正直僕は思った。
……これだけ? と。
昨日ナタクさんから村の盟約について、王家と同じく明かされた秘匿していた情報により、勇者が意図的に情報を隠したことは分かっていた。
今王様から語られた情報からは勇者の想いや動機に触れることが出来た。
勇者の伝承を追い求めるという目的は達成されたと言っていいだろう。
だが…………。
肝心の解放の神剣に纏わる情報をまだ聞けていないのだ。僕が最も追い求めるべき情報は、魔王を倒す為の力、つまり眠っている解放の神剣に宿る力の覚醒方法なのだ。
王様から聞けた話がこれで全部だというのなら、まだ足りない。
「ルドワイズ王よ、我から一つお尋ねしても良いでしょうか」
「うむ」
王様が話し終えてからしばしの沈黙が続いた時、その沈黙を破ったのはチギリ師匠だった。
「王家が守り受け継いできたのは、その勇者アズマの伝記だけなのでしょうか。足跡についてしか詳らかになっていないのが、些か腑に落ちませぬ」
師匠もまた同じ思いに至ったようだ。きっとここにいる全員が感じている疑問だろう。
それは王様とて同じ事だったようで、大きく頷いて強い同意を示していた。
「余が話せるのはここまでだという事だ。だが王家が守る文献は他にもあるとされている」
「……されている、とは?」
「聖都には王立書庫も他に、隠された書庫が存在するのだ。そなた達が求める答えはおそらくそこにあるだろう」
「――っ!」
方向も分からない暗闇に迷い込んだところに光明が差し込んだかのような朗報だ。
だけど、王様の口振りだと、実際に見たわけではなさそうだが……。
「秘匿書庫の場所は把握しておる。だが保管された場所まで辿り着くことができないのだよ」
王様の言葉を受けてチギリ師匠は眉を顰める。
「……道を阻む何かの存在がある、ということですか。例えば封印か、魔物か」
「……どちらも是である。秘匿書庫への地下通路の先には、封印された魔物が行先を阻んでおってな……。そやつをなんとかせねば先へは進めないのだ」
王様が嘆息交じりに言葉を吐いた。すると、横に控えていた文官さんが一歩前へ出て、王様の代わりに口を開いた。
「そこにはかつて勇者と行動を共にした我らが聖女サリアの自己犠牲の封印術によって封じ込められた、厄災をもたらす『ヨルムンガンド』という魔物が居るのです」
「……つまり、ヨルムンガンドをなんとかしないと、情報は得られないという事か」
「その通りです」
頷く文官さんの言葉に難色を示したのはチギリ師匠とアスカさんだった。
眉間に皺を寄せて苦虫を嚙み潰したように憎々し気に考え込んでいた。
「……その名、聞き覚えがある。古の時代に猛威を振るった災厄。一国を一晩のうちに滅ぼした化け物だ」
「まさか実在していたとは……。しかもそれがこの地下に封じられているだなんて……。最悪ですわ…………」
あの二人がそこまで警戒する程の魔物なのか。
長い時を生きる耳長人の二人ですらおとぎ話でしか聞かない名だという。
それが実在し、僕達の前に立ちふさがる障害となって現れたのだ。
「かつてこの地に災厄が襲来した折り、聖女サリアがただ一人立ち向かい、ヨルムンガンドに手傷を負わせたものの本人も致命傷を負い、消えゆく命を燃やして発動した封印の魔術にて、災厄を封印せしめたという言い伝えがあるのです」
とルイントスさんは語る。
「……解放の神剣の力について知る為には、ヨルムンガンドを討たねばならぬ」
……。
王様が告げた言葉に、この場にいた全員が愕然と俯いて絶句する。
皆分かっているんだ。実際に見たことはなくともその怪物の恐ろしさを。
勇者の仲間だった人によって封印された化け物を、僕達が倒さねばならない。それがどれほど困難なことなのか。
今までの激戦が霞むくらいには困難が極まっているのがわかる。
……だけど、ここで立ち止まっていては魔王に立ち向かうなんて夢のまた夢。立ち塞がった試練を乗り越えなければこの世界に黎明は来ない。
「地下に眠るはまさに厄災そのものだ。封印を解けば再び動き出し、この地を蹂躙し一夜にして灰燼と帰すだろう」
「…………」
「クサビ・ヒモロギよ、勇者アズマの血を継ぎし者よ。そなたはそれを知りて尚、先を征くか?」
王様の静かだが強い意思が籠った声を受けて、僕は振り返り仲間達を一瞥する。
ここまで共に苦難を乗り越えて来た仲間達だ。もう僕の言わんとしている事はお見通しだろう。
皆が僕の目を真っ直ぐ見つめていた。そこに恐れの色を宿す者は誰一人として居なかった。
「…………征きます」
「――――」
僕の心に迷いはない。勇者アズマの導きによって僕達はここに辿り着き、聖女サリアが命を賭してまで守ろうとした情報を、僕は知らなければならない。
きっと二人はいつかこうなることを予期していたのだ。
いずれ世界に魔王が再び復活した時に、勇者の血を継ぐ者に向けて伝える為にここに隠した。
それはつまり僕の為に遺してくれていたのだと思うのだ。
「ヨルムンガンドを討伐すると? 希代の英雄でも敵わぬ相手に」
「はい。魔王を倒す道がそこにしかないのなら、僕はやります……!」
王様の問い掛けに、僕は決意を込めて迷いなく答えた。
不思議とヨルムンガンドに対する恐れはなかった。
「……弟子が行くと言うのだ。我も行こう」
チギリ師匠の心強い声が玉座の間に響いた。その声に迷いは感じられなかった。
チギリ師匠の名乗りを皮切りに、師匠の仲間達の目に闘志が灯る。
そして覚悟を決めた眼差しを真っすぐに王様に向けていた。
――その眼差しは王様の胸を打つに至る。
「……ここで抗わなければ、いずれ滅びるは必然、か。――うむ! 余は決めたぞ」
意を決したように王様の瞳に闘志が灯り、玉座から腰を上げた。
すると両脇に控えたルイントス近衛騎士団長と文官さんがキレの良い敬礼を決める。
「余は、ヨルムンガンドの討伐をここに決定する。……ソーグ、ルイントスよ。異論はあるか」
「ございません!」
ソーグと呼ばれた文官さんとルイントスさんが間髪入れずに気合のこもった返答を見せた。
「うむ! ……レド、これをギルドに討伐依頼として要請する。さっそくソーグと話を詰めよ」
「畏まりました。では失礼致しますぞ」
「勇敢なる冒険者達よ、期待しているぞ」
「はい!」
ひとまずこれで僕達の謁見は終わり、玉座の間を退出した。
チギリ師匠達は冒険者による反抗勢力の立ち上げについての協力要請の話があるので引き続き残った。きっと王様も断る事はないだろう。
ヨルムンガンドの討伐を決めた後の事は迅速に話が進んで行った。
今も地下に眠るあまりに強大で恐ろしい存在。
それはその存在を知る王家にとっては底知れぬ脅威だっただろう。
そんないつ動き出すかも知れぬ化け物相手に、今まで刺激せずにいた王家がここに来てようやく討伐を決意した。
サリア神聖王国にとっても一つの転機が訪れているのかもしれない。
聖女サリアが施した封印を解けばヨルムンガンドは動き出すだろう。
話に寄るとヨルムンガンドは手傷を追っている為万全ではないというが、それでも強大な力を持っているのは変わらないはずだ。
僕達もこのままではいけない。
ヨルムンガンドに対抗する為に、さらに力をつける必要があった。
魔王が世界を黒く染める前に食い止める。
その為にはヨルムンガンドの討伐は避けては通れないんだ。
もっと、もっと力をつけよう。
幸いにも師匠が居てくれる。もっと戦う術を学ばねばならない。
いつしか僕達は、厄災と呼ばれた怪物をも相手にする事になるとは思いも寄らなかった。
だがきっと魔王はもっと強敵なはずだ。ここで倒れていては使命は果たせないだろう。
と自分に言い聞かせながら聖都の何処かにある地下書庫に思いを馳せるのだった。