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Ep.210 甘さを捨てる為

 王様との謁見を果たした翌日、未だかつて無い施程の難敵ヨルムンガンドを討伐することになった僕達は、チギリ師匠達と話し合い、さらに力をつけるべく修行に力を入れることになった。



 師匠達の方も、昨日の謁見で正式にサリア神聖王国の協力体制を結ぶことに成功した事で、残るは帝国の協力を得るのみとなっていた。


 師匠達にとっての聖都での本来の用事は済んだが、僕達と共にヨルムンガンドの討伐に力を貸してくれる為、ヨルムンガンドを討伐するまではマリスハイムに滞在するそうだ。



 師匠が着いてくれるのは心強い。だけど厄災とまで言われて恐れられた存在を相手にするのだ。足手纏いが一人でも居てはいけない。僕達はもっと強くならなければならない。




 と、言うわけで今はギルドの訓練所にて修行中だ。

 チギリ師匠やアスカさんなど、他の族長達も協力してくれて、僕達はそれぞれに修行を付けてもらっていた。



 マリスハイム支部の訓練所は広く模擬戦も可能だ。


 僕はマルシェさんとチギリ師匠に見てもらうことになり、刀を使うサヤは同じ流派のナタクさんに技を教わるという。

 パワータイプのスタイルのラシードと、雷と使った戦い方を伸ばしたいウィニは、ラムザッドさんに教えを乞う事になった。



 僕達は本格的に訓練を始める前に一所に集まった。

 目的が明確な分、皆気合い十分だ。


「ヨルムンガンドは我らにとっても難敵だ。故に自分の身は自分で守れる強さが必須だ」


 チギリ師匠程の人でも仲間を守る余裕はないということだ。師匠達に助けられているようでは命を落とすぞという師匠なりの忠告だと、僕は受け取った。


「どんな怪我をしてもわたくしがすぐに治して差し上げますわ〜。あ、でも死なないように、ね?」

「「えぇぇ…………」」


 太陽のような笑みのアスカさんから物騒なワードが聞こえて数名が引いていた。……気をつけよう…………。




 その後僕とマルシェさんはチギリ師匠と模擬戦形式で訓練することになり、チギリ師匠と相対した。


「さて、どれだけ成長したか見せてもらうとしようか」

「はい! よろしくお願いします!」

「胸をお借りします、チギリ様」


 チギリ師匠は、ふっと鼻を鳴らして直立して杖の底を地面に打ち付ける。

 途端に師匠が纏う雰囲気がガラリと変わり、その紫の長い髪が揺れる程に魔力を迸らせて、ピリピリするような衝撃が圧となって体を襲った。


 久方ぶりに向けられる師匠の殺気。今はもう怯んでいるだけの僕ではない事を見せてやると闘志を漲らせる。


「――これが……っ……チギリ様の……!」


 同じく殺気に晒されているマルシェさんが剣と盾を構えて思わず臨戦態勢と取り、目を見開いて固唾を飲んだ。



 僕とマルシェさんがチギリ師匠の殺気に充てられた時、遠くの方から地面を打ち付ける轟音と、ラムザッドさんの咆哮が響いた。

 ラシード達の修行が始まったようだ。


「周りも開始したようだね。では、我らもやるとしようか」

「……よろしくお願いします!」



 チギリ師匠が杖を掲げると同時に僕の直上から、チチチチッという不可解な音が小さく聞こえ、僕は即座に動いた。


 前方に駆けると僕が立っていた位置に雷撃。

 そしてそれは連続で僕とマルシェさんを襲い、回避する為に止まることを許されない状況にさせられる。


 僕は回避しながらチギリ師匠に接近を試みる。……が頭上の雷撃に加え、前方からも火の球が連射してくる。


 ……なかなか接近させてくれない。

 火球を捌く為に方向転換を余儀なくされた僕は師匠から少し離されてしまう。

 マルシェさんは雷撃を盾で受けたり、時に弾いたりしながらなんとか前進しようと試みていた。


 僕は師匠が放つ弾幕と雷撃を躱しながら右手に魔力を溜め、師匠に向けて水の魔術を放つ。

 水圧で相手を押し出す、名付けて水鉄砲だ。


 動きを止めずに出来る事はこれくらいで、ダメージを与えることは出来ないが、それでも牽制にはなるだろう。


 僕が撃ち出した水鉄砲は、師匠が放つ火球を打ち消しながら師匠に迫った。


 火球を打ち消して途切れた弾幕の隙をついて僕は一気に接近するべく加速すると、それを見たマルシェさんもそれに続いた。


「ほぅ」


 関心するような声を漏らした師匠は水鉄砲を半身を傾けて難なく回避しつつ杖を振った。


 すると目の前に、地面から炎が壁のように吹き出して、師匠に迫る僕達を阻む。

 僕はそのまま突っ込みながら剣を横に構えて魔力を込めて一気に水平に斬り放った!


「はっ!」


 炎の壁を横一閃に両断して打ち消し、すぐさま連撃の動作に移る。そして目の前に捉えた師匠に左上から斬り下ろした!



 ――――ギィィン!


 耳を劈く甲高い衝突音が木霊する。

 僕の剣は師匠の左手で展開された防御障壁によって受け止められていた。


 だがそれは想定内だ。僕はすぐさま剣を引きサイドステップでその場を離れて師匠の側面に移動すると、僕の背後から接近していたマルシェさんが師匠の視界に姿を現した。


 マルシェさんは盾を前方に構えながら剣の切っ先の師匠に向けて突っ込んできた!


「チギリ様、参りますッ」

「ではこれをくれてやろう」


 師匠はマルシェさんが間合いに捉える前に魔術を構築してマルシェさんに放つ。

 氷の杭がマルシェさんに迫った!


 それにすぐに反応したマルシェさんが盾を構える。

 そして氷の杭が盾に当たった瞬間、接触部分が一瞬光ると、キンッという音と共に氷が弾かれ霧散した。


 あれがマルシェさんが話してくれた、パリィという特技だ。接触した瞬間に魔力を盾に込める事で衝撃を無効化する、ゼルシアラ盾剣術の強力な防御技だ。

 タイミングが難しいらしく、失敗すれば魔力が無駄になる上に衝撃を軽減出来ないという、リスクの高い技でもあるという。



「――せいッ!」


 パリィで魔術を弾いたマルシェさんはそのまま師匠に剣による斬り上げを見舞うも、師匠は後方にステップで下がって躱した。


 そこに僕は跳躍して空中から縦回転しながら斬り込む!

 師匠の着地のタイミングを狙った僕の全身を使った攻撃だ。


「それは以前見たよ」


 師匠は着地の直前、ふわりと体を浮かせて着地のタイミングをズラして僕の回転斬りを避けて僕に杖を向ける!

 師匠の反撃が来るッ! だけどまだ体制が……!


 地面に突き刺さった剣を抜く間に、師匠は雷の魔術を僕目掛けて一直線に発射した!


「クサビさんッ」


 ――そこに、さらに追撃していたマルシェさんが強化魔術で方向を変えて飛び込んで僕を庇う。

 飛び込んだ体制で雷撃を盾で受け止めてパリィし、雷撃を空の彼方へと弾き飛ばした!


 そのまま師匠に駆け抜け、勢いのままに刺突を繰り出した。


 それは師匠が展開した防御障壁で防がれ、マルシェさんは一旦距離を取って僕の隣で武器を構えた。



「マルシェさん、助かりました!」

「礼には及びません。……しかし、流石に手強い……」


 僕とマルシェさんは油断なく師匠を見据えながら、有効な攻撃を模索していた。

 無表情のまま佇んだいた師匠は口角をほんの僅かに緩めて微笑した。


「……クサビ、場数を踏んだようだね。以前とは見違えた。…………だが、まだ詰めが甘いな。ここからは厳しめに指摘させてもらおうか」


 ――そう言った師匠の表情から笑みが消え、冷徹な目付きが鋭く僕達を射抜いた。


 ……その視線に背筋に寒気を覚えながら、冷や汗まで出始めていた。


「攻撃の機転も利く、剣の冴えや速度も成長している。……だが、まだ想定が足りない。君は、渾身の一撃を回避された後の事を考えていない。その結果仲間に守られるという醜態を晒したのだ」

「……っ! はい……!」


 師匠の指摘は最もだったが、悔しさが込み上げてくる。内心ではもう少し追い詰める事が出来ると思っていた。……それがそもそも思い上がりだったんだ…………!

 そんな無様な自分に悔しさが湧いていたのだ。


 僕は師匠の言葉を受け止めつつ、下唇を噛んで己の力不足を痛感した。


「マルシェ、君には決定的な欠点があるな。それは何か理解しているかな?」

「……えと…………」


 マルシェさんが叱られた子犬のように、目を伏せてしゅんとして口篭る。


「火力だよ。君は防御という面では随一だ。だがその分君の剣には決定打を与えるような強力な一撃がないんだ」

「…………ッ! そう……かもしれません…………」



 周囲では激しい戦闘する声や音が響いていたが、ここでは緊迫した雰囲気の中、しばらくの沈黙が流れた。



 そして師匠が短い溜息をついた後、口を開いた。

 その声には僅かながら怒気が含まれているように感じた。


「……我らが相手にするヨルムンガンドは、君らの想像を超えた化け物だ。我らとて仲間の身を案じている余裕はない程のな」


「…………」


 師匠の言葉が胸に突き刺さる。つい今しがたマルシェさんに庇われた僕は、足手まといになり兼ねないのだ。


「ヨルムンガンドの封印を解くまでに君達は我らに並び立つ程に成長してもらわなければならないのだ。それを自覚出来ていないようだな」


 ……師匠の言う通りだ。

 師匠達が居てくれればと、どこかで安心していたのかもしれない。久々に師匠に修行を付けてもらえるなどと甘い考えを持っている場合では無かったんだ。

 僕はもっと真剣に向き合わなければならなかったんだ……!


 師匠から強烈な殺気が波動となって僕達を呑み込む。

 そして肉眼でもハッキリ見えるほどに魔力が高まっていき、やがて雷を纏い始める。


 殺気に晒され喉が急激に乾くのを感じる。

 マルシェさんも戸惑いながらただ師匠のその様子を眺めていることしか出来ない。

 二人とも身動きが出来なかった……。



「二人とも今の事をゆめゆめ忘れず、次には意識を切り替えてくるように。…………では一度眠るといい」

「えっ……――――うわあああッ!」


 防ぐ暇すらなく僕達の頭上から激しい雷撃が襲い来る。

 僕は遠のく意識の中で、これから挑む相手がどれほどに強大な存在なのかを、後悔の念と共に改めて認識し直していた……。

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