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Ep.229 光の檻の大蛇

 真っ暗な石造りの螺旋階段を慎重に降りていく。

 通路の途中には灯りは一切なく、頼りはルイントスさんが手にする松明の灯りだけだ。


 地下へと続く階段は冷たく静かで、僕達の足音が反響していた。


 ずっと下り階段を進んできたあたり、かなり深いところまで降りてきたはずだ。



 階段を下りながら語るルイントスさんによると、文献によれば大昔のここ一帯はただの平原で、もともとは小さな集落だったという。

 勇者に付き従った末に魔王を封印した、聖女サリアことサリア・コリンドルの故郷だったという説があり、その集落はやがて街へと発展した。


 しかし長い年月が経ったある日、この街に未曽有の危機が訪れる。


 厄災と恐れられた大蛇の姿の魔物、ヨルムンガンドの襲来である。


 サリアは街を、そしてこの地に隠した勇者に関する情報を守る為ヨルムンガンドに立ち向かった。

 あまりに激しい戦いは、周囲の地形を変えるほどのものだったという。

 その戦いの最中、サリアの魔術がヨルムンガンドを穿ち負傷させるも、同時にサリアも致命傷を負ってしまう。


 街の被害も甚大。もはや戦える者はサリアのみとなる絶望的な状況の中、サリアの背にはぽつんと佇む建物があり、サリアはそこを必死に守っていたという。

 そして命の灯が消えゆく今際の際に、サリアは禁術とされる自身の命を消費して魔力を得る術を行使し、命と引き換えにヨルムンガンドを封じたのだ。



 こうして一人の女性によって危機は去り、街を救った人物を聖女と崇め始め、街は息を吹き返して発展を遂げていくこととなる。

 やがて聖女は信仰の対象となりその規模は次第に膨れ上がった。


 そしてこの地に息づくとある信心深い一人の男が、聖女サリア信仰のもと国を打ち建て、姓をサリアと改めたのだ。

 それがサリア神聖王国の始まりである。


 なお、封印されたヨルムンガンドは人々の目に留まらぬように隠され、その上にはやがて王城が建ったのだという――。



 ルイントスさんは聖女サリアのことについてを語ってくれた。

 王城がどうして昇降機の上にあるのか。その謎が解けた。

 秘匿書庫の場所は、もともと大地だった場所を無理矢理建造を重ねることで、今のような地下化したのだ。


 おそらくこの階段は、昇降機で登って来た分だけ降りていくことになるのだろう。そして降りた先に待つのは――――



「……ここが最下層のようですね」


 下りの螺旋階段の終点に辿り着いた。

 石造りだった階段とは違い、最下層は土だった。

 石造りの細い通路を進むと、頑丈そうな古い扉に行き着く。


 ルイントスさんはこちらに振り向いて目配せする。その意図を読んだ僕達は静かに頷いた。


 ギィギィと重苦しい音を立てて扉は開かれた。

 長らく開かれなかった様子だ。


 その扉の先は開けた地下空間になっていた。

 このフロアだけは何かの魔術で細工してあるのか真っ暗ではなかった。

 薄暗いながらも、一応見渡せる程度には光源があった。


 そして、その光源に遮られるように大きな影を作っている。


「――皆、あれを見ろ!」

「……あっ!」


 地面に出来た大きな影。

 その元を辿るように見上げると、その視線の先には巨大な何かの物体がある。

 チギリ師匠が声を上げたのと、僕が驚いたのは同じタイミングだった。


 深緑がかった体表に横幅2メートルは下らない、大樹よりも太い蛇の体。そして大きく裂けた口から飛び出た太く鋭い牙。

 尾の部分は5つに分かれ、それぞれが指のようで、まるで人の手を模したかのような形をしていた。

 そんな体長10メートルはあろうかという巨体が、宙に浮いた光の檻の中で縛られ蜷局を巻いている。


「……コイツぁ……ヤベェぜ」

「なんておぞましい……!」


 さすがのラムザッドさんも驚愕しながら見上げ、マルシェは厄災のその姿を睨み、嫌悪を露わにする。


「皆、落ち着くんだ。封印を解除しなければ戦闘の開始にはならんだろう。まずは可能な限り優位な状況に持ち込むのだ」

「ならわたくしは、魔術で罠と設置しますわ!」


 チギリ師匠の言葉に皆はひとまず落ち着きと取り戻した。そして早速行動を始めたアスカさんに倣って、戦いの準備を始める。


 なんて巨大なんだろう。こんなのが何百年も城の地下に眠っていたと思うと、建物で覆ってしまいたくなる王家の気持ちも分かる。


 観察するだけではどこが弱点かはわからなかった。だが、ヨルムンガンドの左目の部分が抉れているのが見える。

 きっとあれが聖女サリアに付けられた傷ではなかろうか。


 これから始まる戦いの為に少しでも戦力が多い方がいい。

 僕は目を瞑って強く願った……。



「……クサビ……! 呼んでくれてありがとう……っ」

「やあ、シズク。また力を貸して欲しいんだ」


 僕は契約した水の中位精霊シズクを召喚した。

 今回は前よりも少ない魔力で呼び出せたような気がしたが、それをシズクに訊ねると、どうやらシズクの召喚元の現在地が影響しているという。召喚先と召喚元の距離が近いほど魔力消費が少なく、また力も発揮しやすいのだと、シズクは顔を赤らめながら言った。


「いつも大変な時ばかりでごめん。皆を守ってほしい」

「……いいよ……。私はクサビの望むことを……してあげたいから……」


 シズクが儚げな笑みで返し、ヨルムンガンドを忌々し気に視線を移した。


 僕が出来る下準備はこのくらいだ。あとは心を強く持つんだ!




「――ナタクさん、この巨体をどう攻めるべきでしょうか」


 そして僕の近くではサヤが、腕を組み討伐対象を凝視するナタクさんに戦術を訊ねていた。


「うむ……。まずは開戦の折り、四方に散るが定石でござろうな。標的にされる方向を分散させれば混乱を誘えるやもしれぬ」

「この刃が通るでしょうか……」

「心を乱してはならぬでござるよサヤ殿。修行を思い出すでござる」

「……はいっ」


 ……そうだ。僕も怯んではいられない。今日この時の為に辛く苦しい修行を乗り越えてきたんだ! ……負けられないんだ!



 少しでも有利な状況にする為、ヨルムンガンドの封印を解く前に万全の準備をして挑む僕達は、あらゆる下準備を施していった。


 まずはアスカさんの魔術による罠。触れると発動するそうで、地水火風とさまざまな罠を所々に配置してくれた。効果の程はやってみなければわからないが……。


 それからヨルムンガンドの真下には土を隆起させた針の山を作る。封印を解いたら地面に落ちる為、あわよくばこれで突き刺さることを期待しての準備だ。これはチギリ師匠とウィニが取り掛かっていた。


 あとは配置だ。ヨルムンガンドを中心に、僕達は四方に分かれて攻撃していくことになった。

 北側にチギリ師匠とナタクさん。

 東側にアスカさんとラムザッドさんが。

 南を僕達希望の黎明にマルシェを加えた5人。

 そして西側をルイントスさんのみを前衛とした近衛騎士の支援部隊が配置する。


 とは言ってもあくまで初期配置だ。激しい戦闘が予想される中で目まぐるしく状況は変わるだろう。その時は臨機応変に動くしかないが、可能な限りパーティで動く事を師匠達に念を押された。


 ルイントスさんは一人で前衛を務めるというが大丈夫なのだろうかと気掛かりだったが、本人は魔術を駆使しながら接近戦を仕掛ける魔剣士スタイルらしく、守りには自信があるので安心してほしい。と爽やかに応えていた。




 これで出来ることは全てやった。

 いよいよヨルムンガンドの封印を解く時がやってきた……。


 皆の緊張が伝わり緊迫感が周囲を包んでいた。

 大昔の勇者アズマが生きた時代から存在する魔物を、これから目覚めさせる。



 封印の解除には、神聖魔術のエキスパートであるアスカさんが主導で行い、それをチギリ師匠が補佐する。

 ヨルムンガンドに近付く二人を、皆は固唾を飲んで見守っていた……。

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