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Ep.208 紡がれし過去

「――謁見希望者、参りました」

「うむ。入るがよい」


 玉座の間の重々しい扉が近衛の騎士によって開かれる。

 促されるままに奥へ進むと、足元に敷かれていた赤い絨毯が奥へと続き、その先の3段程の階段の手前まで伸びていた。そして階段の先には玉座が二つ。王と王妃が座する為の玉座だ。


 道のように伸びた絨毯を挟むように、左右に近衛騎士の兵が5名ずつ直立していて、奥の階段の両脇には文官風の人と、先ほど案内をしてくれたルイントス近衛騎士団長がこちらを見据え、さらにその先の玉座にはサリア神聖王国の国王が鎮座していた。


 僕達は敷かれた赤い絨毯の終点で止まり、跪く。


 前列左から、東方部族連合の為政者であるアスカさん、ラムザッドさん、ナタクさん。そしてチギリ師匠、僕、ギルドマスターのレドさんが並び、残りのメンバーは後列で控えた。


「……面を上げよ」


 覇気のこもった声に僕は顔を上げた。

 燃えるような赤色に白が交じる髪。凛々しい目元には、蒼空のような色の澄んだ瞳。凛々しい顔立ちからは意思の強さが垣間見られた。


 この人こそが、煌びやかな装飾を施した王冠を被り玉座から僕達を見下ろす『ルドワイズ・サリア王』その人である。


「東方の地より遠路遥々よくぞ参られたな。久しき再会を嬉しく思うぞアスカ殿。そしてラムザッド・アーガイル殿、ナタク・ホオズキ殿はお初にお目にかかる」

「ご機嫌麗しゅう。陛下もお変わりなくお元気そうで安心しましたわ」


「お気遣い感謝致します、ルドワイズ王」

「此度の謁見の機会、誠に恐悦至極にござる」


 外交担当のアスカさんはいつもと変わらない笑顔で王様と言葉を交わし合っていた。ラムザッドさんはいつもはもっと豪快な人だけど、この時ばかりは弁える事が出来ることに、僕は少しだけ驚いた。

 ……礼儀正しいラムザッドさんを想像できなかったからだが…………。


 王様は、うむ、と頷くと一瞬だけ僕を見て、横に控える文官風の人に合図を送った。


「近衛は下がって良い」

 王より合図を受けた文官さんが手を仰ぎながら命令を下すと、左右皆に控えていた王の護衛の近衛騎士達が退出していった。


 これでこの場には僕達とレドさん、近衛騎士団長のルイントスさん、文官さん、そしてルドワイズ王のみとなった。


 人払いが済んだことを確認すると、王様は再び僕を見て言った。


「皆、楽にせよ」

 王の短い言葉により、跪いていた僕達は起立する。


「その方、名はなんと言うのだ?」


 王様の言葉が僕に投げかけられた。その瞬間鼓動が跳ねるのを感じたが、ここまで来たら毅然に振る舞うことに努めた。


「と、東方部族連合より参りました、クサビ・ヒモロギと申しますっ!」

 緊張のあまり語尾が上ずってしまった……。恥ずかしい…………。

 アスカさんに教わったお辞儀も、動きがガチガチになって挙動不審なこと極まりなかった。


「……ヒモロギと申したか。そうか…………」


 王様は顎に手を当てて思案している様子だ。この名前に何か引っかかるものがあったのだろうか。


「では、そなたがかの勇者の血を引く者か。召喚に応じてくれたこと感謝するぞ」

「そ、そんな恐れ多いことですっ!」


 恐縮しながら答えると、ルドワイズ王の眼差しが僅かに温和なものへと変わるのを感じた。そしてその視線は隣へと移り、チギリ師匠へと向けられた。


「そなたが『奔放の魔術師』殿であろうか。先代、先々代の時代より大変世話になったと聞かされておる」

「光栄なことです。陛下に初めてお会いした時はまだ物心がつくか否かという時分でしたから、陛下は覚えておられないでしょう」


「微かだが記憶に残っているとも。風貌はその時のまま。健在なようで嬉しく思う」

「はっ」


 師匠は過去に冒険者として多くの偉業を成し遂げた冒険者だったと、親睦を深める席の中でアスカさんが話してくれたのを思い出した。

 本当に偉大な人が師匠だったのだと自覚する。



「そなたらの用件はおおよそ把握している。だが先にこちらの用件を優先させてもらうが、良いか?」

「仰せの通りに」


 師匠が頭を下げて返答すると、王様と僕の目がしっかりと合った。

 先に僕達を呼び出すに至った用件に踏み込もうとしているのがわかった。



「うむ。ではクサビ・ヒモロギよ。まずは余に解放の神剣を見せてはくれまいか」

「はい。……こちらですっ」


 僕は腰のホルダーから剣を外して膝を着き、両手で寝かせた剣を掲げて頭を垂れた。それをルイントスさんが受け取り、王様の元まで持っていった。


 剣を受け取った王様は鞘から剣を抜き放ち、剣を掲げて全体を眺めた。


「……まさしく古文書に記された通りだ。そして鋼とも違う材質の刀身……。神剣に違いあるまい」


 声に僅かな感嘆が交じらせながら、王様は剣を僕に戻してくれた。

 そして決意の眼差しで僕の瞳を見据えている。


「……長らく秘とされてきた、我が王家のみに伝わる勇者の真実を、今こそ明かす時が来たのだな。これも天命であろう」


 そう言うと王様はしばしの沈黙の後、重い口を開いて語り始めた。



 ――――王様は、代々王家が保管している勇者の伝記の内容を詳らかにした。


 かつて世界に混沌の限りを尽くしていた魔王と、解放の神剣を携えた勇者とその仲間達との熾烈な戦いの末、勇者は解放の神剣に内包した力の全てを用いて魔王を封印した。


 魔王の封印により、力が弱体した魔族軍に人類が攻勢を掛け、奪われた領土を取り返すに至った。


 これにより勇者一行は役目を終え、パーティは解散となりそれぞれの人生を歩むことになった。


 勇者もまた故郷の地に帰り、滅んだ故郷の復興に勤しんだ。


 ……しかし、勇者にはずっと心残りがあったと記されていたという。

 ずっと勇者が気掛かりだった事。それは魔王を討ち損じ、本当の意味で平和をもたらす事が出来なかった事だった。


 全力で挑んだが倒しきれず、止むを得ず封印を選択したとはいえ、それではいずれ魔王が復活してしまうのだ。

 それが勇者にとって生涯苛まれる後悔となった。



 勇者は長い年月を経て故郷の復興を進めながら後悔を払拭する為の行動を開始する。

 勇者はいずれ魔王が復活した世界での未来に生きる人々の希望となるべく、最も信頼の置ける仲間である『サリア・コリンドル』に再会し、自身や神剣の力についての情報を託し、いずれ来たる災厄の為に秘匿することにしたのだ。


 情報をひた隠しにする事で魔族に有効な手段を悟らせない為だ。知らなければ対策のしようがないというわけだ。


 そして復興した故郷では神剣を子孫に守らせ、勇者の情報を絶対に明かさないよう努め、自分の死後は名前を変える事を伝えたという。


 勇者の死後、名は集落の名前として名残り、勇者の血を引く子孫にのみヒモロギ姓が受け継がれる。

 そしてかつてヒモロギという部族は、ホオズキという名に変えて今に至るのだ。


 勇者に賛同し協力していたサリア・コリンドルは、勇者の死を見届けた後故郷である現在のマリスハイムに戻り、勇者の伝記を認め保管した。


 そしてとある事件で自身の命と引き換えに多くの人々を救ったサリアを称え神格化させた民衆により祀り上げられ、それがやがて建国のきっかけとなり、サリア神聖王国の歴史が始まるに至ったのだという――――





 ……ナタクさんがしていた盟約の話と繋がった。

 勇者は魔王を倒しきれなかった事をずっと悔やんでいたんだ。だから未来の人の為に出来ることをしたんだ……。


 そしてやはり剣についての情報はここにあるんだ……!



「これが我が王家に伝わる勇者『アズマ・ヒモロギ』の伝記の内容の全てである」

「それが勇者の名前……アズマ……ヒモロギ……!」


 勇者の情報はずっと傍にあったのだ。

 故郷の村の名前こそが勇者の名前を受け継いだものだったとは……。そして僕はやっぱり勇者の子孫ということになるのは確かのようだ。



 ……あれ? さっき王様……内容は全てだって言ってなかった……?


 ……………………あれ?

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