き響きは、衝撃波となって
なにより、近づくほどに
頭では脚を前に出そうとしているのに、身体がそれを拒んでいる。
まるで見えない腕に足を捕まれているようだった。
「くっそ……!頭が痛てぇ……!ハヌマン、大丈夫か」
「なんとか……しかしこれは……」
鼓膜に叩き付け続けられる
次第に立っていられなくなり跪くように倒れる二人に目もくれず、
(気を失いそうだ……、それに何か、身体が異様に熱い……)
空気の震えの中で、身体がバラバラになりそうだった。
その中でなぜか、
酷くなっていく頭痛の一方で、この身体から感じる熱さは不思議と不快ではない。
その熱に焚きつけられるように、胸に火をくべられたかのように
(あいつだって、桃だってこの戦で貢献したんだ……!俺だって……)
身体に熱が燈ったのと同じ頃、桃が桜花と対峙していたことを。
桃がその身に、新たな力を
心臓が早鐘を打つ。
全身をめぐる血液が、まるで沸騰するような熱さだった。
いつの間にか、その熱さに
ハヌマンも同じようで、二人は武器を支えに立ち上がる。
ひどい頭痛によって頭が揺さぶられていたようにふらついていた身体が、徐々にその芯を取り戻していく。
そして体を駆け巡る熱にも慣れ始めた頃、唐突に大気が震えて空が薄暗くなった。
(なんだ……?なにか……)
体中に雷でも駆け回った様な感覚があった。
それに伴い感じるのは、大きく魔力が動く感覚。
空は、
見上げれば晴れていた筈の空には分厚い雲が垂れこめ、今にも雨が降り出しそうな空模様になっている。
その分厚い雲に、
「ハヌマン、大丈夫か」
「ええ。しかしどうしてでしょう。体が熱い……でも、
「俺もだ。というかこの感覚は……」
「桃様、ですよね」
「ああ」
間違いない。
感じたことも無いほどに強い魔力だが、なぜか二人には理解できた。
体中を巡る己の血が熱くなるのは、身体に流れる血がそれを教えているのだという感覚があった。
それだけじゃない。
(……俺の中にも、今まで感じなかった魔力を感じる。自分の血の中に眠る何かも明確に)
「……ハヌマン、すこし
しかし
変わらず叫び続ける
その音のさらに内側に感じるのは。水の中の音と何かの鳴き声。
聞いたことのないこの声を何故か自分は知っている。
(――鯨……?)
それは声とも、音とも取れる響きだった。
ただ
――ああそうだ、この感覚だ。
水中で揺れるなにかを掴むような感覚が、
その瞬間、卵の殻を潰したように中の魔力があふれ、
手の平から、頭に、身体に、つま先や武器に至るまで
背から腰に掛けて大きく羽織のように伸びた尾
周囲には無数のマナで作られた魚影が浮かび、その手にある槍は魔力によるものか、三叉の銛のような形に変化している。
体は視認できる程の分厚い魔力の壁で覆われており、その体躯もひと回り大きくなっているように見えた。
「
「ああ。なんで今まで出来なかったのが突然って思うが、やっと掴めた。きっと桃のあの大きな魔力が、呼び水になってくれたんだ……」
その変化に驚くハヌマンを他所に、
「これが、俺が血の中に濃く受け継いだ……魔物の力だ」