退屈だ……。何か片手間に出来るものでも用意してくれば良かった。
と、後悔し始めて来ていた頃、黒髪で赤い布のマントの男性が歩いてくるのが見えた。
特徴と一致する! あの人が情報屋かしら。
私は情報屋と思われる人物に近づいた。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
声を掛けると、背の高い黒髪の男性は気だるそうな雰囲気を滲ませながらゆるりと振り向いた。
目が隠れそうなほどに長い前髪から見えた顔。目つきが悪く、目の下の隈が酷い。三白眼で青白い肌の男性だった。大丈夫だろうか、何処か具合でも悪いのかしら。
「んー。はぁーい。お嬢さんボクに何か用かい〜?」
喋り方も気だるそうだ。
「もしかして、情報屋さんじゃないかと思って……」
私がそう言うと、青白い男は私を舐め回すような視線で見てくる。なんだか凄く嫌な感じがして身じろいだ。
そんな私に構わず青白い男が長い腕を広げて努めて明るく振る舞う。
「ああ、お客さんかぁー。そうだよ、ボクは情報屋だーよー」
やはりこの男が情報屋……。必要な情報だけ入手したらあまり関わらないようにしよう。
「それなら良かった。 情報を売って欲しいの」
「ふぅん。どんなのをご所望で〜?」
「魔族の侵攻状況とか、それから、ここからサリア神聖王国の聖都マリスハイムまでの安全な陸路ルートかしらね」
そう言うと、情報屋は不自然な笑顔で揉み手しながら前屈みになって私の目線に顔を合わせてきた。
「それならまず魔族の侵攻状況からねー。あ、でも〜、これは旬がだいぶ落ちちゃってる古い情報になるけどいいのかなー?」
「構わないわ」
すると、男は左手の指を三本立て、右手の指を一本立てて私の前に突き出してきた。その勢いに私は少し後ろに引く。
「情報の質をお選びくださぁーい。 質の高い情報なら銀貨3枚。普通の質でいいなら銀貨1枚でぇす」
……情報だから銀貨はするとは思ったけど足元を見てくるわね……。魔族の侵攻の方は大まかに把握しておければいいかしら。常に変動するものだしね。
私は銀貨1枚を差し出すと、男は両手で私の手を覆うように握って銀貨を受けとってきた……! ゾワッと悪寒がして思わず手を引っ込める私。
――何この人っ! ああ、早く帰りたい!
そして男はこほん、とわざとらしい咳払いをして話し始めた――
――銀貨1枚分の情報は本当に大まかなものだった。
押し寄せる魔王軍とリムデルタ帝国軍が国境線で激しい攻防を繰り広げていたが、徐々に押され始めている。
既に開戦当初よりも領土は一割瘴気に呑まれ、その地は撤退を余儀なくされたとのこと。
また、Sランク以上の冒険者に依頼し戦力投入しているが油断を許さない状況だ。
大陸反対側のファーザニア共和国でも大体おなじようなものだそうだ。
「魔族に関してはこんなところかなー。さ、次はここからマリスハイムまでの安全ルートだったよね? ……どっちにする?」
男がまた金額を選択させてくる。が、今度は左手を指5本、右手を3本指にしている。
「さっきと違うじゃない!」
私は怒りながら苦情を呈すると、飄々とした様子の男が宣う。
「そりゃそうだよー。安全をお金で買うんだからさっ! ささ、どーするんだい?」
くっ……。この男……。
私は財布の中身を確認する。……高くつくけど、背に腹変えられないわ。
「これで役に立たない情報だったら承知しないわよ」
私は銀貨5枚を男に放った。それを男はまるだ蛙のように大袈裟に飛び上がって両手でキャッチしている。
「そこは安心してよ〜。情報屋ってのは信頼が命なんだからさっ! ガセは言わないよー」
私は訝しげな表情で腕を組んで話を聞く。
「それじゃ、質の良い情報をば〜。こほん」
そう言って男は語り出した――
――悔しいが確かに有力な情報だった。
要約するとこうだ。
ここから、さらに西に行くとウーズ領の集落を抜けた先にある砂漠を通る事になる。
安全を重視するなら、その砂漠のオアシスに出来た小国『グラド自治領』に入り、そこで砂上船を利用するのがいいだろう。
だが、砂上船は旅人には基本貸出しておらず、利用したければ大金を払うか、自治領が抱える問題を一つ解決することだ。
そうして受けた借りを砂上船の利用許可を出すことで借りを返すという理屈だ。
道中もっとも有用な情報はこれだった。知らなかったら歩いて砂漠を超えなければならなかったからだ。
グラド自治領の砂上船の終着点はサリア神聖王国の国境関所となっているためそのまま入国すればいい――
「と、こんなところかな〜」
「わかったわ」
「他には聞きたいことはないのかいー? ボクの事とか〜」
「いいえ、もう十分よ。ありがとう」
「……そっかぁ。まいどあり〜〜」
男は大袈裟に手を振って見送っている。
情報を得るためとはいえ、この気色悪さと嫌悪感はもうウンザリね……。
私は踵を返して早々に去った。
いつもの路地に戻ってきて、私は深い溜め息をつく。
なんだか酷く疲れてしまってもう休んでしまおうと宿に戻ってきた。
部屋に入ると、ウィニはまだすやすやと眠っていた。
なんだかその様子が凄く気持ちよさそうで……
私はついウィニの髪をワシャワシャした。
「んにゃーっ!?」
騒ぐウィニの髪を揉みくちゃにしていたら、温かくて猛烈な眠気に襲われて、そのままウィニを抱き枕にして眠りに落ちたのだった……。
ちなみにそのまま寝たウィニが起きた時、髪は寝癖で凄いことになっていたという。