ナタクさんと話をしたその翌日。
僕達は全員揃ってマリスハイムの王城へと向かった。
王城へは中央広場を北に進むと見えてくる水堀の先に昇降機が備わっている。そこまで小船で移動して昇降機に乗り込んだ先にある。
水堀を小船で渡って昇降機に乗り込む。
この昇降機は、複雑な仕掛けで動く大型の精霊具なのだそうだ。
ゆっくりと上昇していく昇降機から眼下を見下ろすと、マリスハイムの城下街が一望できた。僕達が泊っている宿も冒険者ギルドもまるで模型のように見えた。
左右に視線を移せば王城の方から落ちる水が滝となって落ちていく。
この常に流れていく滝のおかげで、王城を遠目から見た時には虹が見えるのだ。
美しい景観も考え抜かれた結果のもので、芸術性の高さも相まって世界中でも有数の人気の都市というのも頷かずにはいられない。
などと感動していたら昇降機は最上まで到達していた。
昇降機を降り立つと、目の前には白い石床が敷き詰められた道が、水路が通る大きな庭園を抜け、城の門に向かってまっすぐと続いていた。
「どこを見ても綺麗な花が咲いているわね……! 庭園の管理が隅々まで行き届いているわ!」
門に向かって進む途中で庭園を左右に臨んだ時、サヤは感嘆の声を漏らしていた。
「はい……! 建物の装飾や造形美といい、思わず見惚れてしまいそうですね……」
マルシェさんも美しい景観に心をときめかせている。
「ふっ。観光気分になるのも無理はないが、そろそろ王城だよ。気を引き締めていこうじゃないか」
「あ、はい!」
そうだ。これからこの国の王様に会うっていうのに何を浮かれているんだ僕はっ! 無礼のないようにしないと…………。
そして門の前までやってきて、門の前に立つ番兵二人が互いの槍を交差させて道を阻んだ。
「止まれ。許可無き者は通せない。謁見希望者か?」
「ああ。王の求めに応じ馳せ参じた次第だ。証書もある」
チギリ師匠は僕に目配せをし、僕は昨日エピネルさんから受け取った書簡を番兵に見せた。
「確認させてもらおう…………こ、これは! ――失礼致しましたッ! どうぞお通りください! 開門ーッ!」
書簡を見た途端に態度が一変して道を開ける番兵。この展開は予想していたが、丁寧な扱いに慣れていない僕はそそくさと門を通過したのだった。
城内もまた美しくも壮観で思わず驚きの声を上げてしまいそうになった。
顔が映り込むほどにピカピカな石床に、赤い絨毯が真っすぐ伸びている。その絨毯は上階へ続く階段へと続き、さらに奥には大きな扉があった。
以前にも砂漠の小国、グラド自治領で首長邸に赴いた事があったが、建物の内装は、そことはまた違った威厳のような雰囲気があった。
絨毯の導きに従って進むと、階段の横に直立して佇んでいる、城内の警備にあたる兵士とは明らかに立派な鎧を身に纏った男性が手本のような敬礼をしてきて、僕達はお辞儀で答礼した。
「お待ち申し上げておりました。救世の冒険者殿、そして東方部族連合代表様方。私は近衛騎士団長を務めております『ルイントス・バルムンク』と申します。ご案内致しますのでどうぞこちらへ」
長身で金色の髪を靡かせて爽やかに微笑み、いかにも美青年といった風貌の騎士だ。見たところラシードとさほど年齢は変わらなそうにも見受けられる。
騎士団長という立場をその若さで君臨しているのだ、きっと凄い功績を成し遂げてきたのだろう。
僕達は王様の謁見の為に控えの部屋に案内された。中に入ると既にギルドマスターのレドさんが紅茶を嗜んでいた。
今日は総勢10名という大所帯での謁見となる。失礼のないようにしなければ……。
そんなことを考えながら緊張でソワソワしていると、アスカさんが微笑みながら横から紅茶を差し出してくれた。
「クサビ、まずはこれを飲んで落ち着きましょう? 良い茶葉を使っておられるようですので美味しいですわよ~」
「ありがとうございます、こういう場は……その礼儀作法とかどうも慣れなくて……」
と言いながら差し出された紅茶に口を付ける。
口の中に広がる上品な香りと温かさが、幾許かの僕の緊張をほぐしてくれた。
「作法の事ならわたくしにお任せですわ! では、お声が掛かる前に伝授して差し上げますわね」
アスカさんは妙に楽しそうにしながら、有無も言う暇もなく僕の手を取り部屋の空いたスペースへと誘った。
そしてもう一人に目を付けて、その相手に手招きする。
「ウィニ、貴女もですわよ! さあこちらにいらっしゃい」
「う……」
声を掛けられたウィニは露骨に嫌な顔をしたが、猫耳をペタンとさせて渋々こっちにやって来る。一応ウィニもアスカさんが偉い人だというのは理解しているということだろう。
それから僕とウィニは、他の皆の視線を受けながらアスカさんから礼儀作法を教わった。
他の皆はどうやら最低限の作法を備えていたようだ。
サヤは簡単なものなら身に着けていたと思うが、ラシードもとは少し意外だった。……いや、よくよく考えればラシードは貴族の生まれだ。そういった作法を学んでいることはなんら不思議なことではないか……。
師匠達は僕達よりも踏んできた場数が違う。その過程で作法は身についているんだろう。
でも僕の視界の端で、マルシェさんの手振りが密かに僕達と同じ動きをしていたのは言わないでおこう。
「――はい、ここまでにしましょう。ひとまず上出来ですわ!」
「ありがとうございました」
「ましたー」
しばらくして、アスカさんの礼儀作法の講義に一応の及第点を得た僕とウィニは、覚えたての動きを実践しながらお礼を告げた。アスカさんは朗らかに笑って小さく拍手をくれる。
「チギリ、貴女のお弟子さん達は素直でいい子ですわね~!」
「ふっ。我が見定めたのだから、当然さ」
チギリ師匠が自慢気に花を鳴らして答えた。
いつもは見せないチギリ師匠の態度はなかなか新鮮だ。
と、そんな茶番を繰り広げていると、控室のドアの向こうからノックの音が鳴り、一同の視線がドアに集まった。
「皆様お待たせいたしました。王がお会いになられます。参りましょう」
ドアが開くと、先ほどの騎士団長さんが顔を出した。
……いよいよ王様との謁見が始まる。
一体王様はどのような話を知っているのか、そしてその話の末に僕の使命を成す為の道筋を見出すことが出来るのか……。
期待と不安の間を行き来している自分の感情を抑える為に大きく深呼吸して、僕は王様の待つ玉座の間へと進むのだった。