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Ep.217 Side.W 激突『ラムザッド・アーガイル』

 虎のおっちゃんがラシードとわたし目掛けて雷を纏った拳を振るう。


 おっちゃんの気配が違う。これは本当にわたしとラシードを殺すつもりで来てる。

 死にたくないわたしは危険を察知して、いち早く対応した。


「ふんっ」


 わたしは杖を振って魔術を発動し、ラシードを守るように地面から土壁を出して幾重にも重ねる。


 おっちゃんの拳は壁を次々と打ち壊したけど、その勢いは相殺されてラシードに到達する前に防き切れた。


「甘ェンだよッ!」


 ……と思ったらおっちゃんの攻撃はそれだけじゃなかった。


 止まった握り拳をさらに強くぎゅっと握って拳圧だけを撃ち出して土壁をどんどん壊していき、すごいスピードで飛び出した。

 その瞬間なんとわたしに狙いをつけた拳が迫っていた!


「――――!」

「危ねぇッ!!」


 ラシードは咄嗟にわたしの前に割って入って拳を受けて助かったけど、おっちゃんの攻撃には頑丈なラシードでも受け止めきれそうになかった。


「ぐっ……! こんのぉ……!!」


 ラシードが衝撃で吹き飛ばされたけど、すぐに態勢を立て直してすぐにこっちに戻ってきた。

 さすがラシード。丈夫だけが取り柄。


 そしてわたしはその間もおっちゃんに杖を向け続けて風の刃『ゲイルエッジ』を連発して牽制していた。


 おっちゃんはそれを避ける素振りすらなく、体の周りに迸しる雷で掻き消していた。むむ。牽制の効果はなさそう。

 でも雷をそんなふうに使うんだ。これは真似しよ。


 おっちゃんはわたしやラシードを殺すつもりで襲ってくるけど、いろんな戦い方を見せるように襲ってくる。


 わたしたちに確かな殺気を向けながらも、まだかなり手加減しているのを感じる。


「クソッ! 何しても見切られちまう! こうなったら消耗を気にしてる場合じゃねえ……」


 ラシードは悔しそうにおっちゃんを睨みながらハルバードを向けてぼやいた。

 わたしの牽制の魔術もあまり嫌がらせになっていない。

 せめて少しだけ隙があったら使える魔術もあるのに……。


 師匠のように、パッとすぐつよい魔術を出せるようにならないと、おっちゃんは倒せないのかもしれない。


 でもここを乗り越えなければ、次はない。

 今ここでわたしは、そしてラシードは勝つための何かを見つけなければならなかった。


 何か見つけないとだめ。死にたくないもん。



 おっちゃんの右手に魔力が集まっているのが見える。

 また何かする準備をしてる。


 魔力はわたしくらいの魔術師じゃないと見えないから、ラシードに知らせないと。


「ラシード、危ない。気を付けて」

「あ!? ……お、おう!」


 ラシードに注意喚起はした。

 何故か首を傾げているけど、これでいい。



 ラシードが身構えておっちゃんの様子を警戒する。

 わたしは牽制の手段を風魔術から地属性に切り替えて、拳くらいの石を大量に降らせた。


 体を低い姿勢で屈めて足に力をいれたおっちゃんは、落雷の前触れの閃光のようにピカッと眩しく光った瞬間、気配もなく完全に姿を消していた。


 ……どこ行った? ――そう思った時にはゾワリとした嫌な予感が背筋を凍り付かせる。


「――さっきからチマチマ撃ってンじゃねェぞ白猫ォ!」


 身の毛もよだつ感覚が危険と叫んでいる。

 その時おっちゃんの声がわたしの頭上から聞こえて、ハッとして上を見上げた。


 ――おっちゃんが右手に激しく迸る紫電を纏いながら急降下してくる。

 溢れんばかりの殺気を剥き出しにした目で、もうすぐ目の前まで迫ってた。

 ……今からじゃ足も動かず、魔術を練る時間もない。


 おっちゃんの右手はわたしの心臓を狙っていた――――。



 ――――ガゴッッ!


 そんな、何かがぶつかる音が聞こえた時には、わたしは突き飛ばされて倒れていた。

 這いつくばったまま顔を上げると、ハルバードをおっちゃんの右手に向けて突くラシードの姿があった。


 全身に強い魔力を巡らせたラシードは、普段は糸目で今まで見たことがない見開いた目でおっちゃんを睨みつけている。

 ハルバードの尖端とおっちゃんの右手の手甲がぶつかり合って両者は衝撃で弾かれて距離を取った。


「……てんめェ、やってくれやがったな…………」


 ラシードがものすごい剣幕で怒っている。溢れんばかりの怒気に、わたしにまでピリピリする感覚が伝わって来た。


 目が開いたラシードはこわい。覚えておこ……。



「……へェ。ようやくマジになったかよッ! オラ! 来いよッ」


 おっちゃんの啖呵に開眼したラシードが無言で突進していく。

 走りながらハルバードを回転させ、魔力を流し込んでいる。……何か大技の予感!


 回転を続けるハルバードに激しい炎が発現し、渦を巻いておっちゃんに迫った。


「ウオオオ! 煉獄ッ! スピニング斬りィィー!」


 激しく燃えて回転するハルバードを縦に横にとあらゆる角度で斬りつける!

 予測しにくい動きで繰り出される強力な技、煉獄スピニング斬り。

 名前ダサいけどつよい。


 おっちゃんはファイティングポーズを取って刃の軌道を冷静に見極めながら紙一重のスウェーで躱す。


 ラシードの猛攻が続く。

 技が終わりハルバードの炎が消えても動きを止めなかった。スタミナが続く限り攻め立てるつもりのようだった。

 ハルバードを巧みに操り突き、薙ぎ払い、打ち付ける。体術も交えておっちゃんと対峙している。


 おっちゃんはラシードの攻撃をいなし、カウンターを入れていく。その度にラシードに傷が増える。


「ぐはっ! ――うおおおッ!」

「根性据わってンじゃねェか槍使い! もっと打ち込ンで来やがれッ!」


 おっちゃんがラシードの相手をしている今なら魔力を練る事ができる。ラシードが時間を稼いでくれている間に、おっちゃんにおっきい魔術をぶつける必要がある。


 ……やったことはないけど、わたしはやる。


 わたしは前から考えていた新しい戦い方を試す事にした。ぶっつけ本番。やらなければラシードが死ぬ。わたしも死んでしまう。



 ――やる。




「――ッらァ! ……ぐはっ! ――オラオラオラオラッ!!」

「隙だらけなンだ……よッ! ……オラッ!」


 魔力を燃やし尽くすような激しく消費した猛攻を繰り出すラシードは、おっちゃんの反撃を受けながらも止まることなく攻め立て続けた。


 このままじゃすぐにラシードが魔力切れを起こしちゃう。

 わたしはすぐに行動を始める…………。



 思い出したのは、この前みんなで行った依頼で倒した、グリーン・ソーサリアというゴブリンがくさびんに使っていた闇魔術だ。


 闇魔術は、相手の精神に作用する魔術が多いって言ってた。

 アイツが使っていた闇魔術の起こし方や流れは覚えてる。


 わたしにもきっと使える。


 わたしはラシードが耐えてくれることに賭けて、目を瞑って魔術の起こりを想像する。


 ……静かでもやもやで、なんかつめたい感じ。

 ……じわじわで、にゅってきて、ぎゅっ。


 ……ん! 出来てきた!



 わたしはイメージの頭の中に保ったまま目を開けて、杖を掲げた!

 師匠から貰った黒い杖に付いてる丸い球から黒い光が発した。


 ――っ! …………やった。

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