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Ep.206 アズマの盟約

 師匠と再会した後、皆で食事をして親睦を深めた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、僕達は宿に戻ってきた。


 ……その夜のこと。


 借り受けた部屋で僕は同室のラシードと雑談をしていた。その時ドアからノックする音が鳴り、僕は返事をしてドアを開いた。


「クサビ、ラシード、ギルドからの来客よ。師匠達も皆集まっているわ。私達もいきましょ」

「うん、わかった」



 僕達はロビーに移動すると、チギリ師匠達は既に居て、それに対面するようにギルド受付のエピネルさんが立っていて、僕に気付くと軽く会釈をした。


「お疲れ様です。ギルドマスターより言伝をお伝えに参りました」

「大所帯でここに居ては他の客の邪魔になる。こちらで座って話そう」

「いえ、すぐに終わりますので……。では、一旦外へよろしいでしょうか」


 エピネルさんはそう言って外へ出ていく。僕達はそれに続いて外に出た。



「ではこちらで失礼して、ギルドマスターからの言伝を伝えますね」


 皆が揃うとエピネルさんは話を始め、書簡を一つ僕に差し出した。


「ギルドマスター、レドより『王からの返答だ。すぐにでも謁見の場を設ける。明日登城されたし』とのことです。そしてこちらが王直筆の入城許可証となります。お納めください」


「あ、明日ですか!?」

「はい。このようなことは極めて異例なことで、私も驚いています」


 と、エピネルさんは落ち着き払った様子で答えた。本人はこれでも驚いているらしい。


 謁見にはもっと時間が掛かるものと思っていたが、まさか明日になるとは思いもしなかった。


「あら、好都合ですわね~、善は急げと言いますわよ!」

「善なのかどうかは個人によるがな。だが確かに迅速であることは僥倖だよ」


「クサビさん、さあ、こちらを」


 僕は差し出された書簡を受け取る。

 するとエピネルさんは一歩下がって丁寧なお辞儀をして、ふっと目を細めた。


「では確かにお伝えしました。お時間を頂きありがとうございました。私はこれで失礼します」



 エピネルさんが帰っていった後、皆は明日に迫った王様への謁見に、思い思いに備えるべくそれぞれ宿の中に戻っていった。

 僕もサヤと宿の中に戻ろうと踵を返した時だった。


 その中で一人だけその場に残った者がいた。


「少し時を頂けるでござるか? 話しておかねばならぬ事があるでござるよ」

「ナタク様? ……はい、わかりました」


 僕とサヤは何事かと互いに顔を見合わせたが、真剣な眼差しのナタク様の様子に重要な話なのだと直感し、頷いた。



 僕とサヤは夜のマリスハイムの街を、ナタク様の後ろについて歩く。

 そしてゆっくりと歩きながらナタク様の口が開いた。


「急にかたじけない。しばし時間を某に頂きたい」

「はい、ナタク様、なんでしょうか?」


「まずはその敬称を省いて話すでござるよ。某らは既に志を同じくする同志。畏まることはないでござる」


 ナタク様はそう言って穏やかな笑みを投げかける。

 部族の長に敬称はいらないと言われても恐れ多さが残るが、本人の意に従うことにした。


「……わかりました、ナタク、さん」

「うむ。今はそれで上々と致そうか」


 それから僅かな沈黙が続き、静かな街をゆっくりと歩く僕達の足音だけがやけに耳に残る。僕達はナタクさんが話始めるのをじっと待った。



「……まず、ここまでよくぞ生き抜いてくれたでござる」

「いえ……。僕一人では今頃ここに僕は居なかったと思います。サヤが、皆が居てくれたから今の僕があると思うんです」


 ナタクさんは足を止め僕らに振り向いた。


「そなたは良き仲間に恵まれているでござるな。……サヤ殿、よくぞ勇者の血を絶やさず支えてくれた」

「もったいないお言葉です……。それに、クサビは幼馴染ですから当然です」


 まだ少し畏まるサヤがナタクさんを見据えて言った。サヤも僕と同じく少し緊張しているようだ。


「そうか。そなたは図らずも盟約を守り抜いたのだな」

「盟約……?」

「うむ。その盟約の当事者であるクサビ殿、そしてアズマの惨劇の生き残りであるサヤ殿にも……アズマの盟約について今こそ語ろう」


 ナタクさんは再び僕達に背を向けてゆっくりと歩きだし、自分の腕で僕達を自分の横へと誘う素振りをした。

 僕達はナタクさんの隣を同じ歩幅で歩き、ナタクさんはまっすぐ前を見つめながら言葉を紡ぎ始めた。


「――アズマの盟約。その盟約が定まったのは約500年前と伝えられているでござる」

「そんな大昔からの盟約に、僕が関係するというのは……」


「……勇者の血筋……ですね?」

「ご名答でござる。某らホオズキの部族が代々受け継いできた盟約、世界に秘匿され、我らのみに伝えられし経緯を明かそうぞ」



 ナタクさんは語り始め、僕の村の大人達に継承されてきたアズマの盟約のことを詳らかに明かしてくれた。



 ――――言い伝えによるとアズマの盟約は勇者が生きた時代、つまり約500年前に生まれたという。


 世界に秘匿された情報の一つ、魔王を封じた後の勇者の所在は、故郷である今のホオズキ部族の地に戻り、魔族との戦いで荒廃した地を耕して復興に勤しみ小さな集落を作ったとされる。


 そして時は経ち、人間族であった勇者にもついに寿命が訪れる。


 死の淵の中、子孫を含め多くの人に見守られる中、勇者は最期に遺言を残したという。


『いずれ必ず魔王は封印を破り、再び世界を混沌に陥れるだろう。その時、精霊に愛された我が血を継ぐ者ならばきっと世界を……今度こそ魔王を討ち倒すと信じている』


『魔王を討つ我が剣と、私の全てを秘匿せよ。そしてこの地に住まう者は皆、我が血を引く子孫を守り鍛錬し、時が来たら全てを明かすのだ』と。


 勇者は一部の人を除いては、自らの名前、出自、その全てを歴史から抹消するよう言い残した。それはやはり魔族に魔王の天敵の存在を知られぬ為だった。


 そして精霊に好かれる特異な自分の血を引く子孫を、魔王を滅し得る希みを持った存在を守るためだった。



 そして勇者が没した後、残された人達は遺言に従って盟約を打ち立てるに至ったのだ。


 勇者の血を絶やさず、守り、鍛える事。それが今代まで受け継がれてきた盟約だったのだ。


 だが長い時が経つにつれ、盟約は守られつつもその重要性は徐々に薄れていき、それが魔族に隙を突かれる結果となってしまった。


 そしてアズマの村は滅んだ。

 剣術を教えてくれたヒビキさんを始め村の住民、そして両親は盟約に殉じたのだ――――



「そう……ですか……」

「そなたの故郷が滅んだ今、そのような事を聞かされても詮無きことなのは重々承知しているでござる。だが、そなたは生きている。…………盟約は今尚守られている。皆の犠牲は無駄ではなかったのだ……!」


 ナタクさんは悲痛な表情を浮かべ、まるで自分に言い聞かせるように言葉を放った。


 そうか……。ナタクさんにとっても肉親であるヒビキさんを失っているのだ。


 たとえ盟約の為に死んだのだと自分に言い聞かせたとしても、納得など出来はしない。己の力不足を呪ったのはナタクさんも同じなのかもしれない。


「……教えてくれてありがとうございます、ナタクさん。おかげで何も分からなかった勇者の事を、少し知ることが出来ました」


 僕はナタクさんを責めぬよう、その意思はないと伝えるように穏やかに言葉を返す。いつしか僕の手を取るサヤが強く握り、サヤからも同様の想いを感じた。


「……清く、強き心を持っているでござるな」


 ナタクさんはふっと笑うと、肩の荷が降りたかのような清々しい顔になる。ナタクさんも責任を感じていたに違いない。

 もしかしたら盟約を知りつつも村を守ってくれなかったと、僕達に恨まれる覚悟で明かしてくれたのかもしれない。


「さて、話は仕舞いにござる。某は夜風に当たってから戻る故、そなた達はもう戻って休養を取るでござるよ」

「はい、おやすみなさい、ナタクさん」

「ありがとうございました」


 ナタクさんは優しく頷き、僕達は宿に足を向ける。


「――ヒビキ、大儀であったな…………」


 と、宿に向けて歩く僕の背に、ナタクさんの憂いを帯びた声が微かに聞こえた気がしたのだった。

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