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Ep.219 三方の激戦

「――――ッ!」


 ナタクを刀の間合いに捉え、私は流れに抗わず袈裟に斬り放った。と同時にナタクの鋭刃が繰り出され、私達はすれ違いざまに互いの剣撃を浴びる。


 左肩を斬られ軽い出血。

 しかしナタクにも刃は届いていた。私のものでは無い鮮血が飛び散った。私の剣技が遥か高みに至る存在に、僅かでも届いたのだ。


 すれ違ってすぐに踵を返して後退し、すぐさま私は刀を引いて構えると共に再び地面を蹴り出した。


「はっ!」


 踏み込むと同時に刀を振るい、ナタクが刀でそれを受けて互いの刃の間に火花が散る。


 今度は弾き飛ばされる事はなかったものの、お互いの剣撃が重なり合い、鍔迫り合いの状態となってしまう。


 力と力の押し合いにもつれ込み、私とナタクの視線が重なる。


 その想いを胸に秘めた眼差しに、私はナタクの本質を見た気がした。

 同時にナタクが不敵に笑うと、力任せに刀を薙ぎ払う。


 私はそれを刀の柄で弾いて躱し、飛び退いて腰を落として刀を下げて構えた。


 私の構えに反応したナタクは上段の構えで対抗するようだ。今ならナタクの考えている事が解る気がする。


 そしてそれは私にも言える事だった。

 奇しくも刀を構えて対峙する二人は同じ思いを抱いた。



 ――――次の一刀が決着となる、と。



 精神を一定に保ったまま私は魔力を愛刀・蕚に込める。


 どちらが合図したともなく、両者は同時に地を蹴った――――。







「――うらッ! ……うぉ――っりゃ!」


 ラシードが苦しそうに息をしながらおっちゃんに立ち向かってる。

『なんとか間に合った。ご苦労、ラシード』

 ん。あとで、よしよししてあげよう。

『……ん。でももふもふはさせない』

 さんせい。



 ラシードは力を振り絞って休むことなく攻撃を続けていたけど、疲労が頂点に達して足が縺れる。

 そこをおっちゃんは見逃すはずもなかった。


「隙ありだァ!」

「ぐわーーっ!」


 体制が崩れたラシードの顔面におっちゃんの雷パンチが直撃し、ラシードはすごい勢いで吹っ飛んでいった。

 そしておっちゃんの視線は『わたしたち』に向いて構えた。


『――駆け巡れ光の如く、鳴動せよ蒼き嘶き……』


『くる! やるぞウィニエッダ!』

「ん! わかったウィニエッダ!」


 わたしはもう一人のわたしに返事する。


 わたしは闇魔術を自分に向けて発動した。

 そしてわたしの中にもう一人わたしがいると暗示させた。

 名付けて『イマジナリーウィニエッダ』にしよう。


 頭の中の『わたし』にはおっきい魔術を準備してもらい、わたしはおっちゃんの相手をする。



 おっちゃんが足に魔力を溜めている。きっとびゅんって来る。

 そこを撃って。ウィニエッダ。


 ……きた!


 おっちゃんはまた一瞬で目の前まで迫って、殺気立った目でわたしを間合いに捉えて雷を纏った拳を振りかぶる。

 わたしも既におっちゃんに杖を向けていて『わたし』は魔術を発動する!


「――イレクトディザスター!」


『わたし』が発動したのは、わたしの魔術で最大の火力を誇る、上級の複合属性魔術、雷のイレクトディザスター。

 杖の先から暴力的なまでの威力の蒼き雷が、太い束となって放出された。


「――うお!?」


 至近距離で放った蒼雷を咄嗟に腕を交差して受け止めるおっちゃんは、地面を抉りながら押し出される。

 でも途中で踏ん張ってイレクトディザスターのおっきいレーザーを受け止め続け、一歩、また一歩と前に進んでくる……!


「俺に雷で勝負を挑むたァ、おもしれェじゃねーか! だがなァ、まだ足りんぜ」


 ドシン、ドシンと大地を踏み削りながら少しずつ押し返して前進してくるおっちゃん。

 焦り始める『わたし』


『どーしようウィニエッダ! おっちゃんに効かない!』

「大丈夫。詠唱する。だからウィニエッダ。もちょっと耐えてほしい」

『――! ……ん!』


『わたし』が杖から蒼雷を放出し続けている間に、わたしは魔術を紡ぐ。


「鳴動せし嘶き束ね、誕生せし紫電の帝。天の産声轟き闇色に染まれ……!」


 杖の球がさらに眩しく輝く。

 わたしの杖の変化に、おっちゃんの瞳が警戒の色を強めていた。


「――――フルミネカタストロフィ!!」


 杖から放たれた蒼雷は紫電となり、さらに暴力的な力がおっちゃんにぶつけられる!

 と同時に急激に魔力が減っていく……!



「グォ……ッ!? コ、コイツ……!!」


 わたしと『わたし』が編み出したフルミネカタストロフィを、顔を歪めながら耐えるおっちゃん。

 じりじりと押し返していく。でももう一押しがほしい……!


「てめェ……ッ! どうやったッ! ぐおぉッ」


「……ふふん。……ゆいいつむにの、あいぼーのおかげ……っ!」

『マブダチ……!』

「ワケ……わかンねェ……ッ!」


『わたしたち』は魔力切れも躊躇わず全力で魔力を注いだ! トドメの一発が欲しいと願ったその時……!


 わたしの隣には、満身創痍でフラフラのラシードが立っていた……!


「よーし……ウィニ猫……後は、俺に……任せろ……ッ!」


 頭から血を流しながら今にも倒れそうなラシードがハルバードを地面に突き立てて、武器を持たないでフラフラとおっちゃんに近づいて行った……。








 僕は剣を構えたまま、マルシェを信じて目を閉じ、魔力を練る。


 そして強く念じる……。


「――――シズク!」


 魔力が消費される感覚の後、僕の隣に涼やかな気配。

 そして儚げな声が歓喜の色を溢れさせながら僕に語りかける。この声は僕の召喚に応じて現れた、水の中位精霊のシズクのものだ。


「…………クサビ……っ! 呼んでくれてありがとう……ずっと待っていたわ……っ」


 蕩けそうな笑みで僕の肩に手を添えて互いの頬を擦り合わせる。しかし目を開いた僕の視線の先を見るや、表情を引き締めた。


「……何をすればいい……?」

「シズク、仲間が今必死に時間を稼いでいる。僕の準備が整うまで加勢して欲しいんだ!」


「……うんっ。桃髪の子を手伝えばいいのね……? 任せてっ」



 シズクは名残惜しそうに僕から離れると、ふわりと浮遊してマルシェの元へ飛翔していった。



 僕は再び瞑目し精神を統一する。

 僕が出来る今一番の剣技。深い集中状態でしか発動しない、剣に赤い軌跡を残しながら繰り出す『熱剣』だ。

 時の流れが緩やかに感じる程の深い集中状態でのみ、この熱剣は発動する。


 そのため発動には準備が必要だ。

 チギリを倒すにはこの技に賭けるしかない。


 雑念を捨てて、熱剣の感覚をひたすらに想像する。

 周囲をざわつかせる戦闘の音も聞こえない程、僕は深い意識の底に潜る。


 ――イメージする。

 僕の目の前には太陽のような光。その光に剣が突き刺さっていた。

 僕は柄を握り、一気に引き抜くと炎の力を宿した赤い刀身がその姿を現した。

 その炎は轟々と燃える炎ではなく、静寂の中高熱を放ち続ける炎。その炎にさらされて刃は真っ赤に染まっているのだ――――。



 ……できた!


 僕は目を開き、戦場を見据える。


 一心にチギリに食らいつき、苦悶の表情を浮かべるマルシェ。かなり息が上がっており、体の至る所に傷があった。

 チギリもそんなマルシェに魔術で迎撃していたが、マルシェに飛来する魔術をシズクが魔術で打ち消していた。

 かなりの魔術を行使し魔力が少ないのか、シズクの体が薄れつつあった。


 ……二人とも、ありがとう。


 必死に戦うマルシェとシズクに感謝の念を込めて、僕は倒すべき敵に向かって駆け出した!


「――っ!」


 チギリが接近する僕に気付いた。

 ただならぬ様子を感じ取ったのか、目を細めて警戒を露わにする。


「――チギリ様っ! ……余所見ですか……!?」


 目線を外したチギリに、マルシェがすかさず鋭い突きを繰り出した!


「見ているとも、そして甘いな」

「――うッ……!」


 チギリが半歩下がると、目の前に突き出されたマルシェの手首を掴み、ガラ空きになったマルシェの胸に杖を当てると雷を流し込んだ!


 マルシェは短い苦痛の声で呻くとその場に倒れ込んでしまった……! 僕は眉をひそめつつもチギリを睨みつけた。


 チギリは杖を振り、僕の接近を阻もうとさらに魔術を放ってくる。

 同時に複数の属性の魔術の弾幕を張ってきた!


 一人で夥しい数の魔術を放ってくる。だが僕は怯むことなく駆け、シズクが僕の隣に飛んできて魔術から防ごうと、残った魔力で水の防壁を展開させつつ、水弾を放って魔術を相殺する。


 そして、一瞬シズクの姿が霞んだようになる。

 自分の退場を悟ったシズクは僕を見て儚げな笑顔を向けた。


「……クサビ……私……ここまでみたい…………。また……っ……私を……――――」


 と、言いかけて魔力は粒子のように散らばり、そして消えた。


 ――ありがとう。シズク! 後は僕が……!







 三方で激しい戦闘が繰り広げられていました。

 わたくしはそのどれもを見逃すまいと見守っていましたわ。

 もし、ここにいる誰かが致命傷を負った時はわたくしがすぐに駆け付けられるようにと。


 ――圧倒的な魔力を振るい己の弟子を屠らんとするチギリ、それに対するクサビとマルシェ。

 たった今マルシェがチギリの雷撃を受けて倒れてしまいました。直撃を受けてはいましたが命に別状はないようです。ですがしばらく動けないでしょう。



 ――一方ではサヤとナタクが静かに刀を向けて構えています。

 流れる魔力が物語っておりますわ。……お互い次の一撃で決める気で居るのだと。

 動き出した時、勝敗は明らかになるのでしょう。



 ――もう一方に目を向けます。

 ……猫耳族のウィニからとんでもない魔力の雷撃が、ラムザッドに放たれていたのです。

 あの紫の雷はラムザッドのものと同質のように見えますわ。この短期間であれを再現できるなんて、正直驚きました。

 しかしこのままならばラムザッドが耐えぬく。

 ですが、そこにはもう一人の参戦者、満身創痍のラシードが自分の武器を置いてラムザッドに近付いていきました。

 ……何か底知れない気迫を感じますわ……。



 そしてわたくしは目の当たりにしたのでした。

 彼らの覚悟と可能性を。

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