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Ep.198 見出された勝機

 相手を吟味し一瞥するグリーン・ソーサリアと目があった瞬間、強い殺気を身に受けた。

 僕を標的と定めると杖を振り、無詠唱の魔術を放ってくる。


 大きな火球が地面を焦がしながら猛然と迫ってくる!

 受けてはいけないことを本能で感じ取っていたのか、僕の足は無意識に回避行動を取っていた。


 横っ飛びで回避するとすぐ横を火球が飛び去り、そのまま遺跡の瓦礫に着弾し、爆発を起こした。

 あれに当たっていたら無事では済まなかっただろう。


 杖一振りであんな強力な爆発を起こすような火球を生み出すなんて……。


 ――駄目だ! 圧倒されている場合じゃない! どんなに強敵でも心は負けるわけにはいかないんだ!



 魔物が僕を標的にしていた間も仲間達が必死に打開せんと攻寄るが、やはり障壁によって弾かれてしまう。


 こちらが削りきられる前にあらゆることを試すしかない。


 ノクトさんが背後から短剣を突き立てるが徒労に終わる。即座に反撃せんと魔物の注意がノクトさんに向いて魔術を繰り出すが、ノクトさんは最小限の動きですべての攻撃を回避していた。


 無駄のない身のこなしだ。これがAランク冒険者の動きか。

 注意を払っているノクトさんなら攻撃を受けることはきっとないだろう。


 ならば、今のうちに……!



 僕は剣を正眼に構えて、目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。

 集中するんだ。もっと深く……。


 あの時、シャドウヴォアが巣食うダンジョンの中でやった時のように……!


 すぐ近くで聞こえていた戦闘音が次第に遠のいていく。

 急いていた鼓動が徐々に凪いでいく……。


 目を閉じてから実際はものの数秒の間だったが、体感ではもっと長い時間そうしていたように感じた。


 そして目を開ける。

 僕は標的を捉えながら前進した。いつもより軽やかに体が動く。

 そうだ。あの時感じた感覚はこの感覚だ。


 魔力を込めた剣に赤い軌跡を追従させながら駆ける。

 燃える剣撃よりも鋭く強力な熱剣を、ノクトさんを狙っているグリーン・ソーサリアのうなじへ、再度熱剣を滑らせた!


 ――――ガッ! ギィィィィン! ――――


「――ッ!?」


 赤い軌跡を帯びた僕の袈裟斬りは、グリーン・ソーサリアの障壁に接触し、一瞬拮抗したその直後、僕の体に計り知れない衝撃が襲った。


「――あぁ……っ!」

 深く集中し心が凪いだ状態での斬撃は、決して勢いのあるものではない。流れるように、むしろ緩やかな挙動で繰り出したのだ。

 それなのに、今僕はまるで全力疾走する猪に正面から衝突したかのような衝撃を受けている……!


 ……おかしい。勢いと返って来る反動が釣り合わない――


 衝撃で脳が揺さぶられ、危うく気絶寸前のところでなんとか正気を保ち、剣を構える。

 近くで応戦していたサヤやラシードも僕が受けた衝撃に違和感を感じているようで、驚きの表情が浮かぶ。


「クサビ! 大丈夫!?」

「……大丈夫……っ。だけどあの障壁、やっぱりただの障壁じゃないみたいだ……!」


 違和感はあるんだ。もう少しでなにか掴めそうな、そんな気がするんだけど!



「……ガイアソーン」


 ここでウィニの援護魔術が発動した。


 グリーン・ソーサリアの足元から隆起した地面が突き出すと、それは案の定魔物を守る障壁に阻まれた。グリーン・ソーサリアは地面の棘に押し出された反動で宙を舞った。


「――はっ!」

 そこにすかさずサヤが剣風を飛ばす。


 サヤの刀身から放たれた風属性の鋭利な刃が魔物に迫ると、明らかな焦りの表情で身を翻して剣風を回避し、急降下して着地した。


「…………?」


 ……今、確かに奴は困惑していた。それに剣風を障壁で防げるだろうにわざわざ避けたのだ。


 この違和感を持っていたのは僕だけではないようで、疑念の表情を魔物に向けていたラシードの表情が確信に変わった。


「……もしかしたらだがよ、アイツ……」

「……空中では障壁が出ない……?」


 その途端、仲間達の瞳に希望の色が彩るのが見えた。

 ラシードも僕と同じ結論に至ったのだ。さっきのグリーン・ソーサリアのあの焦りようは明らかにおかしかった。まるで何が何でも避けなければならないと言わんばかりに!


 暗く陰を落とした心に一筋の光明が差す。

 ……ならば試してみるしかない!


「なんとかしてアイツを浮かせればいいのね!」

「わかった。やる!」


 圧倒的不利の状況で低迷していた皆の戦意が戻って来る。

 そこに短剣の連撃で牽制し続けているノクトさんが、追風のようにさらなる朗報をもたらした。


「観察して気付いた事がある。この障壁はおそらく、受けた威力と同じだけ跳ね返すものだと思う!」


「……なるほどな。確かに突きで牽制してた時の反動は大したこと無かったぜ!」


 そうか! 感じていた違和感はそれだ!

 強い力で障壁を破ろうとすればするほど、より強い衝撃となって自身に返ってくるのだ。

 なんという剣士の天敵だろうか。相性は最悪の相手だ!


 だが、打倒魔王を誓った僕がそんな事じゃ、到底使命は果たせないじゃないか。この難局を乗り越えるんだ、皆で!



「そしてもう一つ、障壁を張ってる間はこの通り動けないようだ!」


 ノクトさんが見事な足捌きで連撃を与え続けて障壁を張らせ続ける。その間グリーン・ソーサリアの体が固まるように動かなかった。


「――! ……それなら、後はやることは決まってるよな!」

「ええ! 私達は手数で障壁を張らせ続けるわ!」

「その間にウィニ! 頼んだよ!」

「ん! 時間稼いでほしい」


 ピースの欠けたパズルのように何も分からなかった攻略法が、一つの勝機というピースを見つけた途端に次々とパズルにはめ込まれて行く。


 奴がまた大きな魔術を仕掛ける前に仕留める!


「行くぞ! 皆!」


 ここで勝負を決める為、全員が動き出した。


 四方に取り囲み、僕達は極めて軽い攻撃を繰り出し続けて、相手の障壁を張らせ続ける!


 後方ではウィニが杖を立てて集中し、魔術の構築を開始。


 とめどない攻撃に晒されたグリーン・ソーサリアは身動き出来ず、反撃もできない状況に僕達の魂胆を悟ったようだ。これから起こる自身の運命に明確な焦燥を露わにする。


「お水は苦手……。でもできた! ――アクアガッシュ!」


 ウィニが杖を相手に向けると、グリーン・ソーサリアの足元から水が発生し、勢いよく渦を巻くように回転すると中央に集まり、そして一気に空に向けて打ち上がった!


 グリーン・ソーサリアが障壁ごと押し出されて打ち上がる! 地面から足が離れた瞬間障壁が消滅し、アクアガッシュの水鉄砲が体を高く押し出していた。


「今だ!」


 僕はグリーン・ソーサリアを追うように跳躍して剣を構える!


 今度こそ倒す!


 グリーン・ソーサリアとの距離がみるみるうちに縮まり、剣の間合いに入った!


「くらえ――――」

「――ギャギャーーッ!」


 ――剣を振る瞬間、グリーン・ソーサリアが恐れの表情を浮かべながら杖を僕に向け、禍々しい波動を飛ばしてきた……!



 ――これは……っ!

 これは奴の闇属性の魔術……!? しまった……!


 波動を受けた直後、まるでおぞましい『何か』が両耳の穴から入り込み、僕の頭の中を這いずり回るような、言い知れぬ感覚と不快感が僕を襲った。


 そして『何か』に脳が掻き乱されると、それは爆発的な拒絶感へと変貌し、僕の意識は精神の中へと連れ去られた――――

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