先日、ポルコさんと奥さんのカルアさんが営むお店『オッティの雑貨屋さん』で、サヤとポルコさんの舌戦の末お風呂セットを勝ち取った。
……のはいいのだが、実はお金が足りなかったので取り置きしてもらっていた。
いつも計画的なサヤにしては珍しく衝動的なやり方だったが、旅先でもお風呂を使えるようになる精霊具は何が何でも手に入れたかったのだ。一点ものならば猶更だ。
僕達もあの精霊具が欲しいと思っていたので、ここは皆で頑張ってお金を稼いで、早くポルコさんのお店に買いに行こう!
と、いうわけで今日は資金を溜める為に冒険者ギルドに来ている。
調べ物も大事だが、依頼も重要だ。どちらも手は抜かないのだ。
見知った顔の冒険者に挨拶しながら依頼を見に行く。
「さて、Bランクの依頼を受けるか、少々危険だがAランクの依頼を受けるのもアリだと思うぜ。どうするよ?」
依頼掲示板に赴いて依頼を吟味しようとしたところでラシードが提案してきた。
僕達Bランクの冒険者は、ギルドの決まりではパーティでならばAランクの依頼を受けることが可能になる。
もちろんその分報酬はいいが、Bランク依頼よりも危険が伴うだろう。あとはAの依頼ならばたった10回こなすだけで次のランクアップへの扉が開かれるという大きな利点もあった。
でもここは今の実力を考慮して慎重に決めないといけない。
どんなに報酬が良くて昇級への近道だろうとも、皆が無事でなければ意味がないのだから。
とりあえず依頼内容を見てからでも遅くはないということで、返答を一旦保留にしてAランクの依頼の掲示板を眺める。
――瘴気の発生源調査
東の海岸沿いの洞窟から、最近瘴気が漏れ出しているとの報告が入った。
濃度の高い瘴気の中では強力な魔物が生まれる可能性がある為、戦闘経験豊富な者での調査が必要だ。Aランク以上の冒険者パーティを求む。
騎士団の殆どが帝国の援軍に向かっており人手不足だ。力を貸して貰えると助かる。よろしく頼む。
報酬 白金貨1枚。魔物遭遇、討伐に際し増額する。
依頼者 サリア神聖王国第一駐屯騎士団長 レイノルド・アルスバーン
……なんだか物々しい雰囲気の依頼だ。これがAランクの依頼か。
これは肩書がAランク以上と明記されている為、僕達では受けられない。他にも目を通してみよう。
――討伐指定対象『グリーン・ソーサリア』の討伐
ギルドで動向を監視していた、討伐指定対象『グリーン・ソーサリア』が、生活安全保障領域内へと侵入した。
このままでは近隣住民に被害が出る可能性がある為、此れを討伐せしめる。ゴブリンの容姿だからと騙されるな。パーティでの対処を推奨する。
報酬 白金貨1枚 依頼者 マリスハイム支部 ギルド安全課
僕はその依頼を手に取ると、ラシードに振り向いた。
「この、生活安全保障領域って?」
「ああ、生活安全保障領域ってのは、要するに安全圏の範囲だな。その領域内に魔物がいない限りは危険はないぞっていう、いわば目安さ」
なるほど。つまりこの魔物はその安全が保障されている範囲に侵入したから、住民に危険が迫っているかもしれないということか。
「それなら大変だ! 助けに行かなきゃ!」
「落ち着いてクサビ。襲われているとは書いていないわ。被害に遭う前になんとかしようってことだから」
突然沸き上がった焦る気持ちがサヤに窘められて、僕はなんとか踏みとどまる。
駄目だな、僕は。誰かが危険な目に遭っているかもしれないと思うと、居ても立っても居られなくなって冷静を欠いてしまいがちだ。もっと落ち着きを持って行動しないとな……。
それにこれはAランクの依頼だ。その相手ともなれば手強い相手なのは確実のはずだ。そんな相手をするのに、僕の衝動のままに一存で決めて良いわけがないんだ。
「そ、そっか……。うん、わかったよ」
「でも、クサビの気持ちはわかってるわ。それ、受けたいんでしょ?」
「――――」
サヤの穏やかな声色に、僕の守護欲求が肯定されたような気分になって、この依頼に対する思いが沸々と高まるのを感じながら皆を見渡した。
ラシードは白い歯を見せて親指を立てて笑い掛けてくれて、ウィニはいつも通りの仏頂面だけどコクリと頷いて、サヤは優しい瞳で微笑み掛けた。
「うん。この依頼を受けたいんだ。危険な相手かもしれないけれど、いいかな……?」
今まで依頼を受けてきた時とは違った緊張感に包まれながら、僕は仲間達に同意を乞う。
皆既に肯定の意を示してくれたけど、言葉に出して確かめたかったのだ。
「おう! 着いてくぜ、リーダー!」
「ん! それでお風呂買お」
「ええ! 気を引き締めて臨みましょう」
皆の眼差しに僕も勇気を貰った。
僕は大きく頷いて、初めてのAランクの依頼を持ってカウンターに向かった。
マリスハイムの冒険者ギルドは他よりも規模が大きく、カウンターには受付けを担当する人が3人立っている。
一人はこの街に着いた時に対応してくれた、長い黒髪が綺麗な人間の女性の『エピネル・フィーザー』さん。キリっとした凛々しい目で、クールそうな印象を受けるが意外と穏やかな、ギャップのある人らしい。
その隣には眼鏡を掛けていて、前髪を分けて額を出した金髪ツインテールの人間の女性『イルマ・ラザイール』さん。明るくハキハキと話していて、しっかりしてそうな雰囲気が漂う。
さらにその隣の、目線を下に向けると立っている、緑色のショートヘアにくりくりとした目のツヴェルク族の女性『アリン・リコライン』さん。朗らかに微笑んでいて、そこだけ時間の流れがゆっくりなのかと錯覚してしまいそうになる。
3人が仕事で手を動かしながら雑談しているところに、僕は声を掛けた。
「すみません、この依頼をお願いしますー」
「――はい。承りますね」
対応してくれたのはエピネルさんだ。
依頼の紙を渡すと、内容を検めたエピネルさんの表情が少し曇ったように見えた。
「この依頼はAランクの依頼となります。クサビさん達のパーティだと、その……手強い相手になるかもしれません」
エピネルさんは眉尻を下げて言い辛そうな様子で心配してくれた。
きっと僕達が無茶をしていると思っているのだろう。
僕らとて、もちろん危険は承知の上だ。でもきっと皆とならやり遂げられる。そんな言葉にできない根拠のない自信が僕の胸の内に溢れていた。
「わかってます。でも被害が出る前になんとかしたいんです!」
僕は決意を込めてエピネルさんに告げる。
「……わかりました。でも、危険な場合は必ず撤退してください。何が何でも、生きて戻ってきてください」
言葉の端々からエピネルさんの強い思いが感じられた。
死と隣り合わせの危険な仕事でも、誰にも死んでほしくないのだろう。
「はい! 必ず皆で帰ってきます!」
皆で強く頷くと、エピネルさんはようやく僅かに笑みを見せた。
すると隣で行く末を見守っていたイルマさんとアリンさんが輪に入ってきた。
「えぴえぴは心配性だからね〜! こういうのよくあるんだよ。気にしないでねっ!」
「ちょっ……イルマさん、仕事中はその呼び名で……っ。……とにかく! お気をつけて行ってください」
「うふふふ〜〜。エピネルちゃんは〜、と~っても優しいからぁ〜」
真面目なエピネルさんを、お調子者のイルマさんが揶揄いアリンさんがそれを見て朗らかに笑っている。
これはよく見る光景らしい。他の冒険者曰く、目の保養とのことだ。確かに和むね……。
「……こほん。いいですか、皆さん。討伐指定対象のグリーン・ソーサリアは、見た目はゴブリンですが中身は別物と捉えてください。その姿に油断して命を奪われた冒険者も多くいるのですから。いいですね?」
咳払いを一つして場の空気を切り替えたエピネルさんの忠告を聞き、僕達は気を引き締める。
「……はい。わかりました」
それから依頼の流れをエピネルさんから説明を受け、正式に依頼を受注した。現地に着いたら偵察の冒険者と合流する手筈となっているようだ。
「それでは、気をつけて行ってらっしゃい」
「危なくなったら帰ってくるんだよ〜!」
「いってらっしゃぁ〜い」
ひとまず依頼を受けた僕達はギルドを後にして、討伐対象の元へ向かうことになり、支度を整えてから、馬車を伴ってマリスハイムの街を出るのだった。