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Ep.63 対峙、再び

 朝の時間から訓練を開始して数時間が経った。

 あれからひたすらに強化魔術の感覚を体に叩き込んだ。一度コツを掴むと驚くように上手く行った。


 だがその代わり魔力の消費が激しい為、つい身体が無理を訴えるまで訓練を続けてしまって、今は魔力の回復の為に一休みしているところだ。もうお昼も過ぎていたようで軽めに昼食を済まして今に至る。


 剣士の剣術において、初級から中級に認められるには、無意識に強化魔術が使える事が含まれる事は知っているのだが、剣術の技能としてはどうなんだろう。


 チギリ師匠は魔術師だから剣術を教える事は出来ない。サヤも剣士だけど、得物は刀という東方文化で生まれた武器で、美しく沿った長く鋭い片刃の刀身が特徴で、サヤの剣術は主に両手で用いる。


 僕が持っている解放の神剣は両刃の長剣だ。刀身は刀よりも短く、片手持ちや両手持ちで状況に応じて扱える。


 武器の扱い方がサヤと違う以上、剣術に関しては我流で鍛えていくしかない。強化魔術を用いれば、かなり攻め方の幅が拡がりそうだ。



 自分なりの戦い方を嬉々として想像を膨らませていると、訓練所の扉が開き、チギリ師匠が入ってきた。


 チギリ師匠はすぐ僕に気付き無表情で頷いている。

 いや、口角が少し上がっているから、多分微笑みかけたつもりなのかも。


 チギリ師匠が僕の前までやってくる。

「おや、随分疲労が蓄積している様子だな。今日は君達は休暇では無かったのかな?」



「はい、皆自由な時間を過ごしてると思います。…………僕は少しでも強くなりたくて、ついここに」

 僕は頭を掻きながら笑う。


「まったく。熱心なのは君の長所だが、身体の酷使は崩壊を招きかねんよ。自身を労り休める事も冒険者として大事な才能なのだから」

 と、チギリ師匠からの忠告を受けた。


 さっきヴァーミさんにも言われたっけ。そんなに休んだなかったか。でもようやくコツを掴めたから、これでゆっくり休めそうだ。


「……はい。分かりました。 それはそうと師匠! 僕やっと強化魔術を無意識に発動するコツを掴んだんですよ!」


 そう言うと、ほぉ。と少し驚いた表情をしたチギリ師匠は、顎に手を当てながら僕の様子と辺りをじっと観察している。


「……なるほど。それで魔力の回復中というわけだ」

「魔力切れなの、わかるんですか?」

 僕はきょとんとした顔で質問した。


「ああ。魔術師には魔力を読み取る能力が不可欠だからな。剣術で例えるならば、今まさに君が克服した事と同義だ」


 なるほど。剣術では中級になるには強化魔術の無意識発動が必須で、魔術師の場合は中級になる条件が、魔力を読み取れる事ってわけなんだね。


「ウィニはどうなんだろう?」

「ウィニか? あの子は初対面の時から既に出来ていた。怠惰なところは短所だが、それに余りある魔術の才を有しているよ。……将来が楽しみな逸材ではあるな。」


 今の本人が聞いたらどうするだろう。

 決まっている。『わたし、さいきょう。ぶい』……とか言ってドヤポーズするに違いない。絶対する。

 でもウィニはやっぱり魔術師としては凄いんだなぁ。

 普段あんなだけど。



「さて、ではクサビ。君がどれだけ動けるようになったのか我に披露してくれたまえ。……此方へ」


 チギリ師匠の講座はここまでだ。

 師匠はどこか楽しそうな雰囲気を声に含ませながら、奥の模擬戦部屋へと歩いていく。


 もともと今日会えたら手合わせをお願いするつもりだった。今の僕がチギリ師匠にどれだけ通用するか試したかったから、この状況はまさに渡りに船だ。


 僕は元気な返事と共に立ち上がり、師匠の後を駆けていった。




 久々に来た模擬戦部屋。

 ここに入ったということは激しい戦闘を想定しているという事でもある。

 普通の手合わせならさっきまでいた訓練所でも問題ないが、部屋全体が防御魔術で守られたこの空間でなら、より激しい訓練ができるのだ。


 初めは驚いたけど、ここは本当は普通の広い部屋のはずだが、これも魔術なのか、辺りは広い平原になっており、本当に平原に立っているかのように錯覚する。



 チギリ師匠は真ん中に立ち振り向いた。長い紫色の髪と長尺のローブがふわりと翻る。


「さあ、我が弟子よ。君の力を見せてくれたまえ」


「――はい! ……行きます」

 僕は返事をした後、目を閉じて息を長く吐き、深く集中する。そして戦意を宿した眼差しで相手を見据えて合図の言葉を発した。


「――っ」

 チギリ師匠が一瞬目を見開いた。その後口角を上げ確かに笑っていた。


 僕は足の強化魔術を解放し、弾かれたように前進する。


 チギリ師匠を剣の間合いに捉える直前、右足で地を蹴り左側へサイドステップし、素早く左足で加速させて背後に周りさらに地を蹴りながら右から左へ水平に飛び込み斬りを繰り出した!


「……なんと」


 僕の飛び込みながら斬り放った斬撃を、チギリ師匠は風魔術の風圧で自身の体ごと浮かして回避した。


 師匠はこの回避方法をよく使う。その為予想外な方向に移動していたりするので追撃がしづらい。

 僕の攻撃は空を斬り、手応えを得るに至らなかった。


 チギリ師匠が距離を置いてふわりと着地する。そして関心したような表情をしてみせた。


「――驚いた。初めに手合わせした頃とはまるで別人じゃないか。男子三日会わざればなんとやらだね」

「……良き師匠の教えのおかげですね」


「ふふっ。この短期間でここまでの成長を遂げるとは、我にとっても僥倖だよ」

 そうほくそ笑むチギリ師匠は続けて言葉を綴る。


「今ので強化魔術を5回は行使させたようだね。相手の意表を突き、素早く背後に回った動きは見事だった。……だが、燃費は少々悪そうだね?」


 さすが師匠だ。一目で弱点を見抜かれた。

 この動きを実現するには足に4回、腕に1回の強化魔術を発動させている。

 勿論これを繰り返せば早々に魔力切れを起こして動けなくなるのは想像に難くない。短期決戦に向いた戦い方だ。


 戦いの中で改善すべき点に気づかせてくれる師匠の教え方はとても有難かった。


 ……でも今は手合わせの最中。どうにか見返す手はないものか。



「さあ、我も攻められ通しでは些か不満というものだ。捌けるかな?」


 チギリ師匠が右腕を払うように動かすと、火球が3つ飛来してきた!


 僕はそれを左へサイドステップで躱すと、2つ目の火球が目の前に迫っていた。

 咄嗟に剣の腹を盾にして受ける。続けて襲い来る3つ目の火球を足の強化魔術で前方に姿勢を低くしながら飛び込み回避し、同時に師匠に接近する。


「はぁっ!」

 僕は地を強く蹴って高く跳躍した。

 そして剣を上段に掲げ体を後ろに反ったあと、全身に強化魔術を纏わせて、体を前に倒して魔術を解放させ回転しながら師匠に向かって落下した!


 チギリ師匠はそれを岩の盾を生み出して受ける。激しい縦回転により幾度もの剣撃を耐えていた岩の盾に、ピシッと音を立ててヒビが入る。


 僕の攻撃は既に回転の勢いを失い、空中で剣を振り下ろした体制でいた。

 そこにチギリ師匠は僕の真下から竜巻を発生させ、僕を打ち上げた!


「うわぁっ!」

 ただの風だ。ダメージはない。だが体制を大きく崩された……!


 豪風でぐるぐると弄ばれながら相手の姿を捉えようと見たチギリ師匠は、好戦的な笑みを見せながら見上げていた。


「クサビ。実に見事だ。よくぞ成長した! 君が此度の手合いでまた改善点を見出してくれる事を願っているよ」


 そう言うと両手を僕に向けて合わせるとそのまま下ろした。


「では、本日の講義はここまで。――グラビティプレス」


 師匠の魔術が発動すると同時に僕を散々に振り回していた竜巻が突如霧散する。

 そのまま落下する僕に、上から見えない何かが追い討ちを掛け、地面に叩きつけられた!


 ……ッ! 何かに締め付けられる! 体が重くて動けない…………!


 あまりの圧迫感に呼吸もままならず、僕の意識は地に伏したまま刈り取られていった――




 ――目が覚めると、真下から見たようなチギリ師匠の顔が目に入った。作り物の空が見える。どうやらここは模擬戦部屋のようだ。


 師匠はすぐに僕に気付くと、僅かに微笑んだ。


「おや。気が付いたか、クサビ」

「師匠…………。あのこれは一体……」


 チギリ師匠の顔が近くて、頭には温もりを感じる。

 僕はチギリ師匠に膝枕されていたのだ。


「ああ。気を失った君の介抱というやつさ。師匠らしいだろう?」

「はぁ……そうでしょう……かね?」


 そう言って僕は起き上がる。体は特に何ともない。きっと師匠が回復魔術を掛けてくれたんだね。


「今日は有意義だった。まさかここまで動けるとは思っていなかったよ」

「ありがとうございます! でも咄嗟に動いただけなんですけどね」


「今日の手合いでまた浮上した課題があるだろう。今後はそれを克服しつつ、欲を言えば魔力の総量の向上、無詠唱魔術の習得なども進めると良い」

「はい。やることいっぱいですね!」


 そう意気込んでいると、不意に体がふらついてよろけてしまった。


「だが、今日はもう訓練は禁止だ。体がそう訴えている」

「……そうですね。ちゃんと休みます」


 そう言うとチギリ師匠はわざとらしくこう言った。

「ああ。今日また訓練していたら破門だからな」


 ははは。と苦笑する。

 流石に皆に心配掛けられないし、ここは残りの時間を素直にのんびり過ごそう。


「それは困りますねっ ……師匠、今日もありがとうございました!」

「楽しい一時だった。では、またな」


 僕は師匠にお辞儀をして部屋を出る。


 今回でまた課題が見つかったけど、とりあえず今日はのんびりしますかね。


 心の中で独りごち、少しのんびり歩きながら帰途につくのだった。


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