今日の弟子達の特訓を終えて日が暮れる。
弟子達と別れてとある酒場にて、指導する立場である我とアスカ、ラムザッド、そしてナタクで顔を付き合わせていた。
来たるヨルムンガンド戦に向けて、クサビ達の実力を向上させねばならないのだ。この席はそのための会合とでも言うべきだろうか。
料理と酒が届き、一先ず皆で飲み交わす。
果実酒を上品に飲むアスカが木製のコップを置くと、やや顔をむくれながら一番に開口した。
「――まったく。チギリもラムザッドの苛烈が過ぎますわ! あれじゃ心が折れてしまいますわよっ」
「あァ? あの程度で折れるようじゃァ、元から戦力にならンだろうが」
「うむ。同感だ」
意外に心配性なアスカの意見も理解出来るが、今回ばかりはラムザッドに同感だ。我とて相手が相手ならばここまで打ちのめすような事はしない。
今回の相手は我らとて余裕はないのだから。
「……んもぅ。回復する身にもなって頂きたいですわっ!」
「肉体的にもそうでござるが、精神の鍛錬も欠かせぬ。これも、ここからの戦いには必要なことでござろう」
「そう言うが、ナタクは随分お優しい訓練だったンじゃねェか?」
「……相手は女人ぞ。傷など残っては申し訳が立たぬ」
武人は皆脳味噌が筋肉で出来ていると思っていたが、案外紳士ではないか、ナタクよ。
と心中で独りごちほくそ笑む。
「サヤは女だが戦士だろうが。傷の一つや二つ付きもンだぜッ!」
「……まあ、ラムザッドに理解を求めるのは無理な話ですわね」
……おっと、いつもの痴話喧嘩が勃発しそうだ。
本題に入らねばならないと、我はわざとらしく咳払いをして場を鎮める。
「――こほん。……では、一度整理しようじゃないか?」
何か言いたげな二人は渋々とこちらの会話に耳を傾けた。
我は一拍置いて落ち着いたのを確認してから話し始めた。
「まずは、我らは魔王への対抗手段の情報を得る為、街の地下にある秘匿書庫を目指す」
我は言葉を区切り、聞き手を一瞥。
一同が無言で頷いて理解を示したのを確認し、我は語り手を続けた。
「そしてその秘匿書庫に封じられた厄災ヨルムンガンドの封印を解き、その場で討滅する必要がある。取り逃がせばマリスハイムは甚大な被害をもたらす恐れがあるだろう」
「こちらの戦力は、我ら4人、クサビら希望の黎明とマルシェ。そして王家からルイントス・バルムンク率いる近衛騎士から選抜した、3小隊からなる15名と聞いている。これで総勢24名となる予定だ」
「……戦場は地下故、少数精鋭で討ち滅ぼすより他ないという事でござるな」
「その通り」
厄災が封印されている場所は地下と言えど、空間は少しは開けているそうだ。だが、軍を差し向ける事が出来る程広くもない。
ヨルムンガンド討伐を成し遂げるには、一人一人が戦力として機能しなければ勝ち目はない。
「状況はわかったぜ。……で、ソイツをぶちのめす為にあのヒヨッコどもを鍛えンだろ?」
「無論、戦力の底上げは必須。今のクサビらでは敵う相手ではないからな。……少なくとも我らと同等とはいかずとも、背を預けられるくらいの実力でなければなるまい」
と、言葉に出してみたが、言うは易し。
彼らにはこれから血反吐を吐くが如き激しい鍛錬を実施しなければならないだろう。
「よって、クサビらを生かす為に、我らは鬼とならねばならない。今日のような事が日常として起きるだろう」
「……毎日あの子達が苦しむ姿を見なければなりませんのね…………」
「…………」
我は皆に決意を込めた眼差しで言い放つ。
ナタクは険しい表情で瞑目し、ただただ黙って我の言葉を咀嚼している。
アスカは心痛しながら声を漏らしたが、その瞳には彼らへの同情の類いは含まれていなかった。心を痛めながらも死なせぬ為にと許容している。そんな面持ちだった。
「我とて、師自らが愛弟子を打ちのめす事は耐え難い。……だが、必ず苦難を乗り越えてくれると信じている」
我は偽り無き本心を紡ぐ。するとアスカは果実酒のコップを掴み、迷いを振り払うかのように一気に煽り、音を立ててコップを置いた。
「…………わかりましたわ。ならばわたくしももう口は挟みませんわ。その代わり、必ずあの子達を立派に育て上げますわよ……!」
「……承知した」
苛烈な修行を課す事に反対だったアスカとナタクは揃って、同意という決断を眼差しで表明した。
「では、決まりだ。必ず成し遂げよう」
「ええ」
「おう」
「応」
我らは酒が入った容器を打ち付け合って思いを結集させたのだった。
――久しぶりにチギリ師匠との訓練を終えた夜のこと。
僕は宿の部屋のベッドにもたれて天井を眺めていた。
訓練の際に師匠に言われたことを思い出しながら、いかに自分の認識が甘かったと反省していたのだ。
師匠はどんな気分だったのだろう。
久しぶりに会った弟子の呑気な様子を見た師匠の気持ちは……。
「……はぁ」
思わず出た溜息に、同じく訓練でボロボロになったラシードがベッドに寝転びながら反応する。
「……お前もこてんぱんにされたのか?」
「はは……まあね…………」
ズタボロの男二人の乾いた笑いが部屋に響き渡り、陰鬱な雰囲気に包まれていた。
「今までの僕の認識は全然甘かったんだって思い知ったよ……」
僕は力なく自嘲する。
「マジで容赦なかったよな……。だが、そのくらいの修行じゃねぇとヨルムンガンドに敵わないってことなんだろうな…………」
「うん。……厳しいけど、だからこそやるしかないんだろうね」
「……そうだな……」
僕達はお互いに暗い表情のまま頷きあったのだった。
そして少しの間の沈黙のあと、ラシードが勢いよく上体を起こして、爽やかな笑顔で白い歯を見せた。
「……ま! ウジウジしたってしょうがねえぜ! チギリ達だって俺達に期待してるからこそ厳しくしてくれてんだ! その気持ちに応えようぜッ!」
まるで太陽のように明るいラシードの笑顔を見てると僕も元気になってくる。
「うん。そうだね! ……僕らも頑張らないとね!」
僕がそう言って笑うと、ラシードも同じように笑顔を返した。
その笑顔を見るとなんだか、この試練も乗り切れるような気がした。
僕とラシードは前向きな気持ちに切り替えようと互いを励ましあって、その日は床に着き、マリスハイムの夜は更けていった。