目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

Ep.211 Side.R 直面する壁は厚く険しい

「――オラァッ! そんなんじャァすぐにおっ死んじまうぞォ!?」

「うわっ! ……ぶ……ねぇ……!」


 数メートル先から一瞬で拳を打ち付けてくる黒い虎のおっさんこと、ラムザッド・アーガイルの攻撃を辛くも回避する。

 拳と言ってもただの拳じゃねぇ。ビリビリと雷を纏いながらのパンチだ。


 ……あぶねえ…………。あんなもん当たったら一発ノックダウン食らっちまうぜ……!



「オウオウ槍使い! ここまで近付かれてッとォ何も出来ねェナァ!? おぉン!?」

「クッソ! 返す言葉も攻撃もねぇ!!」



 俺らは今ギルドの訓練所で特訓の真っ最中だ。

 地下に封印されているヨルムンガンドという化け物を倒すには、今の俺らでは心許ないという。


 幸い化け物の封印を解くタイミングはこっちに任せるという王家からの通達が届いているそうだから、クサビ達の師匠のお墨付きを貰えるまでは、こうして訓練に明け暮れる事になるってわけだ。


 ヨルムンガンドってのは、そんなに強いのかとチギリに聞いたところ、ランクSの冒険者パーティが複数いて互角程度。


 という絶望を叩きつけられたわけだが……。



 で、今相手にしているのは東方部族連合のお偉いさんの一人で、虎牙族という虎の特徴が濃い獣人だ。

 荒々しいが、これでも為政者としての能力は兼ね備えているらしい。


 戦闘面の方は……そりゃもうボッコボコさ。俺がな。



「――ぐべらっ」


 視界が上下へと二転三転し、ようやく止まる。

 ……綺麗な青空が広がっている。今日のマリスハイムもいい天気ダナー。


「おい、とっとと起きろ」


 そう言われながら引っ張り起こされた。

 さっきから一方的にぶっ飛ばされては起こされ、ぶっ飛ばされては起こされての繰り返しだ。

 これでも十分絶望だが、極めつけは……。


「あらあら大変ですわ! …………。さあラシードこれで平気ですわね! お行きなさい〜!」


 と、ボロボロの体はアスカの回復魔術によって即座に完治されちまうから、疲弊した心と元気な体ですぐに再戦という流れが、それはもう極まってた。


 これじゃ耐久の訓練みてぇじゃねーか、くそう。



「ったく、だらしがネェ。そんなんじゃオメェが真っ先にくたばるぞ?」

「ぐっ……!」


 己の力不足をまざまざと見せつけられ、俺の心はボロボロだ!


「で? そこの猫耳は見てるだけか?」


 ラムザッドの視線が俺から、俺の遥か後ろで傍観しているウィニ猫に向く。

 ……そうだよ、なんかおかしいと思ったら、なんでアイツは見学してんだよッ!


「ん。おっちゃんの雷を観察してる」

「見てるだけで何かわかんのかァ? ――ってオイ、おっちゃんって呼ぶんじゃねェ」


 ウィニ猫はやけに真面目な顔で膝を抱えて地べたに座り込み、完全に傍観の構えだ。

 どうやら俺の加勢をしてくれるつもりはないらしい。嫌われたもんだな。


 ……後でその髪と尻尾でもふもふしてやるからなちくしょう。


「実戦あるのみだと思うがなァ。……まあ、魔術師のことはアスカやチギリに任せらァ」

「おっちゃんの雷はししょおの雷とは、なんかちがう。わたしはそれを見極める」

「――――。……ほう…………?」


 ウィニ猫の言い訳みたいな言い分に、ラムザッドは意外にも関心したような反応を示しながら一瞬ニヤリと笑った。


 そしてその獰猛な金色の瞳が再び俺を見据えてさらに顔を歪めて笑った。

 その殺気交じりの視線に貫かれた途端、俺の体は危険を感じて強張る。


 牙族の族長は獰猛に笑いながら、その名の通り牙の生えた口を見せつけてくる。

 その眼光、その牙、その気迫が俺に負け犬モードを強制させている。

 だがここで怯んでばかりでは本当にただの負け犬になり下がっちまう!


 ……100回ぶっ倒されても、せめて一回ぐらいは攻撃を入れてやるッ!



 俺はラムザッドの殺気を押し返さんばかりの殺気を向けてハルバードの矛先を相手に向けた。


 その殺気を受けて目を見開いて愉悦に笑うラムザッドのまた、己の拳と拳を打ち付けて電気を飛び散らせて構えを取る。


「――オラァッ! さっさと来い槍使いィ!」

「うおおぉ……っ!!」


 俺は強化魔術を発動させて一気に接近する。


 まずは牽制の一打。

 ハルバードの矛先をフェイントを交えつつ相手の足に向かって突き出すが――。


 それはあっさり見切られ、躱されてしまう。


「ハハッ! 案外冷静じゃねェかッ! ――だがなァ!」


 そう吐き捨てての拳撃。

 紫電の軌跡を残しながら繰り出された拳のその速度に驚きつつ、どうにかそれを受け止めた。


 だが受けた衝撃は腕から全身へと伝い、そのまま体勢を崩して後ろへと吹き飛ばされる。


「――ぐああっ!」

「まだ終わってねェぜ!? ウラァッ!」


 その隙をついて、雷の嘶きを響かせた追撃の蹴りを繰り出す黒き猛虎。


 俺は受け身を取り、辛うじてそれを避ける事に成功する。

 そしてすかさず反撃に転じようとするも――。


 ……既にラムザッドは別の構えを取っていた。

 左手をこちらに狙いを定めるかのように突き出し、深く腰を落として目いっぱい引いた右の拳に夥しい量の稲妻が集まり、眩い閃光を宿していた。


 その構えを見た瞬間、背筋がゾクリと冷たくなった。



「――死にたくなければ防いでみせなッ」

「――――ッ!」


「猛閃跋扈ッ!!」


 突き出した右の拳から、圧縮された雷の魔力が閃光となって放たれた!

 俺は強化魔術を全力で防御に回して守りの体制を取った。


「うおおおおおおおーーーッ!!!」


 閃光に飲み込まれる俺。

 全身を駆け巡る痛みや衝撃にただひたすらに耐え忍ぶ。

 俺の魔力がみるみる減っていくのを感じる。それももう残り少ない……ッ!


「うがあああぁぁああアっっ!!」


 喉が張り裂けんばかりに叫びながら、力を振り絞った。

 ……ちくしょう。カッコわりぃな、俺…………――――




 やがて膨大な魔力の奔流が止み、周囲に静けさが漂った。


 閃光が通った跡は、地面を焦がして湯気が立ち上っていた。

 そしてそこに、ギリギリで耐え抜いた俺は立っていた。


 体中に痛みが走り、今にも意識が持っていかれそうな程に魔力枯渇を引き起こし倒れそうになりながらも、それでも俺は確かに立っていた。



「……よォし、耐久は申し分ねェな」


 ……なんだよ、それ…………。

 マジで耐久訓練なのかよ、馬鹿野郎…………。


 俺はその場に崩れ落ちる。

 そこへ読んで字の如く、飛んできたアスカが俺を抱きかかえた。


「ラムザッドッ! いくらなんでもやりすぎですわ! 本当に死んでしまうところでしたわよッ!」


 アスカが本気で怒りながら、俺に回復の魔術を施してくれる。

 ……ああ、美女の腕で介抱されんのも悪くねぇな、ははは。


「……何言ってやがる。こんくらい耐えられねぇとヨルムンガンドなんぞ倒せねぇだろ」

「挑む前に居なくなるところでしたわよ!」



 ヨルムンガンド。その化け物がどんだけ強いのか想像もつかねぇ。

 だが、超一流の戦闘力を誇るこの人らでさえ余裕はないんだってこと、それが身に染みてわかっちまったぜ……。


 くそっ。強くなりてぇ。もっと、もっと強く。



 アスカから回復してもらい、俺はひとまず体を休めることにした。


 今ラムザッドはアスカのお説教を受けている。

 終始反発していたが、耳が垂れているあたり効いているようだ。



 そこに、突然自信に満ち溢れた様子の足音がラムザッドの共へと近づき、そして止まった。

 何故かドヤ顔のウィニ猫である。


「おっちゃん、わたし、見切ったよ」

「……んあァ?」


 ウィニ猫が自信たっぷりにない胸を張って宣った。……何してんだアイツ。


「みてて。むむむむ……。――ふんっ」

「あらあら!」


 ウィニ猫は目を瞑って唸りながら集中して魔力を練り、気合と一緒に右手に紫色の雷の玉が出現した。

 ウィニ猫がいつも使う雷とは違う、より激しさを増した、ラムザッドから放たれる雷と同じ性質をしているようだった。

 これにはアスカも驚いていた。


「ふふん。どーだ」

「ほォ……。見て覚えやがったのかよ。やるじゃねェか」


 ウィニ猫のドヤ顔がさらにドヤっていく。このまま天狗にでもなりそうな勢いだ。

 ……にしてもアイツ、マジで見てただけでラムザッドの雷出せるようになったのかよ……。へこむわー。



「これならおっちゃんにも余裕」

「ハッ! ……なんなら試してみるかァ?」

「のぞむところ!」


 天狗なんてもんじゃなかった。勘違いも甚だしいとはまさにこの事を言うんだろうな。



 ウィニ猫はあろうことか同じ土台に立った気満々でラムザッドに挑んでいる。……あ、負けた。



「ふにゅ~……」


 ウィニ猫が情けない声で地面に突っ伏している。フラグ回収の速さに太鼓判を押したい気分だ。

 その様子をラムザッドが居たたまれない表情で頭を掻いていた。

 まったく及第点には至れていないということだろう。



「なぜ……まけた……」

「あたりめーだろ……。俺の紫電を出せるようになったからってな、時間掛かってちゃ使えねぇ。瞬間的に発動できるように頑張るこったなァ」


「はっ……! なるほど……! がんばる」


 地面に突っ伏したまま返事をするウィニ猫。

 その姿を見ながら、自分もまだまだ超えるべき壁が高いことをこの身に滲む悔しさを覚えながら痛感していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?