「――――ッッ……ッ!」
真っ暗で何も無い場所に一人立っていた。
とても静かで、寒い……。
ここはきっと僕の心の中だ。闇魔術を受けて侵食された僕の……。
理解していてもどうすればいいのか分からなかった。
今この時も僕が『何か』に侵食されていくのがわかる。
僕の記憶、大切な思い出、そして僕自身の存在が――
真っ暗な空間にヒビが入り始める。自我の崩壊が始まってしまった。
このヒビが全体に渡り、砕ける時、きっと僕は現実では廃人になるのだ。
ただ壊れていく自我を、ただ見ていることしかできない…………。
「(――君は……いや、僕は、それでいいのか?)」
「……えっ?」
空間に微かに響く声。それは紛れもない僕自身の声だった。
それは僕自身も気づいていない部分の僕。
「(こんな所で終わるのか?)」
「終わりたくないよ……! ……でも、どうすればいいのかわからないんだ……」
空間に走るヒビがさらに広がっていく。
「(思い出すんだ。父さんと母さんが、村の皆が殺されたあの日味わった思いを)」
……悔しかった。次々と殺されていく馴染みの人達を、見ていることしかできなかった無力な自分が。
……悲しかった。思い出される最後に見た父さんの穏やかな表情。母さんの最期の笑顔。その二人にはもう二度と会えないことが。
……許せなかった。僕の全てを奪った魔王が……!
「(思い出すんだ。僕をいつも気に掛けてくれる人が居ることを)」
……そうだね。僕には大事な仲間がいる。
ウィニは世話が焼けるけど、困っているとなんだかんだで支えてくれるんだ。
ラシードは知識も豊富でいつも色々なことを教えてくれる、凄く頼りになる兄さんみたいな人なんだ。
チギリ師匠も、生き残る術を叩き込んでくれて、師匠に出会ってなかったら僕は挫けていたかもしれない。
サヤは、僕が守りたいと思う大事な人だ。サヤの存在があったから、憎しみに囚われない在り方を目指そうと思ったんだ。
僕はサヤと一緒にこの使命を……。
その時、何もない真っ暗な空間に、僕のサヤとの記憶が映像として浮かび上がった。
そのどれもが僕に向けて心配し涙を流す、悲しむサヤの姿だった。
……そうだ。決めたんだ。忘れるところだった……!
サヤにあんな悲しい顔を二度とさせないと!
…………帰らないと!
「(そうだよ。僕にもう一度問うよ)」
「(――こんな所で終わってもいいのか?)」
「いいわけ……ない!!」
声を張り上げて意思を何もない空間にぶつける。
その時、真っ暗な中に足元で何かがキラリと煌めいた。
実体のない光だ。
僕はそれを両手で掬うように拾い、手で包み込んでその光に向けて想いが伝わるように願った。
両手で包み込んだ光が漏れ出すほど強く、眩く輝いて空間の全てを光で満たした!
そして空間に立っていた僕を呑み込んで、精神が現実へと舞い戻る――――
「――ッ!」
戻った! グリーン・ソーサリアの闇魔術の支配から脱出できた!
そしてその標的は目の前、剣の間合い……!
僕は剣を構えている。
「――うああああッ!」
三度、首を狙った横一閃の斬撃を放つ!
「ギャ…………」
刃はついにグリーン・ソーサリアの首へと至り、容易く切断させた。
短い悲鳴を上げたグリーン・ソーサリアの首が飛ぶ。
「おっしゃぁ!!」
着地した僕はラシードの歓喜の声を背に勝利を認識すると、膝の力が抜けて体制を崩して膝をついてしまった。
「あっ! クサビ、大丈夫……?」
サヤがすかさず駆け寄って顔を覗き込む。
「アイツ、クサビに何かしてたわよね。……なんともない?」
「……なんとかね。闇の魔術に、危うく戻ってこられなくなるところだったよ」
ハッとしてサヤの表情が曇る。
僕はそんなサヤに感謝を告げる。いつしか使命と同じくらいの大きさで、サヤと共にいたいという願いが芽生えていたことに、あの真っ暗な空間の中で気付いたから。
「サヤのおかげだ。ありがとう……!」
「……?」
きょとんとするサヤに、僕は抱き締めた。
二度と会えなくなるところだったと思うと急に怖くなったのだ。
「――えっ、ちょっとクサビ!? …………皆見てるわよ」
「――あっ、ご、ごめん! 僕……っ」
我に返ると途端に恥ずかしくなって、慌てて離れる。
周りを見ると、ニヤニヤしているウィニ、やれやれといった様子のラシード、
……そしてその陰から恨めしそうな眼差しのノクトさんがじっと見ていた……。
その後、グリーン・ソーサリアの討伐の証に体の一部を入手して、僕はトドメの直前に何があったのかを皆に語った。
「……それは明らかに闇魔術だ。だがそんな強力なものを食らったら、普通は即廃人だろう……」
「クサビ、お前よく正気に戻れたな……」
闇魔術に洗脳や発狂させるものがあるのはさっきノクトさんが言っていたけど、あの時グリーン・ソーサリアが僕に放ったのは、それよりもかなり強力な類いではないかと言う。
「……母さんは、僕が勇者にも負けない心の強さを持っていると言っていた事があるんだ。関係あるかは分からないけど……」
母さんは、僕が勇者の血を引いていることを知っていたはずだ。もしかしたら僕の中にも勇者の力が備わっているのでは……。
確かに以前、魔王を直視しても僕は正気を保てた。
買い被りすぎかもしれないけど、それが意思の強さとして受け継がれたのだとしたら、僕は魔王に対抗できるかもしれない。
だが、今回は危うかった。皆の存在が僕を救ってくれたんだ。僕自身の精神力もさらに強くならなければならないんだ。
僕の中にまた一つ指標ができた。目指すもの、姿は多くて遠く険しいけど、そうしなければ魔王を倒し、世界に希望を齎すことができないのなら、僕はやる……!
「……何はともあれ、なんとかなったわね」
「ん。わたしおなかすいた」
ウィニのお腹も一緒に主張している。
「ははっ! んじゃここで飯にしてから戻るか!」
「ああ。俺も街まで同行させてくれるか?」
「もちろんですよ! 今回はかなり助けられましたし!」
討伐指定対象『グリーン・ソーサリア』
その討伐を辛くも達成する事ができた僕達は、食事をしてからノクトさんと一緒にマリスハイムへの帰路に着くのだった。