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Ep.194 お店で始まる戦い

 ポルコさんの店には豊富な品揃えが揃っていた。

 家具や旅の道具、小物やちょっとした調度品など、広めの店内に所狭しと商品が陳列していて、見ているだけでも楽しめる。


 ポーションなどの消耗品も普通程度の品質のものは置いているらしい。冒険者にとってもポルコさんのお店は利便性が高そうだ。


 お店を見て回ってると子供向けの玩具なども置いてある。

 ウィニが興味本位で箱をつついていると中からバネが付いた玉が飛び出してきた。


 びっくり箱という玩具だ。ウィニの顔はポーカーフェイスを貫いていたけど、尻尾がしっかりと逆立っていたのを僕はちゃんと見ていたぞ。



 僕達が商品を見て回っている間に店番をしていたポルコさんが、他のお客が居なくなったのもあり、僕達の方へにこにこしながら駆け寄ってきた。


「皆さんにお見せしたいものがあるんですよー! これはすごいですよぉ~! こっちです!」


 そう言って案内された場所へやってくると、ポルコさんが小さな体をいっぱいに伸ばして商品を指し示した。


「ウチは精霊具も置いてるんですけどね?! これは冒険者さんにはとっても嬉しい品だと思いますよ〜!!」


 ポルコさんが一見陶器のような白い卵型の精霊具を取り出すと、床に置いて魔力を送っている。

 すると、みるみるうちに精霊具の底から石が出現して広がり始め、石平たく加工されながら、やがて円形の床と縁を作り出した。


 大人二人分くらいは余裕のスペースの横幅で底のやや深めの、大きな桶みたいだ。この形はもしかして……?


「そしてそちらの精霊具を中に置いて……。こうすれば! あっと言う間に即席のお風呂の完成ですよーッ!!」

「おおっ!」


 ポルコさんは楽しそうに、今度は青い卵型の精霊具を取り出して、石で作られた桶の中に置き、魔力を送っていると、その精霊具から水が湧き出て瞬く間に桶に水が張られる。

 湯気が立ち上っているところを見ると、お湯が出ていたようだ。


 一瞬で姿を現したお風呂に一同驚きの声を上げる。その中でも一際に歓喜の声が交じるのは女性陣だ。


「すごい! これさえあれば汚れたまま旅しなくて済むわね!」

「おおー。お風呂はすき」


 確かに、サヤの言う通りこれがあれば常に清潔さを保つことができそうだ。

 人里から人里に辿り着くまで、魔術で水を出して体を軽く拭くことは出来ても、野営において湯に浸かって疲れを癒す、などどいうことは夢のまた夢の話だったから、まさにこの精霊具は夢のような道具ということだ。


「非常に珍しい代物でした、一点ものの商品となっておりますー! 如何ですかッ?」


「これは絶対買うべきよ! ねえクサビもそう思うでしょ!?」


 サヤは興奮しながらずいずいと詰め寄る。


「う、うん。そうだね……! 皆はどうかな!?」


 僕はサヤの余りの勢いと近さに内心ドキッとしながら、仲間達の意見を乞う。


「おう。便利だしいいんじゃねーか?」

「ん! これほしい」


 ラシードとウィニも否やはないようだ。

 その様子にサヤは満面の笑みで喜び、ポルコさんに向き直る。


「ポルコさんっ! これおいくらですか!」

「はいっ! そうですね! お風呂の土台用の精霊具と、お湯が出る精霊具のセットで、白金貨20枚ですね!!」


「うげ! エグい値段だな……さすがの精霊具か」

「――……。ちょっと待ってくださいね……」


 サヤは自分の財布とパーティ用の財布を取り出し中身を見る。

 その眉間に徐々に皺が寄り、しまいには無念そうに財布を閉じた。


「くぅ……。足りないわ……」

「無理もないよ……」


 白金貨20枚、つまり金貨200枚だ。

 そんな大金を持ち歩いていること自体が恐ろしいよ……。


 そしてそんなものを売りつけようとしてくるポルコさんは、さすがの商売根性というかなんというか、ちゃっかりしているなぁ。


 さぞやサヤも落胆しているだろうと横目で様子を窺うと、むしろサヤの瞳には何かが滾っているように見えた。



「……ポルコさん。もう少しお安かったら、買えそうなんですけど」

「サヤ!?」


 サヤはポルコさんに顔を近づけ、まるで密談するかのように小声でヒソヒソと話し出す。


「……ほうほう。他ならぬお友達の相談です。少しはお勉強させていただきますともフッフッフ!」


 ポルコさんもあからさまに悪い顔を作ってヒソヒソし出した。声が大きいので丸聞こえだが。


「おい、なんか始まったぞっ」

「むむ……! さぁやの本気が、今ここに……!」


 ……こっちの二人もなんか楽しそうだよ。



「……金貨190」

「……金貨150」


 ポルコさんが少しの譲歩を見せると、サヤは強引な値引きを要求する。

 二人とも不敵な笑みを浮かべて怪しく笑い合っていた。


「これはこれは。強気なのも燃えますよ……ッ! ……170が限度です」

「140」

「――ええッ!? そこで下げちゃうのぉぉ!?」


 ポルコさんが素に戻ってしまうくらいに驚いている。

 商人の父を持つサヤとて、ここぞという時に発揮される精神の図太さを持ち合わせている。

 僕なんてサヤに口喧嘩で一度も勝ったことはない。いつも一方的に言いくるめられてしまうのだ。


 ポルコさんの想定外だったのか、頭を抱えて『うーんうーん』と唸りだした。

 そこにサヤがポルコさんの耳元でしっとりと囁く。


「……私とポルコさんの仲です。金貨130は行けますね?」

「お、お友達割り引きというやつですかぁ~!? う、うーん、うーん……」


 さっきまでのお芝居を忘れて勝手に自滅していくポルコさん。

 頭を抱えて唸りながら、商機と友情の間で揺れている。

 傍から見たら、さながら幼児をいじめる悪い大人の画である。


 ポルコさんは完全にサヤのペースに乗せられている。僕はサヤの交渉する姿を末恐ろしい目で見ていた。こういう時のサヤには絶対逆らわないでおこうと心に誓う。


 そしてサヤは優しく微笑むとポルコさんにとどめの囁きを放った。


「……そうです。でも、私もお友達のポルコさんを困らせたくないんです。金貨160枚でどうですか?」

「サヤしゃん……なんと慈悲深いぃぃ! ……わかりました! それでお譲りしましょう!!」



 ポルコ、陥落――――



 と、いうわけで突然始まった値切り交渉によって、岩の土台を作る精霊具と、お湯を出す精霊具の購入は決まった。

 ……長いので『お風呂セット』と呼ぶことにした。


 それにしても今の交渉、よく考えたら無茶苦茶な要求だったけど、ポルコさんの人の良さを突いたサヤに軍配が上がるとは。

 ポルコさんはけっこう慌てん坊なところがあるからきっと冷静な判断ができなかったのだろう……。


 しまいには、サヤは『今持ち合わせがないから取り置きお願いします!』などと言い放ち、ポルコさんを再度驚愕するに至るのだった。



「――というわけだから、依頼頑張りましょうね?」

「「ハイ」」

「さぁやすごい。できる女」


 謎の圧を感じた僕とラシードはただ従う以外になく、ウィニは素直に感動していた。多分あんまり良くわかってない。



 それから、カルアさんが支度を終えて戻ってきて、その日は早めにお店を閉めて僕達を歓待してくれた。

 惨敗を期したポルコさんも何事もなかったかのように満面の笑みで、楽しそうにカルアさんが作ってくれたごちそうを一緒に食べて、その日は楽しいひと時を過ごしたのだった。

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