そしてさらに数日が経過した。
訓練は変わらず厳しく、毎日必死な日々を送っていた。
だがその甲斐あって、前よりも精神統一が少しは早くなってきたような、漠然とした小さな成果を感じていた。
それでも納得はいっていない。時間の許す限り僕は努力を怠らないのだ。
と、言ってもさすがに疲労が溜まってきてしまうのは否めない。
そこで今日は休日として、自由な時間を過ごすことになった!
正直僕もめちゃくちゃ嬉しい……!
久しぶりの自由時間に皆も嬉しそうだ。
それぞれ行先を決めたらしく思い思いに出掛けていった。
さて、僕はこの一日をどう過ごそうかな……。
最近話をしてない人に会いに行ってみようかな……。ポルコさんとか……。あ、あとは王立書庫のルピネルさんにもだいぶお世話になった。ギルドの呼び出しがあった後から急に通わなくなっちゃったから、ちょっと気になっていたんだ。
――よし、王立書庫に行こう。
僕は王立書庫でルピネルさんを探したが、書庫の職員さんに訊ねたところタイミングの悪いことに今日は非番だそうだ。
それなら仕方ないと帰ろうとした時、見慣れた猫耳としっぽが見えた。
「ウィニ ちゃんと座って読まないと怒られちゃうよ」
「あ。くさびん」
本棚の横の壁に寄りかかって本をペラペラと立ち読みするウィニに声を掛けた。
ウィニのことだからてっきり食べ歩きとかしてると思ってた。意外だ……。
「わたしが読むべき本をきびしく見極めてる」
「……にしてはすいぶん適当だね」
「……この本、絵がない。不合格」
「基準が雑っ!」
なんの本かと見てみると、一般家庭向けの料理本だった。
結局食べ物のこと考えてたようだ。
「わたしは大発見した」
「……何を見つけたの?」
突然ドヤ顔しながら突拍子もなく言い放ったウィニの次の言葉を一応待つ。
「ここでおいしそうなごはんの絵をみてから食べるごはん、ちょうぜつ美味しい。ぜったい」
「んー……? そ、そうかな……」
まったく理解できない理論だった。……まあウィニだしね。深く考えたら負けだ。
僕はウィニと別れて王立書庫を後にした。
どうしようか……。ポルコさんのお店に行ってみようかな。
そう思い至った僕はポルコさんが営んでいる『オッティの雑貨屋さん』に向かう事にした。
繁華街をのんびり歩く。
今日のマリスハイムもいい天気で清々しい。こうしてただ散歩するだけでも気分転換になりそうだ。街を流れる水路も相まって涼しく感じる。
なんて思いながらふと視界に入ったのは、水路の小舟に乗って移動している見覚えのある二人組だった。
二人とも同じ背丈で長い黒髪まで一緒だ。違いがあるとすれば、ストレートなロングか、ウェーブ掛かったロングかだけだ。
……あ、エピネルさんと目が合った。
「――あら、クサビさん」
「あ、こんにちはエピネルさんと、ルピネルさん」
「あっ、こんにちは」
エピネルさんが船頭さんに声を掛けると小舟が僕の前で止まる。
「方向が同じならご一緒にどうですか」
「えっ、あ、はい。じゃあお邪魔します……」
姉妹水入らずのところを邪魔してしまうのもどうかと思ったけれど、舟を止めてくれているのも悪いと思い、僕は遠慮がちに小舟に乗り込んだ。
僕らを乗せた小舟はゆったりと進み始めた。
僕は姉妹の向かいに座る。こうしてみると二人とも、双子というだけあって瓜二つだなぁ。
「今日はお休みなんですね」
切れ長の目をさらに細めて穏やかな笑みを浮かべるエピネルさんが切り出した。
「はい、雑貨屋にでもいこうかなって思ってたところでしたよ。お二人もお休みなんですね!」
「はいっ。今日はおね……姉さんとお休みを合わせて出掛けようって、前から計画してたんですよ」
「へえ~! お二人とも仲が良くていいですね!」
「はい。優秀な妹を持って私も鼻が高いです。ふふっ」
美人二人との他愛もない話に花を咲かせる。ラシードに言ったらあとで大変そうだから内緒にしておこう。
「あ、そうだルピネルさん。探し物をしていた時手伝ってくれたのに突然行かなくなってしまってすみませんでした」
僕は今日の最初の目的を思い出し、軽く頭を下げる。
ルピネルさんはまったく気にした様子はなく、むしろ申し訳なさげに慌てて手を振った。
「いえいえっ気にしないでください……。探し物、見つかったんですか?」
「見つかったわけではないんですが、手掛かりは見つかりました。今はそれを追求する為に頑張っている最中です!」
ギルドの受付嬢であるエピネルさんなら僕の事情を知っているかもしれないが、妹とはいえギルドの情報を外部に話したりはしていないのだろう。ルピネルさんは僕の事情には何も知らないようだ。さすがだ……。
「そうなんですね……。なら喜ばしいことです」
そう言ってルピネルさんは控えめに微笑んだ。
その後も少し会話をしたが、せっかくの休日の二人の邪魔をこれ以上はしちゃいけない。
そう思って舟を降りる意思を伝えようとした時だった。
「あ、クサビさん」
「はいっ」
エピネルさんに呼び止められた。気のせいか、表情が仕事の顔になっていたように見えた。
「……これはすぐに街中に知れ渡るものなのでお伝えしておきますが――」
「は、はい……?」
「――先日、帝国の最前線が魔族によって蹂躙され、部隊が全滅したそうです。そしてその地が魔族領のように真っ黒く染まったと……」
「――ッ! ……全滅…………」
「……これにより帝国は防衛線を大きく後退せざるを得なくなり、今も徐々に領地が侵攻されているとのことです」
この凶報に楽しい雰囲気が一変する。
魔王復活から、前線を徐々に押されていたとはいえ大きく押されたことはなかった。それがここにきて突然の部隊全滅の報。そして帝国の領地が魔族の瘴気立ち込める大地へと塗り替えられたという、明確な敗北の報せだった。
僕の胸中に不安が湧きだすのを感じる。魔王がついに本腰を入れて攻め込んできたのだと。だとすれば今後、このような悪い知らせがあちこちで起きるのではないか、と…………――――。
「ね、姉さんっ! 何もこんなところで言わなくてもっ」
「――あっ……、そうね……。……ごめんなさいクサビさん。無神経な発言でした」
ルピネルさんが戸惑いながらも姉を嗜めると、エピネルさんは目を伏せて頭を下げた。
「い、いえいえ! エピネルさん、知らせてくれてありがとうございますっ。気にしないでください。……じゃあ僕はここで失礼しますね」
僕は小舟を止めてもらい、歩道に降り立った。
「あ、お二人とも休日楽しんでくださいねー!」
僕は二人が気に病まないように努めて明るく振る舞うと、その意図を汲んでくれたのか、二人は揃って控えめな笑みをくれた。
……こうしちゃいられない!
僕は来た道を戻るように走った。
今聞いた話を師匠に伝える為だ。もし戦況が一気に塗り替えられでもしたら大変だ!
伝えたところで今すぐ何かできるわけではない。だが、師匠に話すことでこの沸き上がる不安をなんとかしたかったのだ。師匠ならこの不安を鎮めてくれるかもしれないと。どこかで甘えていたのだ――――。
……くッ! 不甲斐ない!
自分の甘さに気付いて自分を叱責するが、やはりこれは師匠に伝えるべき内容なことに変わりはない。
師匠はギルドにいるかもしれない。
僕は危機感で高鳴る鼓動に急かされるようにギルドへ走ったのだった。