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Ep.161 Side.C ファーザニア入国

「――それでは我々は帰還致します。ご武運を!」

「はぁ〜い、ありがとうねぇ〜」


 船長はじめ船員達が等間隔に整列し我々に敬礼し、船は来た海路へと進み始める。それをアスカが大きく手を振って見送っていた。


 我らはファーザニア共和国で唯一入国できる港街『サレナグランツ港』へと足を踏み入れた。


 雪で白く染まるこの地を一歩踏み出して感じる重苦しい雰囲気には息が詰まる。ここは既に魔族との最前線まで3日程の距離しか離れておらず、時折こちらにまで魔族の襲撃が発生するのだ。

 その為海側には共和国海軍が常駐し、何隻もの軍船が停泊して警戒に当たっていた。

 街の様相もさながら戦時中のように、高台には射撃兵器で武装している。


 いや、共和国はまさに戦時中であったな。



 港から街へ入る為の検問所へ向かうと、番兵に呼び止められ身分の開示を求められた。

「失礼。東方部族連合の船を降りたようだが、何用で来られた?」


「突然の訪問大変失礼致しますわ。わたくし達は東方部族連合三代表のアスカ、ラムザッド、ナタクと友人のチギリですわ」


 番兵の前にアスカが歩み出て、3族長の証である紋章付きの印を見せ、ラムザッド、ナタクもそれに続く。

 我はギルドカードを提示し、番兵はそれらを検めると、目の前の3人の大物に仰天した。


「さ、三代表の方々が揃ってご来訪とは……! し、失礼致しましたっ! ……皆様がいらした事を軍本部にお伝えさせて頂きますがよろしいですか?」


「もちろんですわ。わたくし達はこれから首都へ向かいますの。リリィベル大統領に重要な要件がございます。そちらでお取次ぎ頂けると助かりますの」


「了解致しました。東方部族連合三代表の方々が首都シュタイアへ参られると通達致します! ではどうぞお通りください」


 検問の責任者と思しき人物が共和国式敬礼をし、我々は答礼して街の中へと歩みを進めた。




 港の検問所からサレナグランツの街に入ると、人の往来はまばらで緊迫した雰囲気が漂っていた。

 無理もない。ここは前線に近く、魔族の襲撃が頻繁に発生し、その度に防衛戦が展開されているのだから。


 港の賑わいは東方部族連合側の港街、ラダラットと同じようなもので、魔族の襲来を警戒して漁業は停止し、入国自体をこの港に限定していた。


 以前であれば陸路からの入国は関所を通って出来たものだが、関所は既に魔族によって占領されている。瘴気の大地に変質させられてしまうのも時間の問題だろう。



「街全体が殺気立っているようだね。やはり魔族との戦闘が常では無理からぬ事か」

「魔族は帝国と共和国に対し同時に攻め寄せて、どちらの戦況も一進一退でござる」

「……いずれ国だけじゃァ押し負けちまうんじゃねェか?」


 我々は宿を取り、部屋に集まって今後の行動を確認する時間を設け、それぞれが口を開いた。


 外の冷気に晒されて冷えきった体を、暖炉を備えた部屋の暖気が包み込むが、このような時に旅人など居るはずもなく、宿は閑散としていて客は我らだけのようだ。


「そうですわラムザッド。だからこそわたくし達がこうして世界を回ってるんじゃありませんの」

「フン。……で、これから首都へはどう行くンだ?」


「首都シュタイアは天然の要塞と詩に聞くでござる。向かう先も道はただ一つのみと」


 ファーザニア共和国の首都である『天然要塞シュタイア』は岩の峡谷の奥に築かれた天然要塞であり、魔族が首都を攻めるには一本道の峡谷を隊列を狭めながら進むか、上空から接近するかの二択となる。


「リリィベル・ウィンセス大統領とは魔族の蜂起以前に一度お会いしたきりですけれど、決断力を備えた聡明なお方ですわ。きっとわたくし達の話に耳を傾けてくださるわ!」


「それならば目下、我らは無事に首都に辿り着く事に専念しようか」

「おう!」

「異論無しにござる」



 意思のすり合わせを済ませた時だった。

 カーンカーンという鐘の音が響き渡ると、辺りが慌ただしくなる。


 窓から外の様子を窺うと、待機していた兵の集団が街の外の方面へと駆けていき、住人らが慌てた様子で走っていく。


 この鐘の音は十中八九、魔族の接近を知らせる警鐘であろう。


 しばらくすると、兵らの統制の取れた掛け声がこちらにまで響き、戦闘音が遠くから反響してくる。


「オイオイ! おっぱじめってンじゃねえか!? 俺らも行くかッ!?」


 拳を打ち付けて落ち着かない血の気の多い黒虎が、興奮しながら今にも飛び出していきそうな程に戦意を迸らせている。

 体が疼いて仕方がないといった様子だ。

 流石の獣人族。血気盛んな事だ。


 しかし、そんなラムザッドをアスカが窘める。


「ここはもう外国ですわよ? わたくし達が要請もなく加勢したら、こちらのお国の面子が丸潰れですわよ〜っ」


「左様。武人の意地にござるな。某らは静観致すが妥当にござろう」


 ナタクの同調もあり、ラムザッドは露骨な落胆顔を晒して舌打ちを一つ。不機嫌気味に床にドカリと座り込む。


 我は後ろ手に杖を握っていた力を密かに緩め、内に滾る戦意を抑制させる事に努めていた。

 ……のは誰にも気取られてはいないだろう。




 やがて戦闘音が収まり街に日常が戻る。

 この街の防衛戦力で対処しきったようだ。厳重な防衛体制であろうが流石と言えよう。


「ここに長居するべきではなさそうだね。出立は明朝にするとして、今日は十分に休息を取らねばな」

「そうですわね。ここから先は強力な魔族に遭遇するかもしれませんわ。心して参りましょう」


「ハッ! 腕が鳴るぜェ!」

「どのような者が相手であろうと、立ちはだかるのならば斬るのみでごさる」


 互いに英気は十分のようだ。

 いよいよ首都へ向けて我らは進むのだ。勇往邁進の意気で、我が大願を成就してみせよう。


 そう己に喝を送りつつ、自分の部屋に戻り支度を済ませ、その日は早めに就寝したのであった。

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