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Ep.221 激戦を終えて

 激しく苛烈な時間は終わり、気を失っていたものも含めて全員が集まった。

 全力を振り絞った激戦だった為、さすがに疲労困憊だった僕達は、ギルドのロビーの横に備えられた冒険者向けの休憩スペースへと足を運び、皆それぞれソファや椅子に腰を下ろしていた。


 ちなみに皆が負った傷は、見守ってくれていたアスカさんが癒してくれた。


 命のやり取りを繰り広げた直後だと、少し雰囲気がぎこちなく感じるところはあったけど、師匠達も心を鬼にして向き合ってくれたのだ。僕は特にわだかまりはない。

 ……それにしても、誰も死ななくて本当に良かった…………。

 死者蘇生の魔術なんて、未だに実現させた人は居ないらしいし……。


「おなかすいた……」

 開口一番にそう宣ったのはウィニだ。ぐて~っと人に寄りかかって、この中の誰よりも寛いでいる。


「オイ、なんで俺にひっつくンだよッ!」

「あらあら可愛らしい弟子が出来て良かったですわね、ラムザッド?」

「弟子に取った覚えはねェよッ! ……暑苦しいったらねェぜ」


 そう怪訝な表情で悪態を付くのはラムザッドさんと、それを揶揄うのはアスカさんだ。でもウィニを引き剝がさないあたりラムザッドさんもまんざらではなさそうだ。

 ウィニは今回の一件で気まずくなるどころか、むしろ懐いたみたい。


「食事はもう少し我慢してくれ。先に伝えておきたい事があるのだ」


 そう言って皆の視線を浴びるのはチギリ師匠だ。


「そんなに身構える必要はないよ。ちょっとした反省会さ」

「むしろ身構えそうだな……」

「お手柔らかに……?」


 ラシードとサヤは今度は何を突きつけられるのかとたじたじだ。


「まずは皆、我らの試練を良く乗り越えた。正直ここまでの力を発揮するとは想像していなかった」


 と、言葉を紡ぎ始めたチギリ師匠の後にナタクさんが力強く頷いた。


「先ほどの力ならばヨルムンガンドとの戦いの場に立つ事は出来ると我は判断するが……どうだね?」


 師匠の視線がアスカさん、ナタクさん、ラムザッドさんと順に向け、回答を求めた。


「わたくしは全体を見ていましたけれど、皆様の中に輝くものを感じましたわ!」


「うむ。サヤ殿の力、まっこと見事でござった。さらに高みを目指せよう」

「ナタクさん……。これからも精進します……!」


「……俺も認めてやる。こいつらァ、さらに化けるぞ」

「おっさん……ッ!」

「おっちゃんっ」

「――お前らはまず呼び方から改めやがれッ!」


「ふふ。そしてクサビとマルシェ。君達も極限の中で最後まで諦観することなく勝利をものにした。マルシェは攻守ともに冴え、君と突破するのには苦労した。クサビは最後に見せた動き、まるで別人のようだったぞ」

「チギリ様にそう言って頂けたのは嬉しく思います。でも、さらに研鑽を積んで参りますからッ」

「僕もです! まだまだ課題はありますから」


 力を認められたことで、それぞれの表情に明るさが戻ってきていた。

 僕もなんだかつい浮かれてしまいそうになる。それほどに嬉しかったのだ。



「そこでだ。来たるヨルムンガンド討伐に向けて今後も力を付けていくことになるが、各々に見えてきた課題を克服する必要がある」


 一呼吸置いた後、チギリ師匠は話を続ける。これからの方針を切り出すようだ。


「クサビ、君は我に放ったあの赤き剣。あれを即時発揮できるよう努めるのだ」


 師匠の中でも熱剣の時の状態は脅威だったと語る。

 あれは現段階では発動の前に準備が必要になる。だがヨルムンガンドを相手に立ち止まっていられる余裕はないだろう。

 したがって自在に扱えるくらいの練度を積まねばならないのだと。


 その後もチギリ師匠の話は続き、それぞれの鍛えるべきものが定まったようだ。


 それぞれの肉体的、精神的に基本的な部分を底上げするのは共通項目で、それとは別に個別に伸ばすべき部分が課題として指摘されたのだった。


 僕は熱剣の熟達。集中が途切れたら熱剣も消えてしまうので、それの持続時間を長くできるように、最終的には常時熱剣状態であればなお良いらしいが……、その道のりはまだまだ遠いや。


 サヤは無我の境地の自動発動を目指す。雑念を捨てるという意味で、精神面での共通の課題になりそうだ。アスカさんからも神聖魔術の訓練を受けるという。


 ウィニも紫電の性質の魔術を即時発動できるように修練するようだ。それから師匠やアスカさんからはまだ知らない魔術を教えてもらうそうだ。

 新しいことを覚えるのはすき、と意外にもやる気に満ちていた。


 ラシードは打たれ強さと爆発的な瞬間火力を評価され、自身の戦闘能力の向上をメインに修行していくらしい。


 マルシェはゼルシアラ剣盾術のさらなる熟達と、いかなる攻撃にも対応できるように経験を積むという。


 それぞれの課題が明確になったけれど、僕達のやることは変わらない。

 ひたすら愚直に自分を鍛えていくことしか僕にはできないんだから。

 今後はチギリ師匠を始め、4人の先生のもとで修業をしていくことになった。

 これからもきっと厳しい訓練が待ち受けているはずだ。……頑張ろう。僕はただただ頑張るだけだ!



 そして反省会も終わりの雰囲気になった時、一際大きなお腹の虫の鳴き声が響き渡った。


 ……今のはすごい音だった。カウンターで受付してるエピネルさん達にも聞こえたみたいで、イルマさんの驚いた声が返ってきた。


「んあああー。おなか、すいた!」


 と、いつの間にかサヤにじゃれついていたウィニがへたり込んだ。

 どうやら空腹で限界らしい。気が付けばいい感じに夕焼けが姿を見せ始める時間だったようだ。


 僕も今日はたくさん体を酷使したし、ウィニもいつもよりもお腹を空かせているんだろうね。



「うふふ! それじゃこのまま皆様で食べに参りましょうか〜」

「いく」


「そうだね。これからの英気を養う意味も兼ねて、行くとしようか」



 ギルドを出て皆で歩く。

 僕は歩きながら、今日は本当に大変な日だったとしみじみと感じていると、サヤが歩幅を合わせて横に並んできた。


「クサビ、お疲れさま。……明日からまた頑張らないとね」


 サヤは表情に疲れをにじませながら微笑んだが、その瞳の中にはやる気が満ちていた。


「サヤもお疲れ様。大変だろうけど、乗り越えようね」


 そうサヤに返事をしたと同時に、自分自身にも言い聞かせるように告げ、夕日が照らすマリスハイムの街を歩くたのだった。

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