「――――師匠…………っ!!」
僕とサヤは懐かしい姿に思わずチギリ師匠の元へ駆け寄る。
本当に師匠だ!
「チギリ師匠! お久しぶりです!」
満点の笑顔のサヤが師匠に抱き着くと、師匠はサヤの頭に優しく手を置いて口角を上げると僕を見た。
「サヤ、壮健そうで何よりだよ。……クサビ、少し背が伸びたな。……それから、ウィニよ」
師匠が目線を僕の横に視線を移すと、僕の後ろからウィニがひょこっと顔を出して僅かに笑みを見せた。
「よぉ、ししょお」
「ふふっ。相変わらずだな。君達との再会を嬉しく思うぞ」
「ちょっとチギリ? わたくし達にも紹介してくださらないかしら〜?」
師匠の後ろから師匠と一緒にやってきた人達が近付き、クリーム色の髪の耳長人の女性が朗らかな表情で声を掛ける。
「おっと、それは後ほど設けるとして……。ほら、その前にギルドマスター殿が唖然としておられるぞ?」
師匠は横の女性から、口をあんぐりと開けて佇んでいるレドさんに視線を移した。
そういえばここはギルドマスターの執務室だった。師匠に会えた事の喜びで、緊張と一緒にすっかり心の蚊帳の外に放り出してしまっていた。
「久しいなレド。随分白んでしまっているが面影はあるぞ」
「耳長人と人間の寿命の差だろうに。……お主はちっとも変わっていないなチギリよ」
レドさんは落ち着きを取り戻して師匠に言い返す。
師匠の口振りから察するに、この二人は旧知の仲のようだ。
その後レドさんは、師匠達の到来はむしろ好都合ということで、この執務室に総勢10名という人数が所狭しと一堂に会する事となった。
「――と、思わぬ大所帯になったが……現状は今説明した通りだ……」
先程僕達に説明した事をもう一度師匠達にも伝えたレドさんは、どこかお疲れの様子だ。
それもそのはず、ここに居る人の中には超大物が混じっているからだ。
師匠に伴ってやってきた耳長人の女性と、獣人の男性、そして東方文化の戦装束を着た男性は、僕やサヤ、ウィニの出身である東方部族連合の為政者達だったのだ。
そんなメンツにギルドマスターといえど気疲れするのも無理はなかった。
僕達にとっても、言うなれば所属する土地の直接の最大権力者が全員揃っているのだから気が気でない。
「概ね理解したよ。それで国王が勇者の血を引く弟子のクサビと話があるというのだね?」
「左様。王家には古より守り抜いてきた、ある秘密があるのだよ。それを今こそ世界の為に明かすべきと王は断じたのだ」
……なんだか凄い話になってきたぞ。
でも王国が抱える秘密……。それがもし勇者や神剣の事であるなら、王様に会えば何か進展するかもしれない!
う……また緊張してきた…………。
「ふむ。王家が秘匿する事柄は果たして……か。クサビ、君はどのような返答をもたらすかな?」
「……僕は王様に会ってお話を聞きたいです。それでこの剣の力も取り戻す手立てが見つかるかもしれないですから……!」
僕は師匠とレドさんを真っ直ぐ見据えて答える。
その様子にレドさんは満足そうに頷いた。
「あいわかった。ではその旨王に伝えよう」
「レド、我らも同席する事を忘れないでくれよ? 王に話がある。我らは元よりその為に聖都に来訪したのだ」
「もちろんその旨も伝えよう。お主らの目的は王も既に想定している。そしてその回答は是であろうな」
「それは話が早くて助かるよ」
これにて執務室での話は閉幕となり、各々が席を立ち退室したのだった。
そして僕達とチギリ師匠とそのお連れの方々とギルドを出て、外で互いに向き合った。
「――チギリ〜? もうそろそろ良いのではなくって?」
「……おお、そうだったな」
耳長人の女性が師匠を小突いて頬を膨らませた。と思えば次の瞬間にはこちらを見て微笑んでいた。
「紹介が遅れたな。これはアスカ・エルフィーネ、一応旧友だ。その黒いのがラムザッド・アーガイル。この赤い陣羽織の武士は馴染みがあるだろう、ナタク・ホオズキ。そしてファーザニアから同行しているマルシェ・ゼルシアラだ」
師匠が雑に連れの仲間達を紹介していく。やはりアスカ様とラムザッド様、ナタク様は名前は知っている。東方部族連合を取り纏める3族長が一同に会している物凄い光景だ。
――その時、サヤが突然跪いた。
「ご高名な方々と知らず、御無礼を致しましたっ! サヤ・イナリと申します!」
「クサビ・ヒモロギ……です!」
その敬意は3族長に、特に僕とサヤの部族の長であるナタク様に向けられたもので、僕もそうする立場だと気付いてサヤに倣って膝を付いた。
ウィニは仏頂面のまま、特にいつも通りだったが。
「イナリに……ヒモロギ…………。そうか、お主達が……。よくぞ生き抜いていてくれた。さあ、早く顔を上げて立つでござるよ。我らの間に畏まった敬意は不要でござる」
ナタク様の暖かい声が胸に染みる。僕とサヤは立ち上がってナタク様と握手を交わした。
「オメェ、猫耳族か? 部族は何処だ?」
黒い虎の獣人であるラムザッド様がウィニに鋭い眼差しで投げかける。するとウィニは両手を腰に当てて胸を張りドヤ顔……通称ドヤポーズで言い放った。
「おとーさんはソバルトボロス。おかーさんはエッダニア。猫耳のカルコッタに属す者にしてさいきょうの魔術師! わたしの名はウィニエッダ・ソバルト・カルコッタ!」
――――てってれー♪
なんか僕の脳内にそんな効果音が響いた。
「だははは! その口上は紛れもねェカルコッタ族だな! この前オメェの親父に会ったぞ! 骨のある良い戦士だったなァ!」
「むむ……! そこくわしくっ」
大笑いするラムザッド様に飛び付いてじゃれつくウィニ。一瞬で懐いたようだ。
「ラシード・アルデバランだ。高名な冒険者に出会えて光栄だ! それにお師匠さんの事はクサビ達から良く聞いてるぜ! よろしくな!」
「ああ、よろしく。弟子と共に苦難を乗り越えてきたのだな。力になってくれたこと、感謝するよ」
ラシードと師匠が握手して友好を示し合う。
「初めまして、マルシェ・ゼルシアラと申します。チギリ様の崇高な目的に賛同し、同行している者です。そして貴方の目指す道にも痛く感銘を受けました」
「マルシェさん、よろしくお願いします! ……ゼルシアラって、あの勇者と旅した英雄の?」
桃色の髪に片目を隠した女性、マルシェさんが礼儀正しく挨拶をしてきた。僕とサヤも少し畏まって礼を返す。
そして僕は彼女の名前が気になった。
「はい! 我がゼルシアラ家はかつて勇者と共に魔王から世界を救った英雄、シェーデ・ゼルシアラの血を引く家系です! 幼い頃より冒険譚が好きで冒険に憧れていました!」
突然興奮した様子で饒舌に語り始めるマルシェさん。
それほどに冒険や英雄の活躍などの話が好きなんだね。なんだか気が合いそうだ。
「うふふ! この子はチギリの大ファンなんですのよ〜? 出会った時なんかそれはもう大興奮で――」
「――ア、アスカ様っ」
横からひょいっとアスカ様が顔を出してマルシェさんを揶揄っている。アスカ様は気さくな方だなぁ。
サヤは僕の横で苦笑いをしていた。
「……でも、わたくし達の出会いは、何かに……そう。運命に導かれているような気が致しませんこと?」
「運命……ですか?」
朗らかな笑みを称えたままアスカ様が僕達に向き合って言葉を紡ぐとサヤが聞き返した。
「ええ。魔王を討つ使命を背負った少年の下に、かつて勇者と共にいた者の末裔が集う。この巡り合わせはきっと偶然ではないのでしょう」
「…………」
確かに、僕達は出会うべくして出会った。
アスカ様の話を聞いているとそんな気がしてくる。
「きっとこれからも貴方の下に志を共にする仲間となる人方が集いますわ。それはきっとこの世界を明るく照らす黎明となる……」
「……はい!」
それから各々が顔合わせを済ませた。久々の師匠との再会に、話したい事が沢山ある。
そんな時、ウィニの腹の虫がお昼の到来を知らせた。
「むむ。お昼になったー」
「ウィニ猫のそれはもう才能だな……」
「ははっ! ウィニの腹は相変わらずのようだ。……さて、皆立ち話もなんだ。何処かで食事を囲んで親睦を深めようじゃないか」
師匠のその言葉に俄然元気が出たウィニと、それにしがみつかれて失笑する師匠。それを見て笑う僕達は、大所帯で繁華街へと向かったのだった。