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Ep.196 陰に潜みし協力者

 ギルドで依頼を受けた僕達はマリスハイムの南の門を出て西を目指していた。

 目的の討伐する魔物は、現在はここから西へ馬車で数時間の距離にある遺跡に潜んでいるようだ。


 ラシードに聞いたのだが、僕達が追っている『討伐指定対象』というのはギルドが定めた、魔物の中でも特殊な個体として危険視している、いわゆる賞金首のようなものらしい。


 討伐指定対象の魔物には便宜上、通称で呼ばれて殆どの所在を常に把握しており、生活安全保障領域に侵入した場合は討伐依頼が出されるという流れだ。そうでなくても討伐すればギルドから報奨金が貰えるが、強力な魔物であるが故に必要に迫られない限りはあまり刺激せず、動向を監視するというのがギルドの方針らしい。


 その魔物の偵察も、高ランクの隠密行動に優れた冒険者が行っていて、魔力を通すと遠くの人と会話が出来る『言霊返し』という精霊具を使って新しい情報をすぐに共有しているのだ。


 精霊具は便利で貴重かつ高価な代物だ。だがそれを持っている冒険者は一流と言っていいだろう。

 ……ちなみに僕の持っている精霊具『絆結びの衣』やサヤの『循環の輪』、ウィニの『宵闇の杖』はチギリ師匠から貰ったものだからノーカウントだ。


 自分達の力で手に入れてこそ一流として胸を張れるというものだろう。

 お風呂セットも立派な精霊具だし、もし手に入れることができたら僕達の一流冒険者と言えるかな。


 ……おっと、また油断していた。

 聖都の近くとは言え魔物はいる。気を抜かないようにしなければ。



 そして数時間の後、偵察任務を受けた冒険者との合流地点に辿り着いた。

 遠くに古びた遺跡が見える。おそらくあれが魔物が潜む遺跡だろう。


「――アンタ達か。討伐依頼の冒険者は」

「――――っ!」


 突然すぐ近くの背後から声がして、全員が即座に振り返って距離を取り武器に手を掛けた。

 まったく気配がしなかった。五感に優れたウィニですら何の異常も捉えていなかったくらいだ。


「待て待て! すまない、落ち着いてくれ!」



 と、ひと悶着起きかけたがなんとか事なきを得た僕達は、突然現れた自称陰が薄い冒険者の『ノクト・ニュクサール』さんと合流した。


 ノクトさんはまるで影のように黒一色で統一された出で立ちをしていた。さらには黒髪に色黒な肌、瞳に至るまで黒という徹底ぶりの容姿だ。


「突然驚かせてすまなかった。どうも普通にしてても気付かれにくい性分みたいで、俺は陰が薄いんだ……。これでも認知してもらおうと頑張っておでこを出してみたりはしてるんだが……」


 うーむ。おでこを出しても色黒だからあまり意味はない気が……。って、何故におでこ? それに陰が薄いというより、むしろ影では……いや、やめとこう。


「そ、そうか。苦労してんだな……。とりあえず仕事の話といこうぜ……?」

「そうだね、ノクトさん、よろしくお願いします」

「ああ、わかった。じゃあ早速だけど――――」



 僕達は遺跡が望める離れた場所で、討伐の為の打ち合わせを始める。

 僕達がBランクだと聞くと、ノクトさんは偵察だけでなく、戦闘にも参加してくれるという。驚かせたお詫びだとも言っていた。

 戦闘面は大丈夫なのかと思ったが、なんと彼はAランクの冒険者だったのだ。


 いや、それもそうか。常に一人で危険な魔物を偵察しているほどの人だもんな。僕達よりも実力のある先輩なのだ。

 失礼な事を考えたことを、心の中で謝罪した。


「グリーン・ソーサリアは今もあの遺跡に留まっている。奴が見た目はゴブリン種と変わりないが、魔術の力は油断できない」

「ゴブリンが……魔術を使うんですか?」


 僕はノクトさんが紡ぐ言葉に驚きを隠せなかった。ゴブリンはただ衝動のまま、欲望のままに人に害を及ぼす存在で、魔術を構築するほどの知能はないと思っていたのだ。


「……使う。確かに殆どのゴブリンは馬鹿だ。故に魔術を使う概念はなく襲い掛かって来る。だけどグリーン・ソーサリアは全くの別物だ。見た目に騙されるな、とはそういうことだ」

「なるほど……。わかりました」


「話の続きをするぞ。……奴は主に火の魔術を使ってくる。種類も多彩だから油断しないようにな。それからもう一つ警戒しなければならないのが、闇属性の魔術だ」


 闇属性魔術……。聞いたことはあるけどこの目で見たことはないな。

 主に精神に直接攻撃を加える類いの魔術だそうで、物理的な防御を無視できる分厄介だという。


 闇だからと邪悪であるとは一概には言えないらしいが、魔術が及ぼす効果の内容からは、あまり良い印象はないなあ。


「――どんな闇魔術を使ってくるんですか?」


「確認されているのは、相手の精神を侵食して発狂させる魔術だ。これを喰らうと場合によっては精神が破壊されて、廃人同然になってしまう人もいるそうだ。俺みたいに心の弱い奴は特に危ないな……」

「そ、そうなんですね……」


 ノクトさんが説明している途中からだんだん俯き始めて、やがて完全に悶々として下を向いてしまった。何かを思い出したのか、彼の中で何かがあったようだ。

 まるでノクトさんの場所だけ影が差しているように鬱屈としてしまい、質問したサヤも苦笑している。


「グリーン・ソーサリアについてはわかったぜ! じゃあ実際どう攻める?ここはやっぱ奇襲か?」


 ラシードが明るめの口調でノクトさんの心を引き戻すと、はっとして我に返ったノクトさんがおもむろにしゃがんで地面に円を描いていった。


「そうだな。……これが遺跡として、俺が反対側へ回って合図を送る。君達は他の三方向から一斉に攻めて、混乱している間に誰かが討ち取るんだ」


 少し不安の残る作戦に思えたが、今出来る奇襲はその程度しかできないのも事実だろう。あとは互いに援護しながら倒すしかない。


「わかりました。じゃあ僕とラシードで側面に、サヤは正面。ウィニはサヤの後方から援護を」

「わかったぜ!」

「了解よ。気付かれないように移動してね」

「どきどき」



 そして僕達は、遺跡を大きく迂回するように周り込み、魔物に気付かれないよう慎重に配置についた。


 ……いた! あれがグリーン・ソーサリア……。

 あの緑色の肌に醜悪に歪む顔。本当に普通のゴブリンと大差ない見た目をしている。

 唯一違うとすれば、ゴブリンが纏うようなボロ切れではなく、ボロボロに破けているが法衣のようなものを着ており、杖を装備していた。


 奴は今地べたに座り、どこからか奪ったのか持ち物を広げて物色している。


 その奥には崩れた遺跡の瓦礫の陰にラシードが潜み、左側面にはノクトさんが影に溶け込むように潜んでいた。

 右側面、遺跡の入口と思しき地点ではサヤとウィニが準備を終えている。



 グリーン・ソーサリアの背後でノクトさんが自分の短剣を掲げて刃を傾けて、太陽の光を数度反射させた。


 ――合図だ!


 僕は瓦礫の陰から一気に飛び出し、一直線にグリーン・ソーサリアへと駆け出した!

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