Aランクの依頼を受けて、偵察と追跡の依頼を受けていたノクトさんと共にグリーン・ソーサリアを倒した僕達は、ギルドに報告したあとノクトさんと別れた。
ノクトさんは再び別の討伐指定対象の魔物の追跡を受けるという。無事の遂行を祈るばかりだ。
そしてその後の僕達はBランクの依頼を手分けして受けたり、王立書庫で情報を集めたりしていたらあっと言う間に一週間が経過していた。
今日は皆で自由時間にしようと決めて、それぞれ好きな時間を過ごすことになった。
サヤは貯まったお金を握り締めてポルコさんのお店に、頭の横側で結わえた赤いポニーテールを揺らしながら上機嫌に出掛けていった。
買うものはもちろん、魔力を注ぐと簡易的な浴槽が生成される精霊具通称『お風呂セット』だ。
ラシードはマリスハイム中を巡って良いお店を探しに行くと言い、それを聞いたウィニは『つれてけ』と言い、ラシードは慌てて逃げるように出掛けて行った。
それをウィニはよだれを溢れさせながら追っていった。きっとウィニはラシードにご飯をたかるつもりなんだろう。
それにしてもラシードも食べ歩きが好きだなあ。出掛ける時何故か鼻の下が伸びきってだらしない顔になってたけどさ。
僕はいつも通り王立書庫に入り浸るつもりだ。
そう言うと皆も一緒に行くと申し出てくれたが、今日は皆の好きな事をしてもらいたいので断った。
とはいえ肝心の勇者のことや神剣のことについての記述は未だ見つからず、少々行き詰まり始めていた。
もし調べ尽くしてもこのまま何もわからなかったら、もう手掛かりがない。情報を求めてアテのない旅をすることになってしまうだろう。
そうなってしまっては先に世界が魔王によって支配されてしまうかもしれない。
それはなんとしても阻止しなければならない。
王立書庫を利用するようになってから、勇者に関連する情報は僅かに入手してはいた。しかしそこから新しい発見に結び付くような記述はなかった。
分かった情報といえば、勇者と共に戦った4人の英雄達の名前くらいだ。
――類稀なる神聖魔術の使い手にして、ここサリア神聖王国建国のきっかけとなり、その癒しの力で数多の命を救った『聖女』と呼ばれた魔術師の女性『サリア・コリンドル』
魔王封印後は今のサリア大陸に居を構え、変わらず人々を救って回ったという。
――人と獣人の混血の剣士『ウルグラム・カリスタ』
金の瞳と銀の瞳の、両眼に魔眼を宿すその男はどんな武器をも手足のように使いこなし、背負っていた様々な武器を使い分けながら戦った武器の扱いの天才であり、いつしか付いた異名は『武の申し子』
魔王封印後の行方は一切記されていなかった。
――長剣と盾を巧みに操る女性の剣士で、ファーザニア共和国の原型であり当時のゼルシアラ王国建国の立役者とも言われている『シェーデ・ゼルシアラ』
魔物によって滅ぼされた没落王家の末裔であり、その再興を目指す途中で勇者と行動を共にしたという。
桃色の長い髪を靡かせて氷を操る精霊フェンリルを従えて戦場を駆ける様に『桃氷の剣姫』と呼ばれた。
魔王封印後は今のファーザニアの地に戻り、人々の支持と協力を経て王家を再興させた。
――精霊達に育てられたとされる事以外、出自不明の謎の男性『デイン・マナリス』
彼は物心つく時には既に盲目であったとされるが、彼自身の魔術の才能や視力以外の感覚に秀でていたのもあり、不自由もなく勇者と行動を共にしたという。
そして彼は姿の見えない下位の精霊とも会話ができたとされる。
天才的な魔術の使い手であり、自ら編み出した光の剣を生み出す魔術を用いて前線でも活躍し『光刃の術師』として記録されている。
勇者の仲間達は例外なく強力な力を持った人達だったのが、本の記述でも読み取れた。……まあ、盛られているのかもしれないが、それでも凄い人達なことに変わりはないだろう。
だが、僕はここまで探してきて明らかな違和感を覚えていた。
仲間の名と人物像は知ることができた。
なのに、不自然なくらいに勇者に関する情報だけが見当たらないのだ。
……おかしいじゃないか。普通こういう記録や英雄譚には、世界を救ったパーティのリーダー的存在である勇者が最も広く伝えられて然りではないだろうか。
……以前にも脳裏を掠めた疑念が再び強まるのを感じる。
――勇者に関しての記録が、意図的に隠されているのではないか、と。
勇者の情報もそうだが、解放の神剣のこともだ。
もし、その情報を誰にも知られてはいけない情報なのだとしたら、それは何故なのか……?
憶測でしかないけれど、僕は一つの可能性に行き着いた。
もしかしたら、それは『解放の神剣を守る為』かもしれない……。
そう思いついた理由は、僕が……いや、解放の神剣が狙われたのは魔王が復活してからすぐのことだ。
何故神剣が狙われたのが今だったのか? もっと前に魔族が探しに来なかったのは何故か?
――それは魔王しか知らない脅威だったから。神剣は魔王にとって、復活してすぐに探させる程の脅威だったのではないか。
「……誰も知らなかったんだ。人も、魔族も……」
僕はぽつりと言葉を零した。憶測でしかないこと仮説がまるで真意であるかのような感覚が強まっていく。
解放の神剣の危険性は魔王しか知らない。
ならば誰にも知られなければいい。剣の使い手である勇者に関わる情報もろとも、確信に迫るような情報はひた隠しにし、ただぼかした内容を英雄譚として語り継いだ……?
いつか封印した魔王が復活した時の為に。
封印が保っている間、狙われることがないように。
だが、情報を秘匿したまま時が過ぎ去り、本当に誰からも忘れ去られた……としたら……?
確信めいた予感が僕の鼓動を貫いた。
これが真実であった場合、もはやここを探しても何も見つからないという落胆と、一歩核心に近づいた手応えが同時に襲ってきたのだ。
……いや、きっとこの程度の考察なんて、もっと頭の良い人ならすぐに思いつくはずだ。
それでも一切の情報がないのには、別の理由があるのかもしれない。
……とにかく、僕は愚直にひたすら探すしかないんだ。僕は頭が良いわけでもないし、器用でもないのだから。
「……クサビさん、…………クサビさんっ」
「……あっ、はいっ!」
本を読み漁っていると突然声を掛けられて、僕は少し驚きながら生返事を返してしまった。目の前には本を何冊も持ってまま、やや遠慮がちな様子の黒髪の女性が立っていた。
この人は王立書庫の職員さんの一人、案内係の『ルピネル・フィーザー』さん。
冒険者ギルドに務めている、エピネルさんの双子の妹だ。
そして視界に映った窓から差し込む赤々とした光に、もう夕方だということを知る。
あれからずっと文献を漁っていたのだ。
「閉館時間になりましたよ、すみませんが本をお戻しください」
「もうそんな時間! すみませんっ、すぐ戻しますので!」
「お手伝いしますよ」
僕は慌てて机の本をまとめ始めると、ルピネルさんが控えめに笑顔を咲かせて手伝ってくれた。姉はクールな印象だけど、妹はどこか引っ込み思案な感じだ。
「すみません、僕、早く出ていかないとルピネルさんも帰れないですよねっ」
「そんなに焦らなくて大丈夫ですよ。ずいぶん集中されてましたから、お声掛けするのも憚られて……。ついギリギリな時間になってしまいました」
ルピネルさんは本を纏めながら、さらに言葉を続けた。
「クサビさんは、おとぎ話を調べているんですか?」
「というかは、勇者について、ですね」
「なるほど。……勇者に関しては極端に情報が少ないですから大変ですね」
本棚に一緒に本を返しながらそんな話をする。
やはり少ないのか……。
「……どうしてあんなに熱心に勇者のことを?」
「それは……ちょっと込み入った事情がありまして……はは」
どう答えた物かと、つい笑ってごまかしてしまう。
「そうなんですね。きっと余程の事情があるんですね」
「はい……。でもなかなか難儀してますよ」
ルピネルさんは深くは踏み込んでこなかった。話すにも長くなるのでその気遣いには助かるなあ。
「……では、私も何か見繕って差し上げますね」
「え? いいんですか? それは助かります!」
「ふふっ……でもあまり期待しないでくださいね……?」
ルピネルさんの目尻が下がり、本返却の作業に戻った。
「手伝ってもらってすみません」
「いえいえ。またご利用くださいね」
本の束を返し終わった僕はルピネルさんに一言挨拶して王立書庫を出る。
目的達成にはまだまだ時間がかかりそうだ。
それでも地道に頑張るしかないと意気込んで、マリスハイムの街に流れる水の音を聞きながら、明日に備えて宿に戻るのだった。