パーティ名が決まった日から僕達希望の黎明は、力不足である現状を解消する為に、チギリ師匠との修行と、冒険者としての依頼をこなしていた。
そんな日々を過ごして一週間が経過した。
冒険者の稼業は一週間足らずではランクに変動はない。だけど毎日寝泊まりするには困らないくらいの貯えを得るに至った。
様々な依頼を受けたが、その日のうちに完遂できて、簡単な魔物討伐や素材入手の依頼を主に行った。
これも戦闘の経験を積む為だ。
チギリ師匠からも実戦を経て魔物の特性や攻撃手段などの知識を得るべきとのアドバイスがあったからっていいのもある。
この街に来たばかりの頃は、戦闘の一つ一つに少なからず恐怖心を抱いていた。
最近は戦闘にも慣れてきて、魔物に相対しても冷静に相手を観察する事が出来るようになってきた。
決して油断はしないが、剣を振るう感覚も馴染んできている。
まだサヤには遠く及ばないけど、この調子で着実に力をつけて行こう。
今日は皆で話し合って休暇の日にした。
皆思い思いに過ごすだろうけど、僕はみっちり修行に当てる事にした。
早朝の素振りと、走り込みを済ませて軽く食事を取って冒険者ギルドへ向かう。今日はいつもより早い時間だ。
というのも、最近ようやく強化魔術を発動させる感覚を掴みかけてきたところなんだ。
もう少しで何か掴めそうな、そんなもどかしい気持ちが僕を冒険者ギルドへと足を急がせる。
「――あら、クサビさん、おはようございます! 今日は早いですね、依頼ですか?」
ギルドに入ると、受け付けのヴァーミさんと目が合い、いつもと変わらない明るい笑顔をくれた。
「おはようございます、ヴァーミさん! 今日は訓練所に篭ろうかと……」
「毎日頑張ってますね。たまにはしっかり休まないとだめですよ! 最近はクサビさんを見ない日はないってくらい働き詰めだから、ちょっと心配ですよー」
確かにのんびり過ごしてないかも。あまり心配させてしまっても申し訳ない。
「ありがとうございます。もう少しでコツを掴めそうな感じがして気になってしょうがなくって……。 落ち着いたらゆっくり休みますね! では!」
少し困ったような顔をしたヴァーミさんに挨拶して、僕は逸る気持ちのままに訓練所に駆け足で移動した。
訓練所にやってきた僕は、訓練用の木人の前に立ち、木剣を構えて集中した。
まだ朝の時間帯なので訓練所には誰もいない。
そのおかげで静かな環境の中で集中もしやすかった。
今日は何かを掴める気がする。
まずは意識的に足に魔力を練って強化魔術を掛けていく。力が漲る感覚がする。よし、ちゃんと強化魔術は発動したな。
続けて腕にも強化魔術を掛けていく。
これで腕と足に掛かった。それにより瞬時に加速して強力な一撃を繰り出す事が出来る。
「――やっ!」
足に掛けた強化魔術で一気に木人を間合いに捉え、両手で持った木剣で右上から袈裟斬りを放った。
腕に掛けた強化魔術の効果で、木剣が木人に当たる音が力強く響き渡る。だがここからの動作が重要だ。
「――ふっ!」
続けて木剣を右手に持ち替え、左側から木人の胴体を狙って水平に斬った。
カンッという軽い音が鳴る。…………失敗だ。
初手で足と腕を強化して攻撃する。
ここまでは今までも出来た。
意識的にやれば、そして時間をかければできる。
だけど問題はそこからの連撃だ。
強化魔術を無意識で発動出来るようになるには、この二連撃目にも強化魔術の効果が発揮されなければならない。
論理的に言うなら、強化魔術は身体のあらゆる部分に掛ける事が出来るが、強化魔術は攻撃にも防御にもなり、一度発動させると効果が無くなってしまう。使い切りのアイテムのようなものだ。
一流の剣士はあらゆる動作の中で強化魔術を駆使して瞬発的な加速や、アクロバティックな動きから繰り出す技を放つ事が出来るようになる。その都度強化魔術を掛け直してその動きを実現しているというのだから、僕が超えるべき壁はまだまだ厚く高い。
……でももう少しで何か掴めそうなんだ。それさえ掴めれば出来る気がするんだ。
それから僕は感覚を掴むまで何度も反復して訓練した。
気がつけば汗だくになり、少しだけ眩暈がする。
魔力の残量が少なくなった時の症状だ。
少し休もう……。
僕は壁に寄りかかって座り、一休みすることにした。
休めば魔力も回復してくるだろう。
でも、この休んでいる間も時間を無駄には出来ない。
僕は、ウィニが普段している瞑想の訓練をしながら魔力の回復を待つことにした。
この先必ず来るであろう魔族との戦いに備えて、少しでも強くならないといけない。
この一週間、時間さえあれば修行に打ち込んだ。
出来ることも増えたけど、強化魔術の無意識化だけはなかなか出来ずにいた。
村にいた当時は、初級剣術と中級剣術の差がこんなにも差があるものとは思ってもいなかった。
でも今なら分かる。そしてその壁を超えたサヤはやっぱり凄い。
今の僕は、その壁を超えなければならない。
深くイメージするんだ。
身体を巡る魔力が足を包むイメージを。発動して弾けた魔力が再び足に戻ってまた包み込む。
強化魔術を掛けるだけじゃなくて、掛け直す事にイメージを注ぐ。
――そうだ。何か引っかかっていたのはこれなんじゃないか? イメージの過程が足りなかったとしたら……。
僕は瞑想から目覚めると立ち上がって、横に立て掛けていた木剣を手にして木人の前に相対する。
目の前の木人を魔物のように想像しながら木剣を構える。イメージし続けるんだ。足や腕を包む魔力を。
僕は地を蹴る。ぐんと加速して木人を射程に捉える。
「――っ!」
両手で木剣を持ち右上から袈裟斬り。
「――来た!」
木剣を右手に持ち替え右へ水平斬り。
ガッ! という力強い音が響いた。
僕は呆然としながらその場に脱力して座り込み、両手を見つめる。
「……出来た。 ……出来たぞ!!」
二連撃目にしっかり強化魔術の効果が発揮されたのだ。
僕は喜びを拳を握りしめて噛み締める。
最初地を蹴って加速した直後、魔術を発動させて弾けて失われた魔力が足を再度包む感覚があった。そして一撃目の直後も同じように魔力が再度包み込む。だから二撃目も強化魔術が乗ったのだ。
感覚は覚えた。後はこれをまた反復して練習するぞ!
僕はそう意気込んで立ち上がり、再び木剣を構えて、木人に飛びかかった。
それからしばらく、木人を打つ激しい音が連続で訓練所に響き渡っていた。